第5話 元王女、奮起する

「お姫様達が“スピラ”に行ってから4日目だね。ケネスはどうなっていると思う?」


「さぁ?私にはわかりません。ところで、今日は土曜日ですから、お父上とお母上が訪ねてこられるのでは?」


「ああ、そうか、もう土曜日か。1週間が経つのは早いねぇ。今日はお肉も持ってきてくれるみたいだから、大きめの台車を用意して保管庫に来てね。」


「かしこまりました。」


「僕は先に行っておくよ。」


 僕はそう言って、厨房の奥にある食材保管庫へと向かう。料理長のイレネオに挨拶をして保管庫の中に入る。中に入る前に冷気を出すスイッチを切る。そのままだと寒いからね。奥の方には大きな観音開きの扉がある。その扉がゆっくりと開く。


「あら、オーギュスト、今日はしっかりと覚えていたのね。」


「まぁ、僕には頼れる執事がいるからね。一週間ぶりだね。母さん。父さんも。」


「おう、変わりがないようで良かったよ。」


 そう言って、白い息を吐いて厚着の2人と軽くハグする。


「オータン様、ジスレーヌ様、ご健勝のようで何よりです。」


 台車を持ってきたケネスが父さんと母さんに挨拶をする。ちなみに父さんはオータン。僕と同じ黒髪で緑の瞳をしている。母さんはジスレーヌで金色の綺麗な長髪に黒い瞳なんだ。僕が貴族になって家名を持ったから名乗らないか聞いてみたら、今のままでいいと言われたんだよね。まぁ、故郷は田舎だから浮いた存在になっちゃうよね。


「ケネスさんもお元気そうで良かったわ。あら、台車を用意してくださっているのね。」


「はい、オーギュスト様からご用意しておいた方がよいだろうということでしたので。」


「なら、こっちに来て頂戴。牛と豚を1頭ずつ枝肉にして置いてあるの。」


「承知しました。」


 母さんの後を台車を押したケネスがついて行き、扉をくぐる。しばらく時間がかかるかな?


「なぁ、オーギュスト。いつも聞いているが嫁さんはまだか?」


「無理だよ。こんな辺鄙へんぴなところに嫁いでくる女性なんてそうそういないよ。」


「一人息子なんだから、俺たちが元気なうちに孫の顔を見せてくれよ。ジスレーヌも40を過ぎた。オーギュストの魔法のおかげで20代の容姿と力を保っているがな。」


 頭ではわかっているんだけどね。父さんと母さんの子供は僕しかいないから早く結婚しないといけないということを。僕も24歳となって晩婚勢に片足を突っ込んでいる。でも、本当に良い女性ひとがいないんだよなぁ。送り出した人にはいたけどね。


 父さんと2人して白いため息を吐いていると、母さんとケネスが戻ってきた。


「男2人が何を辛気臭しんきくさい顔をしているんですか。お肉を持ってきましたから、早く吊るしますよ。保管庫も早く冷やさないと他の食材が痛むでしょうに。」


 そう言われて、男3人で分担して枝肉を吊るしていく。作業が終わり保管庫から出て扉を閉め冷気を出すスイッチを入れる。


「あー、保管庫から出ると、やっぱり暑いな。いつもの扉が寒く無くていいな。」


「まぁまぁ、今日はお肉があったんですもの。仕方ないわ。帰りはいつもの扉を使えるんでしょう?」


 母さんが上着を脱ぎながら尋ねてくる。


「もちろん、大丈夫。お客さんも来訪者もいないからね。イレネオ、昼は肉で頼むよ。」


「了解、ボス。」


 キッチンで調理道具の手入れをしているイレネオ達に昼食のリクエストを出して、2階の応接室へと上がる。父さんと母さんをソファに座らせて、僕も対面のソファに座る。すぐにジェナが紅茶を淹れて置いてくれる。


「それじゃ、今回分のお金だよ。」


 そう言って、時空魔法から派生した収納魔法から硬貨の入った袋を取り出し、父さんに渡す。父さんは中身を確かめると、フゥと軽く息を吐く。


「いつも思うが、息子とはいえこんなに貰っていいもんかね?」


「カミーロ達に普通の給金を支払っているんでしょう?このくらいは必要だよ。」


「カミーロ達家族は借金奴隷だからな。しっかりと金を払ってやらんと可哀想だろう?」


「でも、法律では時間当たりの作業賃だけでいいんだよ。普通の商店で働いている人達みたいに普通の給金は必要ないんだよ。まぁ、父さん達がそれでいいなら僕はもう何も言わないけど。」


 そう言って、紅茶を飲んでのどを潤す。カミーロ一家は僕が購入して、農畜産で収入を得ている父さん達の助力になればと譲った借金奴隷一家だ。借金奴隷は購入金額分のお金か換金性の高いモノを主人に払えば自由の身になる。お父さんの払っている給金だと僕が思っているよりも早く奴隷から自由の身になるだろうね。


「まぁ、オーギュストの心配もわかるが、カミーロは自由の身になっても給金の良いウチで働きたいと言ってくれているからな。人手は大丈夫さ。」


「わかったよ。父さん。この話しは此処までにしよう。」


「そうだな。」


 その後は、昼食までお互いのこの1週間について語り合った。雨季のおかげで畑作業はやりにくいが僕の作った魔道具の雨具のおかげで快適に作業ができていることやどこそこの娘と息子が結婚したとかを話してくれる。僕は、まぁ、お客さんや来訪者が何人来たとか、こんな魔物を狩ったとかあまりほのぼのとした内容ではないけど、素直に話す。


「パオロです。お食事の用意ができました。」


 ノックの後にパオロが扉の外から声をかけてくる。さて食堂に向かおう。





 孤児院では昼食後の休憩時間なのか子供達が元気よく遊んでいました。しかし、ここも教会と同様にボロボロですわ!!救いなのは、これまた教会と同様に綺麗に手入れをされている所でしょうか。わたくしは、案内してくださったイーヴァン司祭様にさらに金貨を握らせようとします。しかし、拒まれてしまいました。


 ならば、綺麗に手入れをされている所を中心に修復をしましょう。わたくしの加工魔法でも対応できるはずです。高貴なる者の義務としてお手伝いすべきなのですが、どうやら無償でのお手伝いに抵抗があるようですわね。


 わたくしは、すぐにイーヴァン司祭様の手を引き冒険者ギルドに行き、ギルドカードを作りました。これで、格安でわたくしに依頼をしてもらおうと考えたのです。イーヴァン司祭様は恐縮しながらも指名依頼書を作成して受付に提出しました。そして、すぐにわたくしが受注しましたわ。


 はっ!?これは、癒着というものになってしまわないかしら?念のためにギルド職員の方に尋ねると、知り合いに指名依頼を出すのは普通で問題ではないとのことで、安堵しましたわ。イーヴァン司祭様とはギルドで別れて、わたくしは材木問屋へと向かいます。修復のための材木が必要ですからね。


「ごきげんよう。建築物の修復用材木が欲しいのですけど、どれほどあるかしら?」


「いらっしゃいませ。お屋敷の修復用でしょうか?」


「いえ、教会ですわ。ヘレナ教の。」


「承知しました。少々、おかけになってお待ちください。」


 対応していただいた店員の方は一旦、お店の奥へと下がりました。その間に別の店員の方がお茶を出してくれます。お礼を言い、お茶を飲みながら木特有の香りを楽しんでいると、対応していただいた店員の方と女性が奥から出てきましたわ。


「お待たせして申し訳ありません。ここからはわたくしが対応いたします。この問屋の主人を務めております“ドリカ”と申します。」


「これはご丁寧に。わたくしはブリュエット・エクナルフと申します。」


 そう言いながら、商業ギルドと冒険者ギルドの身分証を提示します。


「失礼ながら、ご家名がお有りながらそちらの身分証は無いのでしょうか?」


「ええ。実はこの大陸とは別のところから来まして、先日、この町に落ち着きましたの。身分証は諸事情がございましてありませんの。衛兵隊のアルバン分隊長に仮証を出していただいて、こうして自由に動ける両ギルドで身分証を作成しましたの。」


「申し訳ありません。込み入ったことをお聞きしまして。ですが、アルバン分隊長が保証されているなら大丈夫ですね。ブリュエット様はヘレナ教の教会の修復のための材木をご所望と云うことでしたので、先程、勝手ながらヘレナ教の教会がわたくし共の材木を使用していないかをお調べしました。結果としてはこちらで材木を調達していました。」


「あら、お手間をおかけしましたわね。」


「いえ、修復するならば同じ材木がよろしいかと思いまして。こちらが建築時に使用されている材木のリストになります。」


 そう言って、紙に書いたリストを机の上に置かれました。ふむ、構材はアパで床材は黒檀、建具や家具類はチークと。結構、高額な物を使用しているのですね。


「取り敢えず、このリストの物をこれだけいただけるかしら?」


「はい。わかりました。結構な量ですが配送をいたしますか?」


「いえ、大丈夫ですわ。魔法袋がありますので。で、おいくらかしら?」


「金貨が31枚と銀貨が5枚となります。しかし、教会の修復に使用されるということですので、銀貨分は結構です。金貨31枚を戴ければ。」


「わかりましたわ。」


 そう言って、金貨で払おうとしたところ、ドリカさんに制されました。


「材木の準備にお時間がかかります。ですので、前金として15枚だけ戴ければ結構です。」


「わかりましたわ。では、前金として金貨15枚ですわ。お確かめくださいまし。」


「・・・はい、確かにいただきました。明日の朝にはお渡しができますのでこちらの札をお持ちください。札と残額のお支払いで交換となります。」


 わたくしは笑顔でお礼を言い、お店を後にしました。なるほど、大きな買い物などはこのようにするのですね。魔法袋の時とは違うドキドキでしたわ。あぁ、お金が減ってしまいましたから補充をしないといけませんわね。また宝石商に行って宝石を売りましょうか?いえ、恐らくはここ数日のわたくし達の持ち込んだ宝石で在庫に余裕があるはずですから買いたたかれる可能性がありますわね。


 ふむ、急ぎで大金が必要ではないのでルネとエヴラールのように冒険者業で稼ぎましょう。勿論、商業ギルドへ服を卸しながらですけど。楽しみですわ。

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