第53話 直接対決

「ああ、美味い……味がある……」

「久しぶりの野菜が体に染みるわ」

「玉ねぎがこんなに美味しかったなんてぇ♡」


 魔王城の食堂に通された俺達はやたら広いテーブルでオニオングラタンスープをごちそうになった。本当に、体に染み入る旨さだった。この2ヶ月ほど、調味料の無い生活をしていた俺達にはそれだけで十分だった。


「で、聞くまでもない気もするけどお前らは何者なの?」


「一撃絶……四天王筆頭のカルナ=カルアだ」


 カルアミルクが長い名乗りをしようとしたので俺が右手をかざすと、奴は怯えたような表情を見せながら手短に自己紹介をした。


「同じく四天王のサメ魔法の使い手アサイ・ラムなのだ!」


 右手を挙げて元気いっぱいに答えるラムちゃん。カルアミルク以外の四天王見るのって初めてな気がするな。


「あたしはペカ♡ ホリムランドの勇者よ♡」

「私はエイヤレーレ・フーリエン。知っていると思うがホリムランドの女王だ」

「俺はケンジ」

「ここへ赴いたのは他でもない。実は……」

「ちょちょちょちょ、待って待って!」


 エイヤレーレが本題を進めようとしたのをカルアミルクが止めた。本当テンポ悪いなこの男。こいつ燃やした方が話がスムーズに進む気がする。


「……え? ケンジはなんなん? どこの子なん? なに当たり前みたいな感じで雑な自己紹介してんの?」


「……どこの子?」


 何を言ってるのか分からない。何が言いたいんだ、この男は。


「ケンジは、この世界を救ってもらうよう、私が神に嘆願して遣わしてもらった神の使徒だが?」


「神の使徒……? 前回見た、あの小さい子、女神の使徒ってこと?」


「いや、ヤクザ」


「ヤクザ?」


 カルアミルクが頭を抱えて考え込む。何を悩んでいるんだろうか。


「ごめん、全っ然分からん。なんで毎回俺を殺しに来るん?」


「別にお前を殺しには来てない」


「来てるやん!?」


 段々面倒臭くなってきた。別にお前に出会ったことのある人間はみんなお前に出会うために生まれてきたわけじゃないんだぞ。俺がわざわざお前如きを殺すために異世界転移を繰り返してるとでも思ってるのか。


「お前が何を聞きたいのか全く分からないんだけど? お前が何か俺の事について気にするような要素ある? 逆に俺は全くお前に興味ないんだけど」


 カルアミルクは固まって、信じられない物を見るような目でこっちを凝視している。なんか情緒不安定だなコイツ。男のメンヘラなんて害悪でしかない。『理解ある彼くん』は存在しても『理解ある彼女ちゃん』なんてものは存在しないんだぞ。


「うそやろ……?」


 だから何がだよ。イライラする。やっぱり燃やしておけばよかった。でもスープは美味しかったしな。オニオングラタンスープに免じて今回だけは見逃してやろう。


「毎回毎っ回さあ! 俺の人生の最期に現れては手の込んだ方法で敵対して殺しやがって……前回なんかセーフかと思ったら時間差で別の意味で炎上させやがって! 社会的に死んだよ俺の人生!」


 つまり何が言いたいの。


「ラムもカルナ=カルアが何を言いたいのかさっぱり分からないのだ」


 ほら見ろ。仲間から見ても何言ってるか分からないじゃねぇか。


「あのな、俺は毎回毎回転生するたびにその先の世界でこいつに殺されててだな……」


「転生? 毎回殺される? 訳の分からんことを言わんでほしいのだ」


「カルナ=カルアさん」


 事態を静観していたエイヤレーレが口を開いた。


「非常に言いにくいことではありますが、転生がどうだとか生まれ変わりだとか、全てあなたの妄想で、実在しない記憶なのでは? あなたもしかして、統合失調症なのでは?」


 ショックのあまり崩れ落ちて椅子から床に倒れ込んだカルアミルクを無視して話を進めることにした。


「で、長いこと人間と魔族は敵対してたって聞くけど和解できないかと思って今回女王が直接話に来たわけ、ってことなんだけどさ。魔王は? もうめんどくさいからここに連れてきてよ」


 俺がそう話しかけたが、しかしラムは俯いて何やら難しい表情をしている。俺の言い分としてはかなり不躾ではあると思うものの、しかしこっちだってトップが出てきてるんだ。魔族側にもそれなりの姿勢を見せて欲しい。


「なんか問題でもあるのか? そんなもじもじしてないで言ってみてくれよ」


 そこまで言うとようやくラムはゆっくりと口を開いた。


「魔王様は……病気なのだ。多分、和解は、できないのだ……」


 病気だから和解ができない。正直言ってラムの言っていることは要領を得なくて意味が解らなかった。病気だから和解ができない? どういうことだろう。病気の治療に人間の新鮮な肉が必要、とか? ファンタジーじゃあるまいし。


「ま、まて……ラム……」


 よろよろと上体を起こし、テーブルに手をかけてカルアミルクが立ち上がる。まだ生きてたのかコイツ。しぶとい奴だな。


「俺が……陛下をここに連れてこよう。ケンジも言葉で聞くよりも実際見てもらった方が早いだろう」


 まだラムはぶつぶつと言っていたが、しかしそれを無視してカルナ=カルアは食堂から出て行った。


「ラムちゃん、聞きたいことあるんだけどさ、魔族って人間の動向を探るためにスパイを放ったりしてる?」


「ラムはしてないのだ。森に入ってきた人間を狩るだけなのだ」


 もちろんこれだけで断定することは出来ないが、やっぱりエイヤレーレが言ってる監視されてるだとかスパイを紛れ込ませてるだとか言うのは妄想の可能性が高そうだ。

 そんな問答を続けているとカルアミルクが一人の中年男性を連れてきた。


 足取りはしっかりしているものの、やせこけた頬に落ちくぼんだ瞳は一目で健康ではないと分かる。黒く長い髪の間からは見事な一対の角が生えており、頭の上部から生えてバーバリーシープのように後ろ側に広がって伸びている。


「陛下、こちらへどうぞ」


 魔王はエイヤレーレに正対する位置に座る。これ、もしかして歴史的な会談なのでは?


「人間と……和睦だと……?」


 眉間に皺を寄せる魔王。もう嫌な予感しかしない。とてもじゃないが友好的な表情じゃない。一体この魔王と人間の間にどんな確執があったのだろうか。


「この魔王城に多くの密偵を放って儂を監視し、集団ストーカーを行って追い詰めておいて、よくそんなことが言えるな!!」


 なんだと。


 カルアミルクが、中腰で静かに俺に近づいてきて、耳元で囁いた。


「陛下は、統合失調症だ」


 なんだと。

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