第32話
その日の夜、剛は薫の家に遊びに来ていた。
「薫、今日は悪かったな」
「今日はじゃなくて、今日も!でしょう」
薫は口を尖らせてすねて見せた。
「剛は最近ほんと全然かまってくれないんだから!」
「ほんとごめんて…」
薫は剛の紫色に変色した顔を見て昼間の石田のことを思い出した。
「剛…その顔どうしたの?誰かに殴られたんじゃない?」
剛は心配をかけたく無くて苦し紛れに言い訳をする。
「いや、実はグラウンドでキャッチボールしてたら、陽射しが眩しくてボールを受け損ねてさ…それで顔面に当たっちゃったんだよ…」
「ふーん…大丈夫?かなり痛々しいけど…」
「まぁ、平気かな?」
「気を付けてよ…それと今日校門で不審な人物見かけなかった?」
「あっ!それがよ…」
剛は天斗と石田のバトルのことを話し出した。
あの後、天斗と石田の勝負はほぼ互角の闘いが続き、そしてやや天斗が優勢に見えたとき通行人の通報により、またもや警官の邪魔が入り散り散りにバラけて結局は勝負の行方は着かずに終わってしまった。
「それで?天斗に怪我は無いの?」
「あぁ、あいつは結局一発ももらってなかったな。けど、石田には2発!顔をかすめたのとボディに一発入れてた!天斗の動きはほんと神がかってたって!」
剛が天斗と呼ぶようになったことに薫は不思議な感覚を覚える。
「いつの間にか剛は天斗と距離が縮まったんだね!」
「ん?あぁ…まぁな…」
「二人の間に何かあったの?」
「んー…なんつうか…俺もあいつも似た者同士なんだろ?」
「どこが?」
「どこが?って…」
お前に心から惚れたとこだろ……
そして、惚れた女を心から守りたいと強く思ってる…
「それより薫は最近レディースどうなんだよ?」
「それがさ、総長のあずさねぇちゃんが来年引退するってことでこの先のチーム存続に向けて色々話し合ってるんだけど、後継者を誰にするかってことで、あずさねぇちゃんは私を推したいらしいんだけど、こんな一番年下の私がそれを請けちゃったら絶対チームのバランスが狂うんだと思うんだよね…だから私的には副総長にお願いしますって言おうと思ってるんだけど、その副総長も私で良いって言ってるみたいで…ちょっと複雑な心境なの」
「そっかぁ…他のレディースからの目もあるしな…」
「そう!でもね、最近ウチのレディースが一気に活気付いて徐々に大きくなってきたのは私が入ったからだって言ってくれて嬉しかった。お姉ちゃんの力になれたことが私にとって凄く幸せなことなんだよね!」
「良かったなー!薫には戦場にしか居場所が無いって感じだもんなぁ」
「あ?それどういう意味?」
「いや、だってお前普通の女友達なんか作れないだろ?自分の居場所が出来て良かったなって…」
剛には決して悪気はなかったが、薫は少し傷付いていた。
それから一週間、石田は天斗との勝負に不満を募らせていた。
あの下っ端野郎…次こそは必ず決着つけてやる…
石田にとっては二度目の心の敗北となる。完全に勝負が付いて無いにせよ、絶対の自信を折られたことには違いがない。明らかに天斗は自分を上回る可能性を秘めている。天斗からそれほどの威圧感を感じていたのだ。そう思うだけで石田のプライドが引き裂かれる思いだったのだ。
石田はこの雪辱を晴らすために専属のジムの先輩に天斗とリングの上で勝負をつけさせて欲しいと願い出た。
路上でのケンカだと何かと邪魔が入りやすく、なかなか納得の行くまでやりあえないからだ。
そして石田はライヴハウスで天斗に宛てた伝言を残した。
「黒崎天斗と勝負を着けたいから、ウチのジムに今週土曜日夕方19時に来いと伝えてくれ」
ライヴハウスのマスターはそれを薫に伝えた。
「ねぇ、薫ちゃん…いったい石田と天斗は何があったの?石田はほんと良い噂は聞かないから、そんなのスルーした方が良いと思うんだけど…」
「天斗とは二度小競り合いがあったみたい…どちらも邪魔が入って勝負はつかなかったみたいなんだけど…私も石田とは関わらない方がって思うんだけど、決めるのは天斗だからねぇ」
「だってさ、相手のジムでやるってことは、当然向こうの都合の良いように事が運ばれちゃう訳だからさ…絶対天斗には不利な状況に持ち込まれちゃうよ…」
「もし相手のジムの人達が汚い手を使ったとしたら、私は全力であのジムを潰してやる!」
天斗は薫から石田の伝言を聞いた。石田の下手な挑発を受ける必要も無かったのだが、天斗自身もまた石田との力比べには興味をそそられていた。
「わかった。今週土曜日な…俺はリングなんかでやったことは無いし、ルールってのも全然知らないけど、素人相手に誘って来てんだからケンカルールでかまわないよな?」
「でもさ、相手のジムとなると、絶対天斗にとって不利な状況だよ?」
「どこまでいっても俺とあいつの勝負だろ?ただそれだけのことさ…それに、お前は俺にあんな奴に負けるような柔な鍛え方してきてないだろ?」
「天斗…」
「もし俺に何かあったら骨ぐらいは拾ってくれよな?」
「何をバカなこと言ってんのさ!あんたは兄ちゃんと同じ無敗の伝説を残す男だよ!」
天斗と薫はお互い自然と笑みが浮かんでいた。
そして石田との約束の日はやって来た。
剛も天斗の身を案じ、共に同行していた。
天斗がジムのドアを開けた瞬間、殺伐とした空気に変わった。全員が一斉に天斗を睨み付ける。
石田の先輩で、既にプロ格闘家としてデビューを飾っている南出(みなみで)が
「よう!わざわざ出向いてもらって悪かったな!ウチの石田がどうしてもお前と勝負着けたいって言うもんでよ。ここで心置きなくどっちかがぶっ倒れるまでやり合うデスマッチの舞台を用意させてもらった。
ま、心配すんな!この場は俺が責任持って邪魔が入らないように仕切るから」
そう言って指の出るグローブを天斗に手渡した。
「一応ケンカルールで何でも有りだが、ウチの石田も格闘家目指してる手前、急所潰されるとこの先の選手生命に関わるから常識範囲内でやるよう頼むよ。つっても素人がこいつにそんなに当てられるとは思えないけどな」
そう言って南出が軽く失笑した。
剛は天斗のことを完全になめてる南出に対して憤りを感じていたが、当の天斗は全く無表情でそれを聞いていた。
天斗は石田をじっと見つめ強い視線を送っていた。
石田もまた、敵意剥き出しにして落ち着かない様子でコーナーの周りを動いている。
天斗がグローブをはめてリングにあがり、そしてお互いが中央で向かい合う。
石田はステップを使って軽快なフットワークで天斗の隙を伺うが、天斗は構えずに目だけで石田を追っていた。
キュッ!キュッ!キュッ!キュキュ!
石田はうかつには飛び込まない、いや、飛び込めなかった。天斗の反応速度と反射神経、運動神経を知ってるがゆえにジャブ一発でも掴まれる恐れがあるからだ。天斗の無防備さが石田にはよりいっそう不気味に思えた。
石田は焦っていた。自分のジムで、仲間の見ている目の前で素人相手に手も足も出せずにいることに…ビビっているとは思われたくない。
そしてその焦りが命取りとなる。
石田は徐々に間合いを詰めて飛び膝蹴りを天斗の顎目掛けて放った!
フッ!
その無謀な大きなモーションはヒラリとかわされ、着地する瞬間に天斗が石田の左側から顔面に拳を放つ!
ブンッ!
石田はそれを瞬時にかわしたと同時に身体を回転させて回し蹴りを放った。
シャッ!
それは正に曲芸のような華麗な技だったが、天斗は退くどころか逆に前に出て、石田の身体の回転に合わせて首に腕を回して投げ飛ばした!
ブワァッ!
ダァーン!
天斗の一瞬の判断にギャラリー達が目を奪われた。
プロの格闘家の南出でさえ天斗の動きに信じ難い衝撃を受けていた。
石田はすぐに立ち上がるが、仲間の前で自分が見事に投げられた無様な姿を晒(さら)して更に逆上する。
再び天斗は構えずに手で来い来いと挑発する。
石田からすれば先ほどの攻撃のコンビネーションは完璧に近かった。それさえも全てかわされての投げに対して、動揺は隠せない。石田は怒りで目が血走っている。
絶対に負けるわけにはいかねぇ…先輩の前でこんな格闘家でもない奴に負けるわけにはいかねぇんだよ…どうする…どうしたらこいつを抑えられる…こいつの技は空手か?だったら倒しさえすれば寝技ならこっちの方が有利だな…
石田は天斗に突進!再び天斗の顎目掛けて膝を…
と、見せかけてのフェイントで、天斗の足を取りに行くが、
天斗は二歩引いてすぐさま前方上空に跳んだ!
ファッ!
石田は足を取り損ねて少しバランスを崩し隙が出来た。
天斗は石田のその背中を目掛けて飛び蹴りを見舞った!
ドッ!
石田は勢いよくリングのロープの方へ転がり倒れ込んだ。
天斗は追撃を仕掛けることはせずにまた石田に向かって手で来いと挑発する。
石田は自分の攻撃が当たらずに二度までも自分が受けたことにプライドはズタズタだった。そして冷静さを欠いている石田に対して南出が
「石田!頭を冷やせ!下手な挑発に乗って回りが見えなくなってんだろが!お前がこんなガキ相手に何をおちょくられてんだよ!」
石田はその言葉に余計に怒りを感じていた。
くっそ…おちょくられてるだとぉ~…ふざけんなよ…こいつは格闘家じゃないが、動きはそれ以上なんだよ…ノーモーションからいきなり予測不能な動きしてきやがるんだ…同じ格闘家同士ならある程度の型みたいなのがあるが、こいつにはそれが全く見当たらないんだよ!あんたもプロならもう少しマシなアドバイス出せよ、クソ野郎が!それともあんた自身もそれを感じてんのか?
石田は天斗の真似をして構えを解き、全身の力を抜いて殺気を内に圧し殺した。
そしてダラリと腕を下げたまま、ゆっくりと天斗に近づく。石田は心を静かに落ち着かせ、そしてわざと隙を見せた。
と、その瞬間に石田は一気に殺気を天斗へ向けて解放し、今までで一番の電光石火の拳を突き放つ!
ブォッ!
天斗はそれに反応して最小限のモーションで首を横に振ったが、天斗の右目は石田のパンチがかすり
ビッ!
という音と共に切れた。
これが石田の格闘家人生の一番の渾身の一撃だった。
石田は初めて天斗に攻撃を当てた喜びで、追撃のチャンスを逃してしまった。
「やっと当たったか!」
石田はその一発で得意になっていたが、天斗からは冷ややかな微笑を浴びせられた。
「フッ…格闘家目指してる奴が、たった一発当てただけで喜ぶのかよ…意気揚々俺と勝負の決着をとか言って…本気で倒す気あんのか?」
石田は天斗の言葉に絶句していた。天斗の言葉にぐうの音も出ない。
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