第18話
その電話は天斗にとってあまりにもショックが大きかった。
天斗が家でぼんやりと一人テレビを観るともなく眺めていたとき、突然スマホの着信が天斗の不意を突いた。すぐに側に置いてあったスマホを手に取り、発信先の相手を確認した時、何か胸騒ぎがするのを感じた。相手は天斗の族の総長である中田からだった。
「もしもし…中田さん?」
天斗がそう言った時、電話越しにあきらかに動揺している中田の声が聞こえてきた。
「天斗!蔵田が!」
そう言って中田が少し声を震わせているのが電話越しにも伝わって来る。天斗は滅多に動揺など見せることのない中田が取り乱している空気にただ事ではないと直感し
「中田さん!蔵田さんがどうしたんですか?あの人に何かあったんですか?」
と、急かすように聞いた。
「天斗…蔵田が…意識不明の重体で昨日病院に搬送されてたんだ…俺は不甲斐ないよ…仲間がそんなことになってたのに…今になってそんな報せが来るとはよ…」
「中田さん!それはどこの病院っすか?今すぐ会いに行けますか?」
「いや、今日はもう見に行くことは出来ねーよ…もう時間が遅い…トラブルに巻き込まれて、蔵田は最後まで引かずに結局大怪我させられてしまったらしい…」
「トラブルの相手ってもしかして…」
「あぁ…例のK会の連中だよ…林田から一斉送信来ただろ?あのトラブルに仲裁に割って入った時にやられたらしい…相手が相手だけに難しい問題だが、蔵田をこんな目に合わされて黙って居られるほどお人好しじゃねーよ…ただ…メンバーを巻き込むのはリスクが大きいからな…それでとりあえずお前だけに連絡したんだよ…」
「K会ってそんなに厄介な相手なんすか?」
「あぁ…お前は知らないのも無理はねぇがあいつらは、ふんべつが無い分、ヤクザ者よりずっと質が悪い…これまでにも奴等とトラブル起こして何人も潰されてんだよ…だから、K会の連中とは関わらないってのが鉄の掟となってるんだよ」
「じゃあ、なぜ蔵田さんはK会を相手に仲裁に入ったんでしょう?」
「それは…俺にもわからねぇ…だが、あいつは人一倍心根の優しい奴だから、もしかしたら放ってはおけなかったのかもな…」
「そうなんすか…だから中田さんも蔵田さんを自分の後がまとして推したいんすね?」
「あぁ、あいつならまた昔のチームのように悪党を粛清するダークヒーロー的な時代に戻してくれると信じているからな」
「それで、中田さん…どうする気なんですか?奴等とやり合えばタダじゃ済まないんすよね?」
「あぁ…だから…少数精鋭で奇襲かけたいんだが…できる限り被害を大きくしたくないから…透にも応援を頼めないかと思ってな…」
「透さん?確かにあの人が居たら士気も上がるだろうし、戦力としてはこれ以上無いですけど…」
「メンバーじゃねぇあいつを巻き込むのは俺も気が引けるんだけどよ…相手が相手だけに透に頼らざるを得ないんだよ」
「それで、どのくらい人数固めるんすか?」
「今俺が考えてるのは、ウチのメンバーの幹部…つまり派閥で割れてる頭達とその側近でざっと20だ」
「20…それで行けそうなんですか?」
「そりゃわからねぇよ…だけど一矢報いるぐらいはしたいし、例え負けたとしても被害は最小限に抑えられると思ってな…ウチの幹部達も、数多の歴戦の修羅場を潜り抜けて来た奴等ばかりだからな。そんな簡単にやられるタマじゃねぇよ」
「幹部の人達…割れてんすよね?みんなK会相手に動いてくれますかね?」
「わからない…けど、例え仲間が集まらなくても蔵田の仇は俺一人でもやるって決めてる!こんな時に黙って見て見ぬふりするようじゃ総長としては失格だし、蔵田だって覚悟決めて奴等とやり合ったんじゃねぇか…あいつの男気を無駄には出来ねぇしな」
確かにそうだ…透さんだってどんなに不利な状況でも、ここぞというときは必ず逃げずに立ち向かって行ったもんな…大事なものを守る為にはどんなリスクも顧みない、その覚悟こそがあの人の強さだった気がする…俺にとっても…きっと今がその時なんだ…大切な人を守るだけじゃなく、蔵田さんが大事にしたポリシーを守る為に中田さんは勝ち目の無い戦いに挑もうとしてる。俺も本物の男達に付いて行かなきゃ!
「中田さん!俺は行きますよ!過去に透さんに言われた言葉を思い出しました。勝てるからやる、勝てないから逃げるってのは弱いものいじめと同じだって…無駄に争う必要は無いけど、ここぞというときは逃げちゃ行けないって…」
そう天斗が熱く語るのを聞いて、中田は「フッ」と笑っただけだった。いつもそうなのだ。この中田という男は目でものを語る。いや、中田だけではなく、透もそうだった。やはり男というのは必要以上にベラベラと語らない。無言の言葉にこそ本当の真意が詰まっているのだと天斗は感じた。
翌日、天斗は学校には行かず中田と待ち合わせて蔵田の入院している病院へと向かった。朝一番に面会手続きを済ませ、すぐに蔵田の病室へと入った。蔵田はベッドの上で顔をほとんど包帯でぐるぐる巻きにされて、まだ意識は戻っていないと看護師から聞かされた。
中田がその痛々しい蔵田の姿を見て
「普通はよう、ここまでやったらやりすぎだってのは、喧嘩してきた奴なら誰だってその加減ってのはわかるもんだろ?しかし、奴等にはそんな概念がそもそも無いんだよ…ヤクザだってそれくらいわかるもんだぜ?チンピラの下っ端レベルの集団みたいなもんなんだよ…K会のほとんどがヤクザに行くと言われてるが、そのほとんどがただの鉄砲玉にされていいように利用されるだけだと聞いたことがある。そんなクソどうしようもねぇクズばかりなんだよ…」
その時、チームのメンバーがゾロゾロと蔵田の見舞いに現れた。
「おっ、中田さん!早いっすね!蔵田の容態は?」
チーム派閥の一派で桝井(ますい)という男が中田に声をかけた。この桝井も蔵田と比肩される実力者で、蔵田とはわりとウマが合う。
「おう、悪かったな…総長である俺が蔵田のこんな状況に気付いてやれなくて…お前の報せがなかったらもっと見舞いが遅れてたかも知れねぇ…」
実は桝井が蔵田の事件をいち早く聞きつけ中田に報告したのだ。そもそも何故1日置いて事件が発覚したのかというと、祭り会場でトラブルが勃発し、場所を移動して人気の無い山奥まで車で拉致されていた。そして大怪我をして放置されたのが、たまたま通りかかった人の通報によって病院に搬送されたのだ。蔵田との距離が近かった桝井に両親から連絡が入り事件が発覚したのだった。
桝井が
「中田さん!中田さんが何て言うかわからないけど、俺は蔵田の仇を取るつもりだ!例え鉄の掟を破ろうとも、蔵田をここまでされて黙ってみてられねぇよ!」
桝井の憤る姿を見て中田も胸が熱くなるのを感じた。他のメンバー達も一斉に桝井に賛同して中田に詰め寄る。
中田は桝井の肩をガシッと掴んで黙って頷いて見せた。桝井も目に強い力を宿らせて頷いた。
「なぁ桝井、これは全面戦争を避けた方が良いと思ってる。もし全面戦争となればエスカレートして今度は死人さえ出しかねないと思うんだよ…だから…」
そう中田が言いかけた時、桝井がその言葉を遮って語り出した。
「中田さん?もし精鋭のみで奴等とやり合ったとして、その精鋭全員が蔵田と同じようにされたとしたら?今度は残った奴等がまたK会に報復に出るかもしれない。結局は全面戦争は避けられないんじゃないかな?だったら一気に攻め込んであいつらを潰してしまった方が良くないっすか?」
桝井の最もな意見にメンバー達は黙って頷いている。
しかし中田は
「全面戦争仕掛けて例えば奴等を潰せたとしよう…それでもあいつらはまた更に機会を伺って俺達を潰しに来るかも知れねぇ…奴等ならあり得る話なんだ…だから今回限り少数精鋭で攻めて一矢報いるだけのことはしたいと考えてんだ。残りのメンバーにはそれを言い聞かせる!」
「中田さん、あんたは何もわかっちゃいねぇよ…確かにウチは派閥割れしてバラバラになってるように見えるかも知れねぇ…でも、俺達は中田さんに憧れてここに居るんだよ。あんたの男気に惚れ込んでんだよ!あんたが動くと言えば、誰もがあんたを犬死にさせるつもりはないんだ!もうこの戦争は誰にも止めることは出来ねぇよ!」
そのやり取りを見て天斗は目頭が熱くなる。
中田さんが心配するほどウチのチームはバラバラじゃ無いじゃん…結局みんな堅い絆で結ばれてるんだ…
そして中田はここに居合わせたメンバーをぐるりと見回して全員の意思を確認する。
「お前らも本当に覚悟は良いのか?」
その中田の言葉にメンバー全員が黙って頷く。そしてその後メンバー緊急召集命令が下され、その夜集会所にほとんどのメンバーが集まった。
しかし、一部のメンバー、幹部の山縣という男とその一派だけはこの集会をボイコットしていた。
この山縣という男は以前、次期総長の話で天斗を呼び出し天斗を殴り付けたことがある。誰よりも野望が強く、いざとなれば手段を選ばない危険な存在だった。そんな山縣がこの緊急事態に顔を出さないのは、ある意味謀反ともとれる作戦を画策しているからだった。
メンバー達は中田を囲って集まっている。その真ん中で中田が熱い演説を始める。
「もうみんな知ってると思うが、先日蔵田がK会の連中とトラブって今危篤の状態だ!本来ならK会とは戦争しないってのが鉄の掟なんだが、行き過ぎた奴等の行動に、もはや目を背けることは出来ない!だから、今回に限り皆の力を借りたい!勿論参加は強制するつもりはない!しかし、やるからには奴等を根絶したいと思ってる!ここで潰さなければまた奴等の報復が待っているからだ!それは簡単なことじゃねぇ!それに、潰すとなれば奴等の心を折るくらいのことをしなければならねぇ…その覚悟がある者だけに付いてきて欲しいと思ってる。例えこの戦争を辞退するものが出ても、絶対そいつらを非難しないでやって欲しい!リスクを怖れず付いてきてくれる奴は居るか?」
中田のこの熱い演説にメンバー達はしばらく黙って見ている。
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