僕たちとの戦い

第178話 覚悟

 夜遅くに先に収穫月メスィドールが帰ってきたので、真莉は仕事から解放された。せっかく夫婦がひさびさに揃ったというのに、牧月プレリアールは任務に派遣されて島から出てしまったらしい。


 自分の部屋に帰ってくると他の班員はもうすでに寝ていて、デルマーのみが椅子の上に座ってぼんやりと窓を眺めていた。


「デルマー……?」


 真莉は恐る恐る話しかける。彼は振り返り、海よりも深い色をした青い目で彼女を見つめた。


「考え事をしていたんだ」


 彼は静かに、スペイン語で言った。


「『神の僕』に奇襲をしかけることを」


「は……?」


 真莉はあっけにとられて彼女の上官を見つめた。


「あの情報担当とやらがフェアリー団のことをペラペラと喋ったのだとしたら、俺がお前の弟がさらわれたときに助けたということも伝わっている可能性はある。俺はあのとき、一人の女の子に攫われたのは篠崎であるかどうかを確認したからな。フェアリー団と俺ががっつり繋がっていることが、それで証明されてしまう。お前と弟たちが関係していることが判明してしまうのも時間の問題だろう」


「だったらなんで熱月テルミドールは何もしてこないの? 知っているならばとっくに我々を処分しているはずじゃないのか?」


「そこがやつの甘いところだ。あいつはペストを過度に信用するのだ。だから今まで優等生だった俺が実は裏切り者だと知っても、しばらくは信じようとしないだろう。俺みたいな異常者とは違う」


 青年は立ち上がって、ふたたび窓から茂る森と月、海を見つめた。

「いずれにしろ我々は長い間『神』の存在を探ろうとしてきたが、結局正体を暴くことができなかった。ならば奇襲をしかけるしかない。あいつらが各国の首都を襲撃するのであれば、我々だって応えるのみだ」


 真莉も蝋燭のみが照らす暗い空間の中で、下を向いた。

「神の僕」は同情する過去を持った人が多い。彼らの憎しみや怒りには、共感できる。だがやはり、彼らはペスト側の一面しか見ていない。そしてなによりも、ペストと人間に差があまりないことを理解していない。

 敵対することは避けられなかった。


「明日作戦を考える。奇襲する時間帯は真夜中がいいだろう。だから今は休め」


「わかった……」


 彼女はため息をついて返事をした。真莉は去ろうとするが、デルマーはふと彼女を止める。


「なに……?」


 霧月ブリュメールは答えず、彼女の頬に手を添えて深緑色の目をじっと見つめた。


「デルマー……?」


 困惑が表れた彼女の顔を見てか、名残惜しそうにしながらも青年はそっと手を降ろした。


「なんでもない。Buenas nochesおやすみなさいmi amor愛しい人


 そう言うと彼は男子部屋に消えていった。


Buenas nochesおやすみなさい……」


「愛しい人」とからかわれたと思ってむっとしたのか、真莉は少し不満気味に挨拶を返した。しかし、それもすぐに切り替えて少女はサザンカを呼んだ。鷲はすぐに飛んできた。

 真莉はまず彼女にお腹いっぱい餌を与えた。


「サザンカ、頼みがあるの」


 主人は静かに言った。


「今からニューヨークに行ってほしい。この前飛んだ大きな町だね。マダーにこのメッセージを届けてほしいの」


 真莉は助けを求めたメモ用紙を鳥に見せた。彼女自身がもう一度電話することも可能ではないわけではなかったが、これ以上島外に出れば幹部に疑われるリスクがあった。


「彼女の子供の一人日向が亡くなった状況で帰ってこないわけがない。ニューヨークのどこかにいるはず。だから探してほしい。もしいなかったらアーベルたちにこれを渡してちょうだい」


 そこでふと真莉は霧月ブリュメールが「情報担当は自分のほうでもフェアリー団を始末する手はずを整えると言っていた」と熱月テルミドールから聞いていたと伝えてきたことを思い出した。

 対処できると思うが、最悪第三班は全滅しているかもしれない。


「クソッ……!」


 真莉は思わず石の壁を叩いた。少女はいったん深呼吸して、気持ちを落ち着ける。


「もし万が一……アーベルたちもマダーも見つけることができなかったら……」


 彼女は自分の忠実なペットを腕に乗せ、その豊かな羽を撫でた。


「この島に戻ってきなさい。そのころには私は死んでいるかもしれないけど、その場合私のことなんか忘れて自由になりなさい。今まで通り、この島で暮らしなさい。もしこの島に危険がせまったら、どこか遠くへ飛んでいってしまいなさい」


 サザンカは不安になったのか羽をバタバタとさせたが、真莉は悲しそうに笑っただけだった。その晩、鷲は主人の命令で大空へと旅立っていった。

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