第45話女王エイヤレーレ

「その方が、か……」


 若干かすれたようなハスキーボイス。だがセクシーかと言われると……どちらかというと病的な感じだ。


 この世界で最大の王国、ホリムランド。その国の元首、女王エイヤレーレ。


 腰よりも伸びた若干ウェーブのかかった長い黒髪に痩せた体形、落ちくぼんだ瞳と目の下のクマがより一層病的なイメージを植え付けて来る。


 玉座に横向きに座り、この国の権威の象徴である黄金の錫杖にすがる様に抱きついて、顔だけをこちらに向けている。二十代後半くらいだろうか。三白眼ながら非常に美しい顔立ちをしているんだけど、とにかく病的だ。


「ペカから話は聞いてると思うが……」


 聞いてません。


「今、わがホリムランドは魔族からの攻撃を受けておる」


 まただ。詳細が分からない。魔族が攻撃してくるったって、絶対になんか理由があるはずなんだよな。戦争なんかしたら魔族側もダメージがあるんだから。


「その……」


 なんか言いづらい。やっさんとは別の方向でこの女王、怖い。


「魔族はどういった理由で、こちらに攻撃を仕掛けてきてるんですか? 魔族にも何かしら理由はあるんでしょう?」


 俺が陛下にそう尋ねた瞬間、俺の横に控えていたペカが「あちゃ~」という感じで顔を覆った。なんかまずかったか。まさかいきなり切り捨てられたりはしないよな。


 と思いきや、女王の顔がぱぁっと明るくなり、錫杖を投げ捨てて俺の方に駆け寄ってきて、俺の両肩をがしっと掴んだ。細いくせになんて力だ。


「聞いてくれるか勇者よ! ようやく理解者に巡り合えるなんて!」


 なんだこれ。急に人相が変わったぞ。笑顔は可愛いがあまりの豹変ぶりに俺が驚いていると、ペカが小さい声で「始まったよ……」と呟いた。


「いいか、よく聞いてくれ勇者よ。魔王は我が国に代々伝わる、世界を統べる聖剣、エメラルドソードを狙っておる……」


 エイヤレーレは俺の肩に腕をまわして俺を引っ張っていく。何この距離の近さ。彼女はそのまま俺をぐいぐいと引っ張って行って玉座に座らせると、一緒になって玉座に座った。


 つまり一人掛けの玉座に二人で座ってる形だ。いかに玉座と言えど二人座ればさすがに狭い。というかなんなのこれ? 家臣の方々も見てるんですけど? イヤもちろん見てなければいいってわけじゃないけれども。


「それでな、聖剣のありかを知るために人間側に多くの密偵を放ってきておるのだ!」


 俺はその話を聞いて昨日の大衆食堂でのことを思い出した。


「そう言えば昨日、城壁近くの食堂で魔族の気配を感じましたが……」


 それを聞いた瞬間エイヤレーレは顔を真っ赤にして瞳に涙を浮かべて笑顔になった。起伏が激しいな、この女。


 彼女は俺にぎゅうっと抱きついてきた。いいのか!? これいいのか!?


「ああ! ようやく分かってくれる者が!! いいか? お主の言うとおりこの王都は既に魔族の手先が跳梁跋扈しておる」


 近い。凄く近い。鼻先が触れ合うくらいの距離でエイヤレーレは話してくる。近すぎて目の焦点が合わない。彼女は声を小さくして話しかけてきた。


「いいか。この城内の者も信用できん。魔族が化けておるやもしれん。私は、宰相のアグンが怪しいと思っておる」


 宰相……玉座のすぐ横にいるおっさんだよな……っていうか今も近くにいるから小声でも聞こえてると思うけど。


「……サーチ」


 小声で索敵をする。しかし赤い光なんてどこにもない。周りは全部青い光だ……彼女の妄想か……エイヤレーレはまだ話を続けていた。


「そもそもあの聖剣は先代王の、父であるバクスと、母、イクアールが出会ったことから始まる。母は世界の監視者として天界より遣わされた人物であったが、父と恋に落ちたことにより……」


 世界の監視者? 天界?


「父は元々冒険者だった。邪神シグサゲアルを倒すために冒険を……あ、邪神の話は知っていたかな?」


「いや、知らないス」


 ていうか邪神? シグサゲアルって善神じゃなかった? 冒険者から王に? なんか話がおかしくないか?


「邪神は異世界よりの使者、バヌアールが契約したことによりこの世界に受肉したのじゃ。だがその前にバヌアールの事について話せばなるまい。バヌアールは元々このフーリエン王家の人間が異世界に転移した時にその先の世界で運命的な出会いを果たしたことにより力を得たのじゃ。バヌアールの母は、その世界の魔族の子孫として差別を受けており……」


「ちょ、ちょっと待って待って! その話長くなる!? 今全体の何分の一くらい話し終わったの?」


「だいたい三十分の一くらいじゃな」


 マジか……ちょっとヤバい気がする。この女王相当アレだぞ。何とかして話を切り上げた方がよさそうだ。


「あの~……ですね、陛下」

「エイヤレーレと呼んでおくれ」

「ああ……エイヤレーレ……」


 何か知らんが、なつかれてしまった。周りの視線が痛い。そりゃそうだ。この国の女王と一つの玉座の上に座ってイチャイチャしてるところを家臣全員が見てるんだから。


「あのですね。今はですね、その……家臣の方々も自分の仕事を止めて立ち会っているわけですしね? あの、話が長くなりそうなんで、そのぉ……また別の機会にお話を聞こうかなぁ? なんて……ハハ」


「そうか。ではすぐに私の私室に行って二人っきりで話そう!」


 マジかこの女。


「いやあの、エイヤレーレ? 女王としての仕事がありますよね? その、僕一人に時間を浪費するのもアレですし、またの機会に……」


「なぁに、仕事なんか宰相のアグンに任せておけばよい。あやつは信用できる」


 嘘つけさっきは怪しいとか言ってたじゃねーか。コイツ言ってることが支離滅裂だぞ。


「えっと、こんなどこの馬の骨とも分からない男と二人っきりてのもアレだしね!? 年頃の男女だし! だ、誰か護衛を! 女王が護衛もなしで男と二人っきりはダメですから!」


 嘘だ。護衛が必要なのは俺の方だ。この女と二人っきりなんて絶対嫌だ。怖い。


「よし、じゃあペカ、来い!」


「チッ」


 舌打ちをして露骨に嫌そうな表情をペカは見せた。というか、こんなメスガキ一匹護衛になんていてもいなくても同じようなもんだろ。


 そう思いながらも俺はエイヤレーレに引きずられていった。

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