第636話 21歳の誕生日

 




「 あら……キスをして下さいませんの? 」

「 これは失礼 」

 そう言ってアルベルトは、美しい女性の差し出された右手の甲にキスをした。



 明日に結婚式を控えた今宵……

 招待した王族達だけを集めて、皇宮ではレセプションパーティーが開催されていた。


 アルベルトとレティが並んで王族達を出迎える中、アルベルトにキスをしろと手を差し出して来たのは……


 イニエスタ王国のアリアドネ王女だった。



 アリアドネに腰を折って、アルベルトが彼女の手の甲にキスをする姿を見ているレティの心臓は、ドクンと跳ね上がったままドキドキと音を鳴らし続けている。


 彼女はレティのループする3度の人生で……

 どの人生でもアルベルト皇太子殿下が婚約をした王女。

 レティのトラウマの王女なのだから。



 アリアドネは……

 ブルネイ王国の第3王子が臣籍降下して、妻に先立たれた一回り年上の公爵に嫁いだ。

 しかし……

 そのブルネイ王国の王太子と王子が、馬車の事故で一度に亡くなった。


 第2王子が王太子になるのかと思いきや、その第2王子の妻の身分が低かった。

 そこでお鉢が回って来たのが、イニエスタ王国の王女を妻にした第3王子であるジョナスだった。


 各国色んな諸事情があるが……

 こんなパターンもある訳で。


 アリアドネ王女は……

 ブルネイ王国の王太子妃になっていたのである。



「 アルベルト様……お久し振りですわね。相変わらず素敵です事 」

「 そなたも変わりなく……美しいままだ 」

 懐かしそうに見つめ合う2人。


 この2人の姿は……

 レティが何度も見た光景だった。


 互いに恋をした見目美しい皇子と王女。

 2人が見つめ合って幸せそうに踊る姿を何度も見て来たのだ。


 その度に……

 自分の叶わぬ想いに蓋をして来たのだった。



 しかし……

 この4度目の人生ではアルベルト皇太子殿下は公爵令嬢のレティを選んだ。


 その事により……

 自分のせいで彼女の運命が大きく変わった事に、レティは心を痛めていた。

 彼女がアルベルトに想いを寄せているのを知っていただけに。



「 ご結婚お喜び申し上げますわ 」

 やっとこの日を迎えたのねと、アリアドネがレティを見てニッコリと笑った。

 少し遅過ぎないかしらと言って。


 レティは王太子妃となったアリアドネに、カーテシーをした。


 ずっと苦しめられて来た、アルベルト皇太子殿下とアリアドネ王女の2人の寄り添う姿の残存が……

 この時、消えて行ったのを感じた。



 アリアドネ王太子妃は妊娠をしていた。

 ゆったりとしたドレス姿を見ただけで、直ぐにそれが分かった。


「 どうしても……ワタクシをふった男にお祝いを言いたかったのよ 」

 無理してシルフィード帝国まで来たのは、その為だと言って少し大きくなったお腹を撫でた。



 彼女よりも先に、アルベルトとレティにお祝いの言葉を述べていたジョナス王太子の背はアリアドネよりも低い。

 顔は優しそうだが……

 レティの持つ『 世界の美しい王子様ランキング トップ10 』に入る様な顔では無かった。


 本来ならば……

 大国イニエスタ王国のアリアドネ王女が、小国ブルネイ王国の第3王子に嫁ぐ事はあり得ない事だったが。

 それも彼は、妻に先立たれた男やもめの公爵だったのたがら。


 アルベルトとの事があったから、そんな事になったのは間違いなかった。

 建国祭での不可解な事件も関係している。


 彼女の気持ちが自分にあった事もあって、少なからずアルベルトも心を痛めていた。

 彼女が幸せになれば良いと願っていた。



「 お兄様~ 」と、兄であるイニエスタ王国のリンスター王太子を見付けて駆け出した彼女を、慌てて追い掛けて行くジョナス王太子。


「 ドネ! 走ったら駄目じゃ無いか! そなた1人の身体じゃ無いんだぞ 」

「 ごめんなさいジョナス 」

 やはり歳の差なのか……

 夫に甘える彼女がそこにいた。


 亡くなった前妻との間には子が無かった事もあってか……

 ジョナスは妊娠中の妻をとても大切にしている様だ。



 そんな2人を、アルベルトとレティは見ていた。


「 幸せそうだわ 」

「 うん、彼女が幸せそうで良かった 」



 レティから聞いた彼女の3度のループの話の中では、どの人生も俺は彼女と婚約していたと聞く。

 それがレティの心の傷になっている事も知っている。


 当時……

 俺の告白を受け入れてくれなかったのは、やがてアリアドネ王女と婚約をすると思っていたからだと、レティは話してくれた。


 今、彼女の幸せそうな姿を見て……

 君の心の痛みが少しでも軽くなれば良いけれど。



「 レティ……僕は君を好きだよ。誰よりも 」

 アルベルトはそう言って……

 少し涙ぐんでいるレティの肩を優しく抱き寄せ、頭にそっと唇を寄せた。



「 リティエラ君! 君は……君はどうして我が国に来なかったんだ!? 」

 次にやって来たのはローランド国のウィリアム王子だ。


「 アルベルト殿と婚約破棄をしたなら、私の所へ来ないと駄目じゃ無いか! サハルーン帝国なんかに何故行ったんだ? 」

 私がそなたを妃にしたのにと言ってレティの手を掬い取り、手の甲にキスをする。



「 それは、私とリティエラ嬢が特別な関係だからだ 」

 続いて現れたのはサハルーン帝国のジャファル皇太子。


 ウィリアムからレティの手を取り上げて、レティの手の甲にキスを落とす。

 そなたがいない夜は寂しいよと意味深な事を言って。


「 婚約破棄をして、真っ先に我が国にやって来てくれたのは、私を想っての所為だろ? 」

 ジャファルはそう言ってレティを熱く見つめた。



「 ジャファル殿には妃がいると聞いたが? 」

「 我が国は一夫多妻制だから問題ない 」


 ジャファル皇太子殿下は、私がサハルーン帝国に行った理由を知っているのに、ウィリアム王子殿下をからかっているのだわ。


 睨み合う2人の間でレティはクスクスと笑って。



「 おい……レティは私の妃だ! 」

 先程から何をとぼけた事を言っているのかと、アルベルトがレティを抱き寄せた。


「 婚約破棄されたくせに 」と3人でギャアギャアとレティを取り合って。



 そんな様子を見ている他国の王太子や王子達は、仲が良いなと羨ましく思っていて。

 この場にいる色んな国の、まだ若い王太子や王子達の外交は始まったばかりだ。



 グランデル王国のアンソニー王太子とレティは、こそこそと皇子様ファンクラブの事を話したり、マケドリア王国の王太子は2人にお祝いの挨拶をすると、叔母であるシルビア皇后と談笑している。


 レティが嬉しかったのは、ナレアニア王国の元王太子のフェルナンドとクリスティーナ夫人に会えた事だ。

 色んな事があったが……

 フェルナンドは来年には再び王太子となる予定だ。


 残念なのは……

 タシアン王国のコバルトが来ていない事で。

 彼は若いながらも国王なので、自国を離れる訳にはいかなかったのだ。



 そうして……

 懐かしい王子達や、これから関係を築いて行く王子達との、楽しい宴は夜遅くまで続いた。



 これを滅茶苦茶にする事を企てていた、タシアン王国の前国王達を阻止出来たことを、ロナウド皇帝は心底安堵するのだった。


 息子であるアルベルトが頼もしく思えた。

 何よりもアルベルトの側にいるレティの所為が素晴らしいのだ。


 アルベルトの御代の王子達と楽しそうに話をしている2人を見ながら、自分達の時には無かった光景だと、ロナウド皇帝は目を細めるのだった。




 ***




 サハルーン帝国から帰国してからの1週間は、結婚式に向けての準備で兎に角忙しかった。


 この日のレティの緊張はピークに来ていた。

 それは明日の結婚式の事だけでは無い。


 明日はレティの21歳の誕生日。

 決して迎える事の無かった、21歳と言う年齢の自分の人生が始まる日。


 この日を迎える為に頑張って来た6年だった。



 自分のループの原因は隣国タシアン王国との事だと、アルベルトと一緒に紐付けた。

 レティの3度の死が全て、世界征服を企むタシアン王国に関わっていたからで。


 だから……

 それが解決した事から、もう終わったのだと思っていた。


 聖女が誕生するまでは。


 聖女が側妃になると言われても、アルベルトが受け入れないと信じていた。

 レティの為に側室制度を廃止したのは、他でも無いアルベルト自身なのだから。



 まさか……

 アルベルトの記憶が失うなんて事は思ってもみなかった。

 それを4度目の死だと紐付けて、レティは5度目の人生を歩もうとサハルーン帝国に渡ったと言う。


 そんなまさかが起こるのが、レティのこの20歳の時なのである。

 その時間が残っている。

 後、1時間。


 0時を過ぎたら私は21歳になる。



 結婚式の当日は朝から色んな儀式があるからと、レティは皇宮に泊まる事になり、今は皇太子宮の客間のベッドの上にいる。

 そう、20歳の誕生の日から1年間過ごした自分の部屋だ。


 明日の夜からは、皇太子夫婦の部屋が自分の部屋になるのが妙な気分だ。



 コンコン。


「 レティ、僕だよ 」

「 どうぞ 」

 部屋に入って来たアルベルトは、直ぐにレティを抱き上げた。


「 !? 今夜は一緒に寝ないって言ったでしょ? 」

「 ………寝ないよ。君の21歳の誕生日を一緒に祝いたくて…… 」

 明日が結婚式だから、けじめの為に一緒には寝ないとレティが言って。

 今更?とアルベルトは言いたくなったが。



 実は記憶を亡くしてからはレティとはずっと一緒には寝ていない。

 帰国時の軍船では……

 騎士達がいるので別々な部屋で寝た。

 かなりイチャイチャはしたが。



「 有り難う……それだったらアルの部屋に行くわ 」

 レティはそう言ってアルベルトの首に手を回して来た。


 ふわっと香るレティの匂いがたまらない。

 明日だ明日だと自分に言い聞かせて。

 アルベルトは……

 自分の部屋のベッドの上にそっとレティを下ろした。



「 今、何時かしら? 」

 レティは、ベッド脇のナイトテーブルの上の置時計を何度も見る。

 少しも時間が進まないとぶつぶつ言っていて。


「 時間までは……何が起こるか分からないわ 」

 レティはキョロキョロと辺りを見回した。


「 窓から盗賊が入って来るかも…… 」

「 僕がいるから大丈夫 」

「 じゃあ、このベッドの床が落ちたら? 」

 レティは両手を自分の頬に当てて怯えた顔をする。


「 宮殿の作りは頑丈だから大丈夫だよ 」

 アルベルトはベッドの枕の前に座り直して、レティにおいでと言って自分の前に座らせて、後ろから抱き締めた。



 その時レティは……

 ナイトテーブルの上の置時計の横に、ファイルが置いてある事に気が付いた。


 あのファイルは……


「 !? 」

 あれは間違いなく私が作った皇子様コレクション。



 アルベルトに身体をあずけていたレティは、ガバッと身体を起こしてナイトテーブルの上のファイルを胸に抱いた。


 その拍子にレティの頭がアルベルトの顎に当たり、アルベルトが涙目になっている。

 レティは石頭。



「 レティ、何? 急に…… 」

 顎をゴシゴシと擦るアルベルトは、レティが胸に抱いているファイルを見つめた。


「 見た? 」

「 見た 」

 アルベルトの前にペタンと座るレティの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。



「 そんなに僕を好き? 」

 ニヤニヤと嬉しそうな顔が憎たらしい。


「 ……… 」

「 ねぇ……姿絵の僕と実物の僕とどっちが好きなの? 」

「 ……… 」

 真っ赤な顔をして睨み付けて来るレティが可愛くて。



「 もう1度記憶を失くせーっ!! 」

 そう言いながらアルベルトにのし掛かって来て、レティはアルベルトの頭に頭突きを食らわした。


 この女はどうしてこうも滅茶苦茶なのか。

 皇太子殿下にこんな事をするのはレティだけである。



「 ☆#※×*○………レ……ティ……君は…… 」

 頭を両手で抱え込むアルベルトに、レティは痛かった?と言って心配そうな顔をして覗き込んで来た。


 石頭レティも、ちょっと頭を押さえている。


「 反撃だーっ!! 」

 アルベルトはレティをベッドの上に押し倒して、レティの顔中にチュッチュッとキスの攻撃をすれば、キャアキャアと逃げ様とするレティ。



 そうして2人でワチャワチャしている内に……

 いつの間にか……

 レティの21歳の誕生日がやって来ていたのだった。



「 レティ……21歳の誕生日おめでとう 」

 いつの間にか……

 自分の腕の中でうとうととし出したレティのオデコに、アルベルトは唇を寄せた。


 午前中は大聖堂に行き、結婚式の予行演習をして、昼は各国からのお祝いの品々を受け取る為に謁見の間に両陛下といた。

 夜は王族達とのレセプションパーティー。

 ずっと緊張していた1日だったから無理も無い。



「 ……有り難う……私は……やっと21歳になれたのね…… 」

「 うん……21歳のレティだよ 」

「 もっと……何かが変わるのかと思ったら……そうでも無いのね…… 」

 じゃあ、部屋に戻るわと言って、眠い目を擦りながらレティは起き上がろうとする。


 そうはさせじと、アルベルトはそのままレティを胸に抱き締めて、背中をトントンとした。

 すると直ぐに、レティはスヤスヤと可愛い寝息を立て始めた。


 寝かし付け成功だ。


 アルベルトの腕の中がレティの1番安心出来る場所。

 アルベルトがこれをやると、何時も直ぐにレティは眠るのだった。



「 お休み……僕の妃…… 」

 アルベルトは独身者最後の夜を、世界で1番愛しい女性レティを腕に抱いて眠った。


 明日からは寝かせないよと、レティの可愛い頬にチュッとキスをして。



 ずっと20歳で終わっていたレティの数奇な運命。

 彼女は初めて21歳の誕生日を迎える事が出来た。


 やっと前に進めるのであった。









─────────────────


次話で最終話となります。



読んで頂き有り難うございます。


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