彼女は消えた

 まだ朝が来る前に、俺は目を覚ました。いつも隣にいたはずの恋人の気配はない。枕元にひとつピアスを残して、あの甘ったるい香水の香りをこの場に置いて、いなくなっていた。目元が熱を持っている。彼女のことを思うと、目の前が霞む。

 昨日の夜さらりと撫でたあの髪の感触が手のひらに残っている。唇を重ねたときの柔らかさがすぐそばにある。抱き締めたあの温度がまだ腕にとどまっている。彼女が言い放ったあの言葉も、記憶の中でこだましている。

 ――私ね、人間とは違うの。

 なぜか俺は驚かなかった。何となく気付いていたのかもしれない。彼女が人間を超越した存在であるということに。

 ――だからあなたとは、一緒になれない。ごめんね。

 力強く抱き締めたはずなのに、そこにもう彼女はいなかった。離すものかと心に決めたのに、腕の中にあったのは彼女の香りだけ。振り向けば開いた窓の外、夜の光が煌々と輝くその景色を、憧憬の光が宿った瞳で見つめている彼女がいた。

 ――だからあなたとは、もう、会えない。

 ふわりと風をはらんだカーテンが揺れる。手を伸ばして彼女を捕まえようとする。俺が掴んだのは、夜の風だけ。

 ――ごめんね、大好きなの。

 彼女の涙は俺の頬にあたった。ポス、と音を立てて枕元に落ちたそれは、紫色の石になった。

 彼女はもう、どこにもいなかった。


お題「寝室/ピアス/魔女」

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