第2話 学校

 西暦2067年。

 世界企業フラメタックスが日本法人フラメタックス・ジャパンを設立し、子会社タックスリーダーを起業して10年あまりが経過した。

 タックスリーダーは日本における医療の最前線を突っ走る一流企業である。

 しかし、その姿は表の顔。

 タックスリーダーには裏の顔がある。それは、15年ほど前に確認された人体と金属の融合現象を研究する研究機関である。

 その研究対象となっているのは、とある家族だ。

 その家族の父親が、フラメタックス社製の義足を使用し、融合現象が確認されたのである。

 フラメタックスの技術者はこの現象に着目し、人類の進化のために利用出来ないかを模索し始める。そして日本法人を立ち上げ、子会社であるタックスリーダーを設立することで、その家族を監視および研究対象にしたのだ。

 そんな中、母親と一人息子である一月一日ねんが一基いつきにも、金属と親和性が高いことが発見された。

 特に息子の一月一日一基は、ヘリクゼルと親和性がより高いことが分かる。

 そして研究は進み、10年以上もの月日が流れた。


「一基、学校遅れるわよ!」


 母親の澄玲すみれが、一基の部屋の前で怒鳴る。


「分かってるよ」


 そういって一基が部屋から出てきた。

 いかにも気怠そうな雰囲気を醸し出している高校生。それが一月一日一基である。


「とにかく、ごはん食べちゃいなさい。お母さん、会社の用事で早めに出ないといけないから」

「それだったら普通に鍵持ってくよ。先出ちゃってもいいし」

「そう。ならそうしましょ。じゃあ母さん行ってくるね」


 そういって澄玲は家を出ていく。

 一基は、キッチンのテーブルに置かれた朝食を食べる。父親も母親もいない、一人きりの朝食だ。

 朝食を食べ終え、食器をシンクに入れる。荷物を持ち、そのまま家を出た。

 すると、家の目の前には、黒塗りの高級車が一台止まっている。その横には、屈強な男性二人が一基の事を待っていた。

 片方の男性が車のドアを開ける。一基は、それが当たり前だと言わんばかりに、無言で乗り込んだ。

 そのまま車は走り出していく。

 助手席に乗っていた男性が、一基に話しかけてくる。


「一基様、本日は人体実験がございます。学校が終わられたら、素早く下校くださいますようお願いします」

「分かってますよ」


 彼らはタックスリーダーの世話人である。こうして日々の世話をしてもらっている。その対価に、一基は研究材料としてその身を差し出しているのだ。

 母親もタックスリーダーで事務仕事をしている傍ら、自らの肉体を使って実験に参加している。

 肝心の父親は、実験と共に治療というものが必要であるため、タックスリーダーの集中治療に入れられているのだ。

 人体実験と言えば聞こえは悪いため、部外に発表するときは、治療や治験という言い方をする。もちろん、実験に対する対価も支払われていたりするのだ。

 そのため、一月一日家は10年超もの間、実験に参加し続けている。

 最も、衣食住の類いはフラメタックス社によって保証されてはいるのだが。

 一基が通う学校は、そこそこ格の高い私立高校である。これは、一基の身の安全のためだ。

 学校の入口に到着すると、一基は車を降りる。


「本日も放課後にはここでお待ちしています」

「分かってる」


 そういって一基は、校舎に向かう。

 その一基の姿を遠巻きに見る生徒たち。その目は、少しばかり蔑みや見下したような目を含んでいた。


「ちっ、今日もか……」


 その視線を避けるように、一基は速足で教室に向かう。

 教室に着いても、その視線は絶えることはなかった。

 一基が、というよりはタックスリーダーがこの私立高校を選んだのは、他に比べて治安が良いからだ。

 タックスリーダーやフラメタックスとしては、一基の身に何か問題が発生すれば、自分たちの研究に支障をきたす。もし一基の身に何かあるなら、損失を被るのは確実にフラメタックス関連企業なのだ。

 だが、社会に触れている以上、一基の存在は完全に消え去ることは出来ない。

 噂だけが一人歩きして、結果一基に降り注ぐ視線は痛いものになっている。

 そしてその視線を浴びた結果、一基は軽くグレてしまったのだ。

 しかし、毎日のように嫌な視線を浴びていると、対処方法も編み出せる。

 完全無視だ。

 学校に友達がいるわけではない。一人の時間が多い一基にとっては、机に伏すことこそが一番の解決策なのだ。

 こうして、虚無に近い時間を過ごす。授業中も、話半分に聞いているだけだ。

 そして放課後。

 世話人による送迎の車に乗り込む。


「一基様、本日の実験内容です」


 そういって世話人が、今日の実験内容を記した一枚の紙を渡してくる。


「……了解。今回も痛いのは無しだから」

「分かっております」


 そういって、自宅近くにあるタックスリーダーの実験棟へと向かうのだった。

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