第29話
「よし、覚悟はいいな!」
天斗はそう言ってキャッチャーマスクを手渡した。
「先ずはこれを着けてスタートだ。マスクすると視界が妨げられて返って見切りしづらいんだが、最初からかわせるとは到底思えないからな」
剛はマスクを装着し恐る恐るバッターボックスのセンターに立ったとき、こめかみから冷汗が流れ落ちた。
「武田、準備はいいか?とりあえず80から…」
「ちょっ…ちょっと待ってくれ…」
そう言って深呼吸して集中する。
「よし…いいぞ…やってみる…」
天斗はボールの飛ぶ角度を調整していよいよ地獄の特訓が始まった。
ギリギリ…でかわす…
バシュッ!
来たぁ!
剛は自分の顔目掛けて飛んでくるボールをギリギリまで引っ張ることは出来なかった。
ガァーン…
端から見るとかなり早めのタイミングで既に逃げていたのだが、剛からすればけっこう目の前でかわせたように感じていた。
「黒崎!今のでどれくらいのタイミングだった?」
天斗はシラケた目付きで剛を見つめている。
「まぁ、あと…5メートルは引っ張って欲しいところだな…いくら初めてでも…」
「え?そんなに遠かったか?俺的にはかなり頑張ったと思ったけどな…」
「そりゃ体感的にはそう感じるのはわかるが、実際刹那のタイミングでかわすってのは神がかってるレベルなんだよ!本当に強い奴と渡り合うならそのくらいの修羅場を乗り越えないと絶対に自分自身に負けちまう。頼むぜ…」
「よし、わかった!やってみる…」
そしてすぐに次のボールが飛んでくる。
バシュッ!
ちょっと待てぇ~~~~~、目の前まで目の前まで~
今度はさっきよりも更にボールが大きく見えた。
よし!ここだ!
ガァーン…
後ろのフェンスにボールが当たり、そして転がる。
「どうだ?今度こそけっこうギリギリだろ!」
天斗は全然!と言わんばかりに大きく首を振っている。
「よしわかった。動画撮ってやるよ。それで自分が思っているのと実際にどれだけ逃げるのが速いか確かめてみろよ」
次のボールが射出される所から天斗はスマホで動画を撮り始めた。
バシュッ!
剛は撮影されているので、少しでもギリギリのタイミングでかわそうと身構えてる。
しかし、それは逆に徒(あだ)となった。
ギリギリで…ギリギリで…ギリギリで…もう少し…
避けろ!
ガァーン!!!
剛は避け遅れてボールがマスクに直撃して大きく弾け飛び、剛も後ろに大きくのけ反って転倒した。
やっぱりな…絶対調子に乗って逃げ遅れると思ったぜ…
天斗は予想が当たったとばかりに首を振っている。
「武田…大丈夫か?」
そう言って天斗は剛の元へ近づき屈んで覗き込んだ。
「いってぇ~…マジでいてぇよ…お前らよくこんなことやろうと思ったよな…」
「別にやりたくてやってたわけじゃねぇよ。ただ、あの時薫に目の前で神業見せられて、こんな小さな女の子に出来て男の俺に出来ないなんてプライドが許せなかっただけさ…」
「小さな女の子って…それはいつの話しだよ?」
「俺がまだ小学校三年の時だ…薫はこれが出来るようになったのは二年の時だと言われたんだ…」
「に…二年!?小学二年!?お…お前ら…それでよく生きていられたな…」
剛が動揺するのは至極当然のことである。
そして更に天斗の口から衝撃的な事実を聞かされる。
「因みにだけどな…薫はその時点で100キロの球を軽々とかわしてた…全く恐ろしい動体視力と反射神経してやがったよ…」
「う…」
嘘だろ…小学低学年でこれを100キロの球でかわせるやつなんているのかよ…
剛は更に怖いながらも知りたかったことがあった。
それは…
「お…お前は…今何キロの球をかわせるんだ?」
「今の限界で140だな…それでも10の内9割はちゃんと見切れてると思うけど、もしかしたら一割は少しタイミングが速いかな?ってのがある…」
そ…それでも十分化け者じゃねぇか…そりゃ薫が誰よりもこいつは強いと豪語するわけだ…
「じゃ…じゃあよ…薫はどうなんだよ?」
「薫かぁ…俺が知ってる時点では120以上は挑戦してないって言ってたな。まぁ、一応女だし…もし顔に消えない傷なんか付いたらまずいしな…やれないことはないかも知れないが、多分その辺は考えてのことじゃねぇかな…」
「お前は…それで怪我したことは?」
「ん?そうだなぁ…一番始めに先ず顔面骨折したな…そのあとは一度も当たったことが無いからなぁ…そん時の恐怖心が俺の五感ってやつを開花させたのかもな…」
どいつもこいつも生まれつきの化け者じゃねぇか…
剛はその言葉に心が折れそうになりながらも、天斗のように強くなるために自分を鼓舞しながら何度も何度もチャレンジした。
「も…もうダメだ…顔面に喰らいすぎて頭がぐるぐる回ってる…」
剛は立っているのがやっとというほど顔面にボールを喰らっていた。
「そうだな。もうこの辺にしよう。このままやっても今のお前じゃ出来そうに無いし…これはやっぱ才能とか関係あるのかもな…」
剛はその天斗の挑発的な発言につい乗ってしまった。
「おぉい!ちょっと待てや!その才能って言葉撤回しろよ!確かに小学低学年でこれをやってのけたお前らは凄いかも知れねぇけどよ…まだこの特訓始まったばかりじゃねぇかよ!お前が140どのくらいかかってクリア出来たか知らねぇが、俺はお前の記録抜いてやるから覚悟してろよ!」
まんまと天斗の手に引っ掛かった剛が大言を吐いてしまい、自らの首を締める。
「はぁ?お前が?こんなノロノロの球もかわせないお前が?ムリムリ…」
そう言ってオーバーリアクションに手のひらを上に向けて首を竦(すく)める。
「言ったなぁ!やってやろうじゃねぇか!絶対やってやる!見てろ!こんなの一週間でお前の記録抜いてやるわ!」
剛のその豪語に対して天斗は無理なのは十分わかっているが、やるからには本気で強くなって欲しいという想いもあった。
「はいはい…わかったわかった…じゃあ俺は見てても暇だし行くわ…」
そう言って剛を置いてこの場を去った。
あの野郎…好き放題言ってくれやがって…見てろよ~!絶対すぐにかわせるようになって度肝を抜かしてやる!でも、さすがに痛みが限界に来てる…これ以上喰らうのは正直危険だ…マスクしててもこれだけ痛いんだ…もしこれを取ったら…いや…待てよ…たしかアイツは恐怖心が五感を開花させたとか言ってたな…人間てのはギリギリ追い詰められた時に本来の力を引き出せるのかも知れねぇな…この顔の怪我の状況下で、更に自分を追い込んだとしたら…やってみるか?凄く怖いけど…でも…あいつにいつまでも馬鹿にされるのは嫌だ…薫だって幼い頃に出来たんだろ?それだってきっと並みの努力じゃ無かったはずだ!俺も薫に認められたい…誰よりも強いって…そして、お前のことを守ってやりてぇ!
剛は無謀にもこの後100キロのスピードにチャレンジする。
集中だ!集中!神経を研ぎ澄ませろ!もし失敗すればただじゃ済まねぇんだ!絶対に避けるんだ!避けなきゃヤバいんだ!
そう強く自分に言い聞かせて、これまでに無いほど集中力を高めていった。
そしてアドレナリンが全開に分泌され剛の五感が最大限に研ぎ澄まされていた。
剛は一旦深呼吸をして呼吸を整える。
「スゥーーーーーッ、ハァーーーーーッ」
ヨシ!いけるような気がする!
剛はマシンに向かって真剣な眼差しを向けた。
バシュッ!
その音と同時にマシンからものすごい速さで剛の顔面目掛けてボールが迫り来る!
何だ?不思議な感覚だ…さっきよりもだいぶ球は速いはずなのに…それでも少し遅く見える…もしかしてこれが覚醒なのか?
剛の目の前まで来たボールを首を軽く振ってかわす…
はずだったのだが、ボールは見えてても身体能力はまだそれに付いて行くことが出来なかった。
ドゴォーーーーン!
剛はもろにボールを顔面に受けてしまい、後ろへぶっ飛び気絶してしまった。
剛が目を覚ましたとき、目の前には天斗が剛の顔を覗き込んでいた。
「お…やっと気が付いたか…」
剛の顔には冷たく冷やされた濡れタオルが当てられ、ベンチに寝かされていた。
顔には激痛が走り、起き上がろうとするも、その痛みで力を入れることが出来ない。
「痛っててててて…」
「お前はバカか?いきなり100までスピード上げるなんて無謀過ぎなんだよ!」
「お前…見てたのかよ…」
「まぁな、お前も俺と同じ臭いがするからな。絶対無茶をするだろうと思ったよ」
「黒崎…」
「なぁ、剛…俺とお前は似た者同士だ…いつかお前も強くなって俺の片腕になってくれよ…」
「片腕?」
「俺が暴走族のチームに居ることは知ってるだろ?ウチのチームは最高なんだよ!総長やってる中田さんって人が男気溢れる人でよぉ~、その人がもうすぐ引退考えてんだってよ…それで次期総長として推してる蔵田って人がつい先日乱闘事件に巻き込まれて今はずっと入院してんだよ…それがどうもかなり重いらしくて復帰は難しそうだって中田さんに知らされたんだ…今のウチのチームには幾つかの派閥があってよぉ…今のままでは中田さんが引退すると同時にバラバラになるかも知れねぇんだよ…誰か強い統率力を持ってる人がまとめ上げなきゃならないんだが、各派閥の頭を見てもどうしても該当する人物が見えて来ねぇんだよ…もしそうなったら、俺は例え俺一人でも中田さんの意志を継いでいきたいと思ってる。だから!俺はお前に俺の相棒として協力して欲しい!」
「黒崎…お前…」
「剛…お前なら必ず強くなれるよ!ダークヒーロー…悪が悪を裁く…そんなカッコいいチームを一緒に作ろうぜ!」
「お前…天斗!わかった!俺達の力で伝説のチームを作ろう!」
この日、二人は固い絆を確立した。そして剛の人生もまた大きく変わって行く。それは後の悲劇へ向けた大きな転換期なのだが…
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