第630話 2つの婚約指輪

 




 船に乗っている間もレティの事を思い出そうとした。

 しかし……

 思い出そうとすればする程に頭がズキズキと痛むだけだけだった。


 ラウル達は……

 レティに会えば思い出すよと言うだけで。

 2人の事をアルベルトに話す事はしなかった。



 軍船は広い。

 最初は、騎士達が訓練をしているのを眺めているだけだったが……

 アルベルトも剣を握った。


 エドガーと手合わせをしたが……

 身体は覚えている様で、驚く程に動けた。

 心を無にすればする程に。


「 やっぱり身体は覚えているんだな 」

 こんなにブランクもあるのに負けそうだと言って、驚くエドガーだった。



「 殿下! 次は私とお願いします 」

「 グレイ! 来い! 」 

「 えっ!? 」


 アルベルトはグレイの名を呼んだ。

 紹介もされていないし、まだ名乗ってもいないのにだ。


「 俺は……グレイと何度も手合わせをした…… 」

「 心を無にしたから思い出したんだよ 」

 喜んだエドガーが、ラウル達に知らせる為に走って行った。


 その後グレイと打ち合いをした。

 何時も手合わせをしていた2人だから、打ち合う内にどんどんスピードが上がって行って。


 楽しかった。

 こんなに爽快な気持ちになる事は今までに無かった事だ。



「 参った。やはりグレイは強いな 」

「 殿下……ブランクがあるのに流石です 」

 挨拶を交わした時に、アルベルトはそのままじっとグレイを見つめた。


「 ………あの時……お前は泣いていた…… 」

「 えっ!? 」

 アルベルトは……

 グレイが魅了の魔力で操られながら手合わせをした時の事を思い出したのだ。


 反対に……

 その時の事を覚えていないグレイは複雑だったが。



「 ………あの時………誰かが俺の前に来て…… 」

 それがレティだったのだが……


 アルベルトはそれが誰かを思い出せず、やはり頭がズキズキと痛むのだった。



「 殿下! 次は俺とやったらきっと俺を思い出しますよ! 」

 ロンとケチャップと手合わせをしたが、アルベルトは何も思い出せず、2人はショックを受けていた。


 無理に思い出そうとすれば頭が痛むのだが……

 誰かと関わる度に、少しではあるがこんな風に不意に思い出す事が増えて来ていた。




 ***




 カラカラと音をたてながら、馬車が皇太子宮の正面玄関に止まった。


 馬車が迎えに行ったから、直に戻って来ると言うジャファルだったが。

 アルベルトは少しでも早く会いたくて正面玄関で待っていた。



 レティとの昔の事は思い出せないが……

 議会場で、大臣や議員達を次々に論破して行くレティの事は何度も思い返していた。


 格好良いと思った。

 綺麗だと思った。

 可愛いとも。


 そして……

 好きだと思った。



 御者が馬車の扉を静かに開けるとアルベルトは前に進み出た。


「 そなたの帰りを待っていた 」

 その美しい顔で、素敵な声でレティに向かって微笑んで。



 置き手紙一つで出て来たから、何時かは誰かが迎えに来るとは思っていたが。

 レティはまさかアルベルトが来るとは思わなかった。

 それもこんなに早く。


 そして……

 こんなに遠くまで自分を追い掛けてきたのは、もしかしたら記憶が戻ったのかと期待をしたが。


 違っていた。


 それに……

 毎回こんな風に期待してしまうのも限界だった。



 貴方は……

 私のアルでは無いのね。


 レティをエスコートしようとして、アルベルトが時に、レティはそれをスルーしてピョンと馬車から飛び降り、シュタタタタタと正面玄関に向けて駆け出した。



 きっとお兄様達が連れて来たんだわ!


 広い廊下を駆け抜け、リビングのドアをバタンと開けると、そこにはラウル、エドガー、レオナルド。

 そして……

 騎士服を着たグレイがそこにいた。



 皇宮騎士団第1部隊の皆も同行して来たが……

 ジャファルが軍船から降りるのを許可したのはこの4人だけだった。


 いきなり来た軍船から他国の騎士達を、ぞろぞろと入国させるのは街の人々を怯えさせるだけで。

 それでなくても街中がパニックになっているのだから。



「 お兄様! どうしてアルを連れて来たの!? 」

 凄い剣幕で怒るレティだったが。


 それを上回る剣幕でラウルにどやされた。

 当たり前だ。

 死ぬかも知れなかったのだから。



「 だって、サハルーン帝国行きの船はあれを逃したら、1ヶ月後にしか無かったんだもの 」

「 それでも何も言わずに行く事は無いだろ!? 」

「 ちゃんと置き手紙をしたわ 」


 後から報告をすれば良いと思っているのが『 猪突猛進 』『 思い立ったら吉日 』のレティだった。



「 お前は何時もそうだ! お袋がどれだけ心配してると思ってるんだ!? 」

 母親の事を出されたらダメだった。


「 ご免なさい 」

 レティは耳が垂れた仔犬の様にシュンとした。


 どんなに危険な事をしたのかと、その後もガミガミとラウルに説教をされ続けたのだった。


 アルベルトもリビングに来ていて、ソファーに座ってラウルとレティの様子を楽しげに見ていた。

 こんな場面を見たことがあるなと思いながら。



 ラウルはあの後の議会での話をして、聖女が側妃になる話は無くなった事をレティに話した。


 それを聞いても頑なに復縁を拒むレティに、ラウルがイライラとして。


「 お前は医者のくせに、こんな状態のアルに寄り添いもせずによくも放っておけるよな? 会う事を拒んだのはなぜだ!?挙げ句に婚約破棄を一方的に告げるなんて、アルがどれだけショックを受けたのか分からないのか? 」


「 ………… 」

 流石はウォリウォールの嫡男だ。

 痛いところを突いてきた。

 流石のレティも黙り込んでしまった。



「 アルとちゃんと話をしなよ 」

「 聖女が側妃で無くなったのなら、もう、何の問題も無いじゃん 」

 レオナルドとエドガーが言う事を、レティは膝の上の手をギュッと握り締めて黙ったままに聞いていた。



「 レティ! 今から部屋に行ってアルと話せ! それからお前はアルの世話をしてあげろよ 」

 今回は侍従が来てないから、皇子様の世話をする人がいないとラウルが言う。


「 そんな事出来ないわ 」

「 皇太子宮では、ずっとお前がしていたと聞いたぜ 」


「 ……それは私が婚約者だったからで……でも、もう婚約者では無いから無理よ 」

 お兄様達がすれば良いとレティは言う。



「 俺達は世話をして貰う立場だから、無理 」

 だって俺達は、シルフィード帝国の三大貴族の嫡男だぜとエドガーが偉そうに胸を張った。


「 じゃあ、あそこでアルをうっとりと見ている侍女に頼むとするか 」

 レオナルドが顎をクイッと上げて、壁際に控えている侍女達を見た。


 ボンキュッボンの美人でグラマラスな侍女が、頬を染めてアルベルトを見ている。


 ジャファルの侍女は皆が皆、若くて美しい。

 そこがアルベルトの侍女とは違う。



「 じゃあ、グレイ班長が…… 」

 騎士なら大丈夫でしょ?と言って、レティはグレイをうるうるとした目で見た。


 その時……


「 じゃあ、侍女に命令するよ? アルベルト殿の世話をする様にと 」

 今まで黙って4人のやり取りを見ていたジャファルがニヤリと笑う。



 アルベルトを見れば……

 ソファーの背凭れに持たれてうとうととしていた。

 以前のアルベルトならば絶対にあり得ない事だ。


 記憶を取り戻そうとすれば頭が痛くなる。

 その上にここは知らない場所であり、知らない人々と会う事は精神的にはかなりきつく、かなりの負担が掛かっていたのだった。


 軍船の中でも直ぐに寝ていたと皆は言う。



 無防備な寝顔も美しく。

 こんな無防備な皇子様をあいつらには任せられない。

 何をされるか分かったもんじゃない。

 いや、絶対に何かする!



「 主君を守れるのはお前だけだ! 」

 エドガーがレティに発破を掛ける。


 こいつは騎士だ!

 騎士じゃ無いけど騎士以上に騎士なのだとエドガーは思っている。


「 私が………殿下をお守り致しますわ! 」

 キリキリとした顔をして、レティは立ち上がった。

 レティの騎士センサーがマックスになった。



 やった!


 エドガーがラウルとレオナルドに向かって親指を立てると、2人は目が釣り上がったレティを見て、腹を抱えて笑った。



「 殿下……部屋までお連れします 」

「 ? ああ…… 」

 レティがアルベルトの荷物の入ったトランクをガラガラと引っ張って行くと、アルベルトがヨロヨロと立ち上がった。


「 お前達、アルベルト殿を部屋に案内してあげなさい 」

 ジャファルが笑いを堪えながら侍女達に告げた。


 侍女達がこっそりとじゃんけんをしているのを騎士レティは見た。

 勝った侍女が喜んでやって来た。



 案内する侍女の後ろをレティが歩き、レティの後ろを眠そうなアルベルトが付いて来ていた。


 何だか……

 可愛い。


 そして、そう思ったのは侍女も同様で。

 ここに……

 元婚約者VS肉食侍女の戦いが始まったのだった。



 案内された部屋に先に侍女が入って行く。


「 殿下、湯浴みのお支度を致します 」

「 ああ、頼む 」

 アルベルトは、侍女が服を脱がそうとしても平気だ。



 思い出した事がある。

 お兄様が……

 アルはまだパンツを侍女に履かせて貰っていると言っていた事を。


 今のボ~としたアルなら履かせて貰いそう。


 ヒィィィ~!!!



「 ここからはわたくしがやりますわ! 」

 胃がヒリヒリとしたレティは、侍女から上着をひったくり、侍女をアルベルトの側から向こうに押しやった。


「 わたくしはジャファル殿下から申し付かりました 」

「 それは部屋に案内をしなさいと言っただけですわよ 」


 侍女は主君の命令を正確にお聞きしないと、主君が恥ずかしい思いを致しますわ。

 ホホホと手で口を押さえて笑う。


「 リティエラ様は、もう婚約者では無いじゃありませんか? 」

 ボンキュッボンの侍女はそう言ってデカイ胸を突き出して来た。


「 婚約者ではありませんが、わたくしは殿下の臣下でございますから、どうぞお気遣いの無き様 」

 早く出て行けとばかりにレティはドアの方を指差した。



 2人が言い争っている間に、アルベルトは浴室に行き服を脱ぎ出した。

 睡魔に襲われているアルベルトは、さっさと風呂に入り、一刻も早くベッドに横になりたかった。


 開いたサニタリー室のドアから、シャツを脱いだアルベルトの逞しい胸が見えると侍女の目が血走った。

 ごくりと生唾を飲み込んで。



 獲物を狙う目だ!?


 レティは侍女の腕をむんずと掴み、ドアまで引き摺って行った。

 

「 キャー!! 何をするのよ!? 」

「 案内ご苦労様!! 」

 ドアをバタンと閉めて、レティは肉食侍女を部屋から叩き出した。


 レティの身体は侍女よりも小さくて細いが……

 騎士としての訓練がこんな所でも役立った。


 パンパンパンと手を叩いて主君を守ったわとフンムと鼻から息を吐いて。

 ドアの外で警備をしている騎士が驚いていて……

 何やら声がするがスルーだ。



 しかし……

 ザーザーと浴室から聞こえて来るシャワーの音が、レティを騎士から元婚約者の立場に戻した。


 慌ててサニタリー室のドアを閉めた。


 何時もは、ちゃんと寝間着を着てきたアルの髪を拭いてあげるだけだったけれども……


「 結婚したら、身体を隅々まで拭いてね 」

 ……と、いやらしい事を言っていたアルベルトだったが。



 今のアルはどうなの?

 スッポンポンで出て来てたら?

 私は……

 婚約者じゃ無いのに。


 モンモンとしていたレティだったが……

 アルベルトはちゃんと用意されていた寝間着を着用してサニタリーから出て来た。

 髪はまだ拭ききれていなかったが。



 先ずはホッとしたが……

 この後をどうしようかと思っていると、アルベルトはそのままベッドに倒れ込んだ。


 もう……

 完全にエネルギーが無くなった様で。


 ラウルからは、話をしろと言われていたが……

 話をしなくて済んだ事にレティは安堵した。

 きっと堂々巡りの話にしかならないのだから。



 スヤスヤと規則正しい寝息が聞こえる。

 この横でずっと抱き締められて寝ていた事が嘘の様で。


 寝顔もやっぱり美しくて。


 この時……

 アルベルトの熟睡している姿をレティは初めて見た。

 1年の殆どを一緒に寝ていたと言うのに。


 それだけ自分の事を心配して……

 ずっと抱き締めていてくれたのだと思うと、胸が熱くなった。



 それでも……

 この皇子様はアルでは無いのだ。


 私のを知ってるアルでは無い。



 お兄様の言う事は最もよ。

 私のループを知らないのだから当然だわ。


 ループが終わっても……

 そのループを知らないアルベルトと、1からやり直す事はレティにはもう無理だった。



 レティには……

 独りで秘密を抱えて過ごして来た15年ものループをしていた時間があった。


 この誰にも言えない孤独な秘密を、誰かに打ち明ける事がやっと出来たのだ。


 その人は……

 ずっと恋慕って来た皇太子殿下だった。


 アルベルトがレティのループの話を信じてくれたからこそ、ここまで頑張れた事をレティは承知している。



 レティはアルベルトの美しい寝顔を見ながら呟いた。


「 アル……大好きよ。世界中の誰よりも。だけど……もう……疲れちゃたの 」



 レティは自分の3度の人生での経験と、4度目の人生である今生に培ったその全てを出して、必ず20歳の時に起こる災いと戦って来た。


 アルベルトはあれだけの愛で支えてくれて……

 自分の言う事を信じて動いてくれた。



 記憶を失ったアルベルトを見て、これが4度目の死だと思った。

 プッツリと糸が切れてしまったかの様に。



 側妃云々だけの話だけでは無かった。

 レティにはもっと深い深い想いがあったのだった。



 そう言えば……

 アルの23歳の誕生日を祝う事は無かったわね。


 アルベルトの誕生日は4月の初め。

 まさにあの日。

 記憶が失ったその日だった。


 私の21歳の誕生日も……

 一緒には祝う事は出来なくなっちゃった。



 レティは……

 指にはめていた想い出の……


 をそっと外した。













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