第3話 時空魔法

 さて、来訪者の3人を送り出したし、部屋に戻ろうかな。そう思って階段を上がっていると、階下から僕を呼ぶ声が聞こえた。あれ?今回は早かったな。そう思いながら階段を下ると、7番目の扉の所にブリュエット王女達がいた。


「お早いお帰りで。向こうは馴染めませんでした?」


「そういうことではありませんわ!この扉はなんですの!?部屋に入ったと思ったら平原にいましたわ!説明してくださりません?」


「う~ん、王女様は時空魔法って知っている?」


「いえ、聞いたことがありませんわ。」


「だろうね。今のところ確認した段階では僕しか持ってない魔法で、時間と空間を操ることのできる魔法なんだよ。」


「ま、まさか!?」


「流石は高等教育を受けている王女様。察しがついたかな?」


「ええ、なんらかの魔法。恐らくはわたくし達に言語魔法を与えた魔法でこの扉に時空魔法を与え、別世界、つまり異世界のこちらの世界と変わらない時間軸に行くように仕掛けてあるのでは?」


「おお!!ほぼ正解。贈与魔法というのを使ってね扉には時空魔法の他にも契約魔法がかかっているんだよ。合言葉がその証だね。」


 そう言うと、ブリュエット王女はペタンと床に座り込んだ。


「ふむ、少しお疲れのようだね。お客様をお通しする部屋にご案内して。」


 僕はケネスにそう伝える。来訪者がまた来たら厄介だからね。2階にある応接室に案内させる。僕は念のために7番目の扉が勝手に開かないように魔法で作った鍵をかけて後を追う。その前にもうお昼近いので厨房によって3人分の食事を追加で作ってもらう。


 お客様用応接室のソファに腰掛けていた3人は頭を抱えていた。


「どう?少しは冷静になれたかな?」


「ええ、まぁ、そうね。大丈夫よ。」


「そう、それなら良かった。」


「オーギュスト卿がわたくし達のお金を引き取って3人分の宝石をくれたのも理解したわ。こちらの通貨が異世界で使えるわけないわよね。宝石なら売ってその世界のお金を手に入れることができるもの。卿なりの優しさだったのね。」


「あはは。さっきも言った通り餞別さ。新しい世界で生活を始める王女様たちへのね。」


「そう、ならこの話しは終わりにしましょう。ねぇ、あの世界の情報って教えてもらえるのかしら?」


「おー、いいね。その姿勢は。ん、ちょっと待ってね。えーっとね。あ、有った有った。これだよ。」


 僕は応接机の上に手をかざす。僕の魔力で一冊の本が形成されていく。30秒ぐらいでできた。


「これ、僕の記憶を魔力で出力した本だよ。最初に触れた人の魔力に反応して読めるようにしているから、王女様が触れてみてよ。」


 ブリュエット王女が僕の出した本に触れると、本の表面に“所有者 ブリュエット・エクナルフ”と文字が浮かぶ。これで他の誰にも見ることのできない本が完成した。


「一応、この本にはあの世界の常識とか国とか通貨とか生物とかが記載されているけど、僕も頻繁に通っているわけではないからね。覚えておきたいこととかがあれば、魔力を流しながらその事を思い浮かべればページが追加されるよ。それと、知りたい情報を思い浮かべながら本を開けば、その情報の乗ったページが開かれるからね。」


「・・・便利ね。」


「まぁね。それと、王女様がむこうで結婚して子供ができたら所有権を子供と共有できたりするよ。」


「夫となる人とは共有できないの?」


「血の繋がりが無いとできない仕様にしているんだ。そのほうが子孫に残せるでしょ?」


「確かにそうね。でも結婚したら夫となる人に自動的に秘密ができちゃうのね。」


「ま、そういう魔道具だって説明すればいいんじゃないかな?王女様はあっちでも良い所のお嬢様として見られる容姿をしているし。」


「それは褒められているのかしら?」


「褒めているつもりなんだけどなぁ。」


 そんな感じで本の説明が終わったら、お昼まで雑談を続けた。特に、王女様たちが此処に来るまでの話しはそれだけで1冊の物語ができそうだなと思ったよ。


 時計が12時を指す少し前にケネスがやってきて昼食の用意ができたと伝えてくれる。ケネスを先導に1階の食堂へと向かう。今日の料理は異世界料理のハンバーグステーキというやつだ。3人とも最初は不思議そうに眺めていたけど、食べ始めると舌に合ったようで、残さず食べてくれた。


 昼食後は腹休めのために2階の応接室に戻り、僕なりにあっちの世界のアドバイスをしておく。まぁ、王女様は賢いし、護衛のユノー夫妻も追っ手を振り切る手腕を持っているわけだから大丈夫、大丈夫。


 時計が13時を指す頃には王女様達は出発の用意を完了していた。ちゃっかりしているもので宝石の追加をねだられた。まぁ、減るもんでもないのであげたけどね。


 そして、1階の7番目の扉の鍵を解除する。これで合言葉さえ言えば自由に出入りできるようになった。僕は扉を開き、


「あっちの世界で拠点ができたら誘ってね。」


 そう言って、ケネスとジェナと共に3人を見送る。




「あっちの世界で拠点ができたら誘ってね。」


 と、とても普通に送り出されました。扉の先は最初と同じ平原でしたけど、太陽はすでに中天を過ぎて西の方へと傾き始めていましたわ。


「さてと、まさしく正真正銘の新天地ですわね。ルネ、エヴラール行きましょうか。」


「「はい。」」


 そうしてわたくし達は見えている町に向かい始めましたわ。途中で整備された街道に出たので人や馬車の流れにのって町へと向かいます。平原から来たわたくし達は特に見咎められることも無く、順調に町へと歩を進めていきます。


 元いた世界と同じように、町は壁で囲まれ、出入りは門のみとなっているようですね。門番の方が身体検査をされています。わたくし達には身分を証明するものがありませんが、戴いた本には、滞在期間中のみ有効な仮の証明書を一度だけ無料で出していただけると書いてありましたので、ある程度の身分の家出娘として振る舞います。


「次の方ー。」


「こんにちは。良い天気で心が晴れ晴れしますわね。実はわたくし共は身分を証明するモノを持っていないのです。なにぶん、急いで家を出たものですから・・・。」


 最初は明るく挨拶をして、徐々に表情を暗くして声のトーンも落としていきます。わたくし達の服装とその様子で担当の門番さんは察してくださったのか。


「詰所の方で滞在期間中有効な身分証を発行しますので着いてきてください。」


 と言ってくださいました。詰所は門のすぐそばにあり、門番さんが扉を開けて中の人物へと声をかけます。


「分隊長、訳アリのお客様です。正規の身分証がないようなので、仮証の発行をお願いします。」


「おう、わかった。お嬢さん方、椅子におかけになってください。自分はこの町の衛兵隊所属のアルバンと申します。まずは、お名前を教えていただけますか?」


 分隊長のアルバン殿は頭を剃り上げており、胸甲と脚甲、籠手のみで兜は被っておりませんでしたわ。ですので、頭部にある傷跡もハッキリとわかりましたの。わたくしは笑顔を作りながら自己紹介をします。


わたくしはブリュエットと申します。歳は18歳。女性の方の護衛がルネと申しまして34歳。男性がエヴラールと申しまして36歳で2人は夫婦です。血縁はありませんが、ルネはわたくしの乳母ですわ。」


 そう言うとアルバン殿は頷きながら書面に記載していきます。そして顔を上げて、


「服装やお言葉から高貴な家の出の方だとは思っておりましたが、一応お聞きしますね。家名はありますか?」


「ええ、あります。わたくしはエクナルフ。ルネとエヴラールはユノーです。」


「ふむ、初めてお聞きする家名ですね。我が国のご出身ではありませんよね?」


「はい、遠くから来ましたわ。とても遠くから。そうしないと命が危なかったものですから。それで、こちらでようやく落ち着けるだろうと思いまして、身を清め、綺麗にとっておいた服に着替えてやってきましたの。」


「な、なるほど・・・。それは大変でしたね。平民出身の私では想像もつかないご苦労をされたでしょう。」


「ええ、ルネとエヴラールの息子は逃げる途中で討ち死にをしました。」


「なんと!?それほどとは。でしたら家名を隠して仮証を発行しましょうか?」


「いえ、家名は是非とも残したいのです。追っ手もここまでは流石に来ないでしょうから。こちらの国、ひいてはこの町に御迷惑はおかけしませんわ。なにしろ、海を超えなければならないのですから。」


「そうですか・・・。わかりました。では、最後にこちらの石板に手をかざしていただけますか?犯罪歴等がわかりますので。」


「ルネとエヴラールは逃亡の際に追っ手を殺害していますが、大丈夫でしょうか?」


「そちらの心配はありません。自己防衛のための殺害は数値として出ますが、表示される色が違いますので。」


 そのように言われましたので、3人でそれぞれ石板に手をかざします。すると石板から文字が浮かび上がり、わたくしは犯罪歴無しと青で表示され、ルネとエヴラールは殺人罪(自己防衛)という文字と殺害した人数がそれぞれ青で表示されます。


「はい、問題ないようですね。最後に御身分を証明できるようなモノはお持ちですか?」


 ここでオーギュスト卿から戴いた宝石の入った布袋をそれぞれ出して、中身が見えるようにします。アルバン殿はそれを確認すると、とても驚いた顔をなさいましたわ。


「なるほど、これほどのモノは庶民には無理ですね。王族か貴族、ギリギリで大富豪が持てるかどうかですね。ありがとうございます。確認ができたのでしまってくださって結構ですよ。では、仮証を発行します。こちらの用紙にそれぞれサインを。」


 言われた通りに文字を書きますが、元いた世界とはもちろん違う文字でした。しかし、驚きたいのをこらえてサインをします。サインした用紙を持ってアルバン殿は詰所の奥に行き、1分ほどで戻って来ました。


「どうぞ、こちらが仮証となります。もしも、先程、言われた通りもう追っ手の心配がないのであれば、この町で正式に身分証を発行しますか?役所に出す書類ならありますが。」


「いえ、できればどこかのギルドで発行してもらおうと思っておりますわ。移動を頻繁にするならそちらの方がよろしいでしょう?」


「よくご存知ですね。確かにそちらの方が便利ですが、それぞれのギルドは審査がありますので、よくお考えになってください。困ったことがありましたら、また、私を訪ねてくださっても結構ですし、役場でも大丈夫ですよ。この町に滞在中は私の名前を使ってください。仮証の発行者を私名義にしていますので、そちらを見せるのが手っ取り早いと思いますが。」


「よろしいのですか?初対面の相手にそんな厚遇をしても。」


「ええ、長年の衛兵として勤めてきた私の勘が、貴女方を信用してもよいと判断しました。まぁ、まだ隠していることはあるのでしょうが、それは、ここに来たらあまり意味のないモノでしょうしね。」


「では、わたくし達はアルバン殿の信用を裏切らないようにしないといけませんわね。」


 笑顔でそう言って、仮証を受け取る。わたくし達の何の呪縛も無い新しい世界での生活が今から始まると思うと胸が高鳴りますわね。

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