第257話 女官─特別

 


「良いのですか? グレイをリティエラ様に付けて…… 」

「 仕方無いだろ? グレイが一番強くてレティを守るには相応しい騎士だ……あれは信頼に足る男だ! 」


 ああ……だけど……

 2人が一緒にいる所を想像するだけでやっぱり胸がキリキリ痛むんだ……

 壁に頭を付けて辛そうに言うアルベルトを横目で見ながらクラウドはレティの事を思った。



「 リティエラ様を怒らせてしまいましたね? 」

「 なあ?……言ってしまった言葉を無かった事に出来る方法って無いのか? 」

「 そんなものあるわけないでしょ? 」

 クラウドは呆れた顔をしてナイナイと手をパタパタと振った。


「 平民の為には王女さえ戒めたリティエラ様が、ジルを差別するとは思いませんがね 」

「 分かっているよ! 」

「 だったら何故あんな事を言ったのですか? それも悪そうな顔をしながら…… 」

「 茶番だと言われてつい……それに…… 」



 実は……とアルベルトは2人の時に話した事をクラウドに言う。


「 レティが俺達がジルを特別扱いしてると言ったんだ。だから彼女は何時も1人でいる……みたいな…… 」

「 それで殿下は何と答えたのですか? 」

「 学生のレティには仕事の事なんか分からないくせに、口出しするな……みたいな事を……優しく……いや、イライラして…… 」


 あああ……

 なんて酷い事を言ったんだ……

 アルベルトは頭を抱えてしゃがみ込んだ。



 この皇子様がそんな事を……


 クラウドは信じられない思いだった。

 小さい頃から感情のままに失言するなど無い皇子だった。

 相手を不快にさせる言葉を……特に女性に向かって言える皇子では無いのだ。


 リティエラ様と言う女性の出現で、嫉妬と言う醜い感情をどうしたら良いのかを分からずに苦しんでおられる。


 殿下は彼女に甘えておられるのだろう……


 本格的に公務を始められ、数々のストレスを抱える事になるだろうと想像出来るこれからに、甘えられるお相手が殿下に出来た事は臣下としては何よりの事だと思った。


 その上、殿下相手でも真っ向から自分の意見を言える彼女を頼もしいとも……



「 殿下に人間らしい感情が芽生えて良かったです 」

「 失礼だな? 人間らしいってなんだよ! 」

 そんな事よりどうやったら無かった事に出来るか考えてくれとアルベルトは嘆いている。


「 ……で、結局はリティエラ様が仰った事が気になって、ジルをリティエラ様にお付けになったのですね? 」

「 そうだよ…… 」

 傷付いたよな……ああああ……またアルベルトは頭を抱えた。



「 あっ!そうそう……病院に出発する時にリティエラ様が、殿下に有り難うございますと伝えて下さいって仰ってましたよ 」

 あんな酷い事を言われたのに……とクラウドがしつこく言う。


「 えっ!? レティが? そんな事を…… 」

「 はい、そんなお可愛らしいリティエラ様に酷い事を仰ったのですから……しっかりと馬車の中で謝罪の言葉をお考えになって下さいよ、でないともう嫌われてしまいますから 」


「 ああ、一生懸命謝る言葉を考えるよ…… 」

 レティに嫌われたら死んでしまうと言いながら、出立の準備が出来たと知らせて来た侍従とクラウドを伴ってレストランの一室を出た。



 先頭の馬車にクラウド、侍従、女官の2人を乗せた。

 こうして皇太子殿下御一行様は二手に分かれて各々の目的に向かった。 





 ***





 馬車に揺られながら侍従と女官達が楽しげに話すのを見ながらクラウドは耽った。


 クラウドはジルを皇太子妃になったレティの側近にするつもりだった。

 ジルは平民である。

 平民である彼女だからこそレティの側近にしたく、彼女が文官養成所を修了すると直ぐに彼女を獲得した。



 皇太子妃の仕事として孤児院や教会の慰問がある。

 バザーを開いたり寄付する物を集めたり……全てが平民と対峙する仕事である。


 今は皇后陛下が担ってはいるが、彼女は他国から嫁いで来た王女なのである。

 なのでやはり平民との関わりが出来ない上に側近や女官達も貴族である事から、平民達を理解出来ずにかなり斜め上の事をしているのであった。


 そして皇后陛下側は、孤児院や教会の慰問の仕事を皇太子殿下の婚約者に押し付けようとクラウドに打診して来ているのである。

 まだ体制が整って無いからと拒んではいるのだが……



 レティはシルフィード帝国の最高位の貴族令嬢にも関わらず、平民とも何の違和感も無くすんなり打ち解けているその人となりは、期待できるものであった。


 そんな彼女の皇太子妃に平民であるジルを側に置いたら……

 

 何かが変わる事を期待し、自分の横にジルを置いて側近の仕事を1から教え、レティが皇太子妃になれば直ぐに機能する様にと育てていたのである。



 そう、クラウドにとってはジルは皇太子殿下の女官では無いと言う認識だった。


 自分の側にいると言う事は、皇太子殿下の側にいると言う事になり、いつの間にか特別な女官と言う意識がジルに芽生えていた事に、今回の旅でクラウドは気が付いたのだった。



 殿下はジルが平民だと言う事に庇護欲を掻き立てられている様だった。

 それはきっと平民を重んじるリティエラ様の影響で、自分も平民を守らなきゃならないと思ったのであろう。



 クラウドは頭を抱えた。

 ここに女官長が居ないのが痛かった。

 まだ、側近になって間もないクラウドには女性達の扱い方が分からないのだ。

 彼もまた、試行錯誤をしながら皇太子殿下の側近の仕事をしているのであった。



 ジルを自分の横に置く事で、殿下とリティエラ様の関係が悪くなるのはそれこそ本末転倒である。



 今回殿下がジルをリティエラ様に使わした事が吉と出れば良いのだが……


 この視察の旅で彼女が変わらないなら……アウトだな……





 ***





 馬車は鉱山の採掘場に到着した。

 ボルボン伯爵が秘書達や女性達と共に皇太子殿下を出迎える。


「 殿下! ようこそ我が領地へ、殿下の領地への視察が我が領地からだと聞いて、誠に光栄の極みでございます 」


「 出迎えご苦労 」

「 それでは時間も無いので採掘場を案内して下さいますか?」

 クラウドが先を急がす。


 一行はぞろぞろと採掘場の中に入っていく。

 案内され、説明を受けた限りでは何ら問題は無く、ボルボン伯爵は晩餐会の話をしきりにし続けている。


「 ところで殿下、これは私の娘達でございますが……どうですかな? 」

「 こんな場所では似つかわしくない令嬢がいるなと思っていたのですが、ボルボン伯爵のご令嬢でしたか…… 」


 ほら、お前達殿下にご挨拶をしなさいとボルボン伯爵が彼女達の背中を押して、アルベルトの前に出す。


 令嬢達は殿下を前にすると、先程までの赤い顔を更に真っ赤にしてドレスの裾を持ち挨拶をする。

 皇子様は皇子様の微笑みを令嬢達に向けると彼女達は更に赤くなった。


 リティエラ様に接する殿下を見ていれば、この笑顔が完全に作り物だと分かる様になったとクラウドは苦笑いをした。



 アルベルトの笑顔に気を良くしたボルボン伯爵が

「 採掘場はここまでですので、次の穀物収穫倉庫もさっさと済ませて、我が屋敷でおくつろぎ願いたいですなあ 」

 他にも殿下好みの美女達を沢山用意してますからと豪語していた。




 そう……

 レティの茶番発言が無かったら……

 すんなり視察はここで終わったのだろう。


 アルベルトは採掘場の壁に並んでる鉱夫が気になっていた。

 ぽっちゃりがいたり細身がいたりして、絶対に屈強な労働をしている様には見えないのである。


 アルベルトの視線に気が付いたボルボン伯爵は

「 どうです? うちの鉱夫は待遇が良いですからねぇ……お腹に肉まで付いているんですからな、ワハハハハ…… 」


 いや、どう見てもおかしいだろ?

 鉱夫が腹にポヨポヨの肉?


 周りを見回すと、荷物が置かれていて塞がれてるドアが目に入った。

「 あの部屋は? 」

「 あそこは物置小屋ですよ、今は使われていません 」

 焦った様に口ごもって言うボルボン伯爵を怪しむ。


 アルベルトは騎士を呼んで前に置いてある荷物を退かすと、ドアの取っ手をガチャガチャと回す……が、鍵が掛かっている。


「 今は使われておりませんから 」

 吹き出す汗を拭きまくっている。

 どうもボルボン伯爵の様子がおかしい。


「 わかった 」

 ボルボン伯爵はアルベルトの返事にホッとする顔をしたのをアルベルトは見逃さなかった。


 振り向き様にドアを長い足で蹴破った。

 バンバン……バタン……

「 殿下! 止めて下さい! そこは…… 」

 悲鳴をあげるボルボン伯爵達。

 令嬢達はブルブルと真っ青になり震えている。



 騎士達が蹴破って外れたドアを退けて小さな部屋の中に入って行く。


「 殿下! 中に人がいます! 」

「 何!? 」

「 それも……ああっ!……怪我人もいます 」

「 運び出せ! 」

 アルベルトの指示で騎士達が次々に中の人達を運び出した。



 1人で立てない者。

 怪我をしている者。

 ぐったりとしている者もいた。

 そして、その全員がガリガリに痩せていた。


「 これはどう言う事だ!? 言え! ボルボン!! 」

 アルベルトの澄んだ怒りの声が響く。


「 お前はわたしを欺こうとしたのか! 」

「 殿下がお帰りになったら病院に連れて行こうと匿っていたのです 」

 しどろもどろで言い訳をするボルボン伯爵達。

 令嬢達は泣き出していた。


「 後でじっくりと聞かせて貰おう! 先ずはこの者達を病院へ連れて行く事を優先にする! 」

「 御意 」


 騎士達が外に停めてあったボルボン家の馬車に次々と乗せた。

 14人いた彼等の状態は酷いものだった。

 2台の馬車に乗せる。


 アルベルトが馬車に近付いて彼等を励ます。

「 少し狭いけど頑張ってくれ! 病院には優秀な医者がいる。彼女が手当てしてくれるだろう 」


 辛うじて座れている男が涙ながらに頭を何度も下げた。

「 有り難うございます……殿下、有り難うございます 」



 アルベルトは馬車を見送る。


 レティ……後は頼む……



 アルベルトは次の視察である穀物収穫倉庫へ向かう。

 必ず不正を暴いてやる……






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