第240話 彼女の喜ぶ顔─3

 


 騎士クラブの弓矢の導入は、アルベルトのごり押しで実現されたと言うわけでは無かった。


 実際、国境警備隊から弓兵の増員を希望する要望書が以前から届いていた。


 国境付近には時折魔獣が出現する。

 最近は少しずつ魔獣が増えて来ており、対魔獣戦では接近戦が危険である事から弓兵が重要だと言う事になったのである。


 騎士団に入団したければ学園を卒業してから、騎士養成所に1年間行かなければならない。

 今、エドガーが騎士養成所の寮に入所している。


 ジラルド学園の騎士クラブは将来の騎士団へ入団する前段階の様なものであるので騎士クラブに入部して無い生徒が騎士養成所に行くことは先ず無い。

 まあ、早い話、早い段階から剣だけでなく弓矢も精通させようと言う騎士団の上層部の考えがあった。


 因みに既にシルフィード帝国には銃らしきものも普及していたが、この時の銃は魔道具で作られている飾り物程度の物で、威力はあまりなく式典のみで使われているのであった。




 今日の騎士クラブは、弓矢の導入が伝えられてから初の練習日である。

 騎士団の都合上弓矢の指導は週に1度だけで、基礎訓練と剣の訓練が出来ている2、3年生が教えて貰える事になっていた。


 週に2日しか騎士クラブに行けないレティは、丁度レティが行く日に弓矢の練習日なのが嬉しかった。

 勿論アルベルトがレティに合わせてこの曜日に調整したのであるが……


 殿下には感謝してもしきれないわ……

 レティの喜びはアルベルトのほっぺに何度チューしてもしきれない位だった。

 1回しかしてないけど……



 部員全員で整列して緊張しながら待っていると……

 騎士服姿で現れたのはグレイだった。



 うそ……

 グレイ班長が指導してくれるの?

 レティは驚きのあまりにあんぐりと空いた口に手を当てていた。


 何と言う事であろうか……

 3度目の人生で騎士になったレティに弓を教えたのはグレイだった。

 そのグレイにまた教わるのである。

 うわ~っ……嬉しい……




 レティは喜びと共に複雑な感覚にとらわれていた。

 何か……妙な感じだわ……

 レティはここ最近凄く悩んでいた。


 過去、3度のどの人生も違うものを目指していた為に、自分に影響を与えた人が被る事は殆んど無かった。


 しかし……

 過去に目指した医師や騎士である自分に関わった人達が、4度目の人生では直ぐ近くにいるのである。


 医師としての知識はユーリから教わったもので、騎士としての技術はグレイから教わったものであった。


 体力の無いレティに効率の良い特別メニューの訓練の仕方を発案したのは3度目の人生では3年後のグレイなのに、昨年レティは騎士クラブで部長のエドガーにこの特別メニューを教えた。

 今では3年後にグレイが発案した特別メニューを当たり前の様に部活でやっているのである。


 医師としても……

 2度目の人生では4年後の知識を今伝授して良いのだろうか?



 私は……

 何かとんでもない事をしているのでは?





「 リティエラ様……?」

 グレイに声を掛けられてビクッとして思わずグレイを見つめた……

 2人には確かに熱い絆があった時間がある。

 それはレティだけが知ってる時間……


 あっ!いけない……

 慌てて目を反らす。

「 ここでは生徒ですので、様はおかしいですわドゥルグ先生(・・) 」

 レティがニコッと笑うとグレイは少し顔が赤くなる。


「 では、次はリティエラ君、弓を射って下さい 」

「 はい 」


 

 レティは弓を構えた。

 綺麗な立ち姿に皆が見惚れ、放った矢は見事に的の中心に的中した。


 そして……

 当然ながら、いきなり的中したもんだから周りはざわめいた。


「 凄いな……君は……誰から弓を習ったんだい? 」


 貴方からです……

 全ては貴方から習ったのよ。

 弓矢の面白さを教えてくれたのも貴方……

 お陰で掌が裂けるまで練習したわ。

 血で滲んだ掌にグレイ班長が包帯を巻いてくれたっけ……



 ふと掌を見ると……手袋をしていた。

 それは虎の穴の全てを吸収するローブと同じ布で作ったアルベルトから貰った魔道具の手袋であった。


 昨年、剣術の訓練が始まると、レティの掌が肉刺(まめ)だらけになったら大変だからと嵌めてくれたのだった。

 レティはその手袋にそっとキスをした。



「 領地にいた頃に知り合いから習いました 」

 レティはそう言って誤魔化した。



 レティがいきなり的中出来たのは、公爵邸の庭に的を作り日々弓矢の訓練をしていたからであった。


 公爵邸の庭には薬草が植えられ、薬を作る小屋があり、その上に弓矢の訓練をする場所までレティに作り替えられていたのである。

 そのうちに薬草の温室ハウスも作る予定のある公爵邸の庭はレティのやりたい放題であった。




 皆が弓矢の訓練をしている………

 特に、レティと同期の31名の弓兵(予定)が弓を射る姿は感無量だった。


 やっと……

 レティの計画が一歩前に進めたのである。


 流石に剣の訓練をしてきただけの事はあり、皆の姿勢の良さでケインやノアも筋が良かった。

 あら?

 あのデカイ子は……あれは馬には乗れないわね……


 そう……

 レティの最終目標は弓騎兵誕生である。

 馬に乗りながら弓を射るなんて事はまだまだ先の事であった。





 ***





「 それで……グレイが騎士クラブに行った時に……レティはどんな顔をしていた? 」


「 騎士の話では、嬉しそうな顔をしていたそうですよ 」

 アルベルトは執務室でクラウドから報告を受けていた。


「 そうか……嬉しそうな顔をしたのか…… 」

 耳が垂れ下がり仔犬みたいにしゅんとした。


「リティエラ様は初めて弓を射たのに……とても綺麗な姿勢で……見事に的中されて大騒ぎだったとか…… 」

 アルベルトは武器屋で見たレティの弓を射ようとする構えを思い浮かべた。


「 はあ……見たかったな……それでグレイはどんな風にレティを見てたんだ? 」

「 優しく……目を細めて綺麗なフォームだと驚いていたみたいです、後…… 」

「 後? 」

「 誰から弓を習ったのかとリティエラ様に聞いていたとか…… 」


 やっぱりグレイから習ったんじゃ無かったんだな……

 分かってはいたもののちょっとホッとするアルベルトだった。


「 そんなに気になるならご自分で見に行けば宜しかったのに…… 」

「 いやだ! グレイを見て嬉しそうな顔をしてるレティなんか絶対に見たくない! 」

 アルベルトは頭に手をやり嫌だ嫌だと頭を振っている。



 やれやれ……


「 リティエラ様は殿下をお好きでしょ? 」

「 そうだよ、レティは俺を好きなんだって…… 」

 急にデレた顔になる。


「 誕生日のプレゼントも貰ったんでしょ? 」

「 そう……あのカツラで変装をして俺とデートしたいんだって……なっ? 可愛いだろう? 」

 レティは俺を好きすぎる……

 まあ、俺の方が好きの気持ちは負けないけどね。

 ……とデレデレな顔をしている。



 クラウドはレティからの殿下への誕生日プレゼントがカツラだと聞いてかなり驚いた。

 毎年、殿下への誕生日のプレゼントは妙な物がある。

 下着とか枕とか……即、棄ててしまう気持ちの悪いプレゼントがある中で、カツラは初めてだった。

 それも……

 婚約者からである。



 だから……

 そんなに想いあっていると言う自信があるのに……

 何故殿下はグレイを気にするのかがクラウドには謎だった。





 

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