第10話 新しい扉?
初めてのデートはとっても楽しかった。
……とは言い難かった。女装していることで常に気は張ってるし、声も意識してださなきゃいけないし、杏璃ちゃんとの話題にも考えを巡らせて正直いっぱいいっぱいで楽しむまでいけなかった。
まぁ映画を選んだのはよかった。内容も少女のバトル物で意外と面白かったし、何より見ている間は気を張ってなくて済んだからだ。映画の後に軽くお茶をしてお互いに映画の感想なんかを言い合えたのも楽しかった。
けど、慣れないことをずっとしていたから疲労感が半端い。杏璃ちゃんの家は俺とは真逆ということもあって、駅で別れ何とか家に帰ってきたが早く横になりたかった。
「デートって大変だなぁ……」
小説や映画で見るような感じとは全く違っていた。女装しているというイレギュラーはあるものの、もっとこうきゃっきゃうふふ的な感じだと思っていた。俺が夢を見すぎなのか?
そもそも、杏璃ちゃんは俺のことを好きじゃないから、きゃっきゃっうふふとはならないか……。
(あぁでも……杏璃ちゃんの手、柔らかかったなぁ。)
俺は自分の手をにぎにぎしてあの時の感触を思い起こす。自然と顔の筋肉が緩んでいく。
(やっぱ、楽しかったかも……。)
「翔ちゃん、帰ってきたの?」
「っ!」
びっくりした!いきなりドア越しに声をかけられて心臓が口から飛び出すかと本気で思った。やましいことを考えていたわけじゃなかったけど。妄想中に声をかけられる恐怖を久々に味わってしまった。
「……姉さん。わりぃ俺今すごい疲れててあとにしてくれない?」
今だドキドキしている心臓を抑えながら、ドアの外にいる姉さんにそう声をかける。
「ダメよ!部屋に入るわね」
しかし、俺の答えを丸っと無視してドアが開き姉さんが入ってきた。
(あ、鍵かけるの忘れてた……。)
「え、ちょ」
ベットに投げだしていた身を起こし、乱れていた服を慌てて直す。
「やっぱり……翔ちゃんそのまま寝てる。メイクしたままは肌に悪いのよ?すぐに落としてケアをしなきゃ。それに、洋服もすぐに着替えて」
「えぇ。後でじゃダメなの?」
「駄目よ。すぐにするのがいいのよ。ほら手伝ってあげるから」
中々立ち上がらない俺に近付くと、姉さんは俺の腕を取って無理やり立たせた。
「まじかぁ」
「ついでに、デートの話も聞かせてもらうからね♪」
「まじかぁ」
きらきらした目をする姉さんを見ながら、俺は深いため息をついた。
◆
「なるほどね、歌劇団みたいにねぇ」
デートの話を終えて、俺は姉さんに映画館で思ったことを話した。杏璃ちゃんはたぶん綺麗系が好きだ。話の端々でそれを感じるし、何より今日の俺の恰好も好印象だった。それに、杏璃ちゃん自身が可愛い系なので俺は綺麗い系でいくのがいい気がする。
で、女性だけで構成されているあの有名な歌劇団だ。男役をしている女性は髪も短いし、背も高く、声も低くしている。けれど女性の綺麗さは失われていない。凄い努力をしてあの姿を維持しているのはわかるが、それを目標にすればいけるんじゃないかと。
「うん……もちろん男役のほうで、それなら、俺もそこまで女性を意識しなくてもいいんじゃないかと思うんだ」
「いいんじゃない。将ちゃん背はあるから、あとはもう少し痩せて……がりがりはみっともないから体も筋肉がつきすぎない程度に鍛えて……うんうん」
姉さんは右手を口に当てて思案するポーズのまま、一人うんうんと頷いた。その視線は鏡の中の俺に向けられているが、俺を見ていない気がする。
「姉さん?」
「大丈夫。任せて、要は中性的なイメージよね」
「う、うん」
「じゃ、髪の毛はもう少し伸ばしてもらって、色は明るいブラウンでいいとして……前髪を少しウェーブにして……」
「ね、姉さん」
「大丈夫よ翔ちゃん。立派なジェンヌにしてあげるからね!」
「……ジェンヌ?」
なんだろうすごく不安だ……。俺はまた新たな扉を開こうとしているんだろうか……?
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