第51話 母夫人の手紙(3)

 貴女を産んだのは十四の時でした。

 少し前に月経が始まり、その上相次ぐ侯爵の求め、その上妊娠と、相次ぐ身体の変化に私は本当に訳が判りませんでした。

 ばあやは説明してくれました。

 結婚すれば誰でもすることなのだと。

 でも私は結婚していた訳ではないのです。

 神にも法律にも誓っていた訳でもない、あくまでその身体をお父様のもとから侯爵のもとに移され、自由にされることになっただけでした。

 だけど私には、だからと言って何もできる訳ではありませんでした。

 侯爵は常に甘い顔をしてやってきました。

 何かと森の家に私が好きそうなものも持ってきましたし、隙あらば髪を撫でてきたり腹を触ろうとしてきました。

 ですがその時の私は、そんな侯爵が近づくことにすらぴりぴりしていました。

 物を投げつけたこともあります。近寄らないで、と。

 ですが貴女を産んでしまうと、何やら頭の中の霧が晴れた様でした。

 そもそも妊娠しているということの意味がよく判っていなかったのだと思います。

 子供が自分の腹の中で育って生まれてくるということ自体が、実感できていなかったのだと。

 強烈な痛みと共にひり出された貴女が泣き出したのを聞いて、やっと実感したくらいです。

 嘘だろう、と思いました。

 子供を産むなんて、もっと大人のすることだと。

 私が育った街でも、確かにお腹の大きな女性も居ました。

 そしてお産があるよ、と街の子供達が噂して、近くに見に行ったこともありました。

 無論窓は閉じていましたが、それでも産婦のうめき声や、生まれた赤子の声は知っていました。

 だけどそれは大人の、結婚した、好き合ってできた旦那さんの居る女の人に起きていたことでした。

 少なくとも私の頭の中では。

 だけど私にとっては、何か奇妙な病気にかかった気分でした。

 気持ち悪くなったり、食べ物の好みが変わったり、やたらにだるかったり、何よりどんどん膨れていく腹や、大きくなっていく胸が、鏡に映る自分自身の顔のそれまでとの変わらなさとあまりにも違いすぎていました。

 絶対に街の知り合いには会いたくないと思いました。

 こんな姿は見られたくないと。

 そんな病気の一種にしか考えていなかった妊娠が、貴女の泣き声でやっと実感できた訳です。

 それからはやっとぼうっとしていた頭もはっきりしてきました。

 貴女の世話は乳をやること以外、ほとんどばあやがしてくれました。

 それだけでもずいぶん疲れましたが。

 侯爵はそれから貴女を見によくやってきました。

 そして私の身体が回復すると、再び私の身体を求める様になってきました。

 十五近くになっていた私は、ああつまりは夫婦のことを私達はしているのだ、とやっと判りました。

 その一方で、自分がちゃんとした結婚をしていないということの意味が、ようやく判りました。

 遅すぎるでしょうか?

 でも早く知っていたら、どうだったでしょう?

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