第22話 悪夢

 残酷というものは、日常のどこにでも潜んでいて


 何の前触れもなく突如としてその顔をのぞかせるのだ



 小鳥のさえずりに俺は目を覚ました。


「夢か……」


 柔らかな朝日が窓からレースのカーテン越しにその慈愛の微笑みをのぞかせる。俺はゆっくりと上半身を起こして目をこすった。


「夢を見ていらしたんですか」


高く澄んだ、女性の美しい声。


「ああ……恐ろしい、夢だった」


 俺は自分の体を抱きしめるように腕を抱え、身震いする。


「異世界に召喚されたと思ったら、王様と王妃様が全裸で便器に座ってて……話してる最中に……うんこを……ッ!!」


「それは現実です」


「うわあああぁぁ!!」


 俺は思わずのけ反ってベッドの上で尻ついたまま後ずさりをする。俺が話していた相手は、あの玉座の間に座していた少女、おそらくコ・シュー王国の姫と思しき人物だった。


 そして夢ではなかったのだ。


 あの、人と話してる最中にいきなり脱糞キメる中年男女は。

夢だったらどんなによかったか。いや、もし夢だったとしたら絶対にまともな精神状態じゃない。夢でも夢じゃなかったとしてもどちらにしろダメだ。


「私はこのコ・シュー国国王、ロローの一人娘ワンデルカと申します」


 ワンデルカ……凄く大きいうんこしそうな名前だ。


「先日は父と母が失礼を働き、申し訳ありませんでした」


 そうだな。あんな失礼されたの生まれて初めてだよ。


 俺は済まなさそうに頭を下げるワンデルカに顔を上げるように言った。よかった。どうやらこの子は両親と違ってまともなようだ。顔を上げても彼女は不安そうな表情でこちらの様子を窺っている。


 ワンデルカはプラチナブロンドの髪に、エルフのように美しい、まだあどけなささえ感じさせる可愛らしい顔をしている。水色の、王女にしてはおとなしめな装飾のドレスに、申し訳程度の控えめなティアラ。年の頃は16歳くらいといったところだろうか。


 そして、おっぱいはとても大きい。


 こんな可愛らしい子に申し訳なさそうな顔をさせるあの文字通りクソ両親に腹が立ってきた。


「驚かれたかもしれませんが、別に私の両親の頭がおかしいわけではないのです。あれは、この国に伝わる風習のせいなのです」


「風習? 人前で話しながらうんこする風習とか相当なんだけど?」


 ワンデルカは、窓の外を見ながら……まだレースのカーテンがかかってるので風景は見えないが、遠い目で話を続けた。なんて美しく整った横顔なんだろう。


「父上の態度……どう思われましたか?」


 傲岸不遜の一言だ。


「王とは、言うまでもなくこの国に比肩する物なく、最も高貴な存在です」


 その高貴な存在が全裸でうんこしたんだが?


「つまり、王はこの地にある森羅万象あらゆるものに対し礼儀を尽くす必要がないのです。そして、客人に対し、最も礼を尽くさぬ瞬間というものが何なのか……分かりますか?」


 まさか。


「全裸でうんこです」


 そうなるか。


「王なればこそ、その無礼が許される。王だけが許される。あれが、このコ・シュー王国の謁見スタイルなのです」


 早急に見直した方がいいぞ、そのスタイル。だがまてよ、ということは……


「この世界の……他の国ではあんな奇習はないってことか?」


 勝機見つけたり。


「ま、待ってください! 他の国に行ったりしないで下さい! 私を見捨てないで!!」


 ワンデルカがベッドに身を乗り出し、俺の胸にしがみつくように懇願してくる。それにしてもおっぱいが大きい。


「お、落ち着いてワンデルカ、見捨てないでとは?」


 俺はワンデルカをベッドから降ろして落ち着かせる。


「私は、この文化を変えたいんです! それにはこの国の風習の埒外にある勇者様と結婚する必要があるんです!」


 なんだと。つまり、魔王を倒した報酬として、王女との婚姻を王に要求するということか? しかしそんな願いがあの尊大な男に聞き入れられるのか?


「このことは父上も承知しています。陛下も、この風習を変えたいとは思っているのです。謁見の予定があるたびにグァバの実の種を大食いしてお腹を緩くするのも大変ですし……」


 そんな努力までしてうんこしてたのか。糞親父も大変なんだな。


 つまりは。別にあの変態糞夫婦は何も好きであんなことをしてたってわけじゃないのか。王としての威厳を保つため、この体制を維持するため、仕方なく全裸でうんこを……イマイチ納得いかないが。


「ですが……やはり何か転換点となるものがないと急にはやめられないのです。何の理由もなくうんこをやめれば、『王の権威が落ちた』と舐められてしまいます」


 確かに。俺ならうんこしてるやつを舐めようとは思わない。汚いし。


 っていうかそんな不遜な態度だったら家来に見限られたりしないの? 信長だって最後は本能寺で焼き討ちされちゃったわけだし。まあ、信長は人前で全裸でうんこなんかしなかったと思うけど。


 だが実際あの異常事態に気圧されたのも事実だ。実を言うと王と王妃のうんこ嘆願をされたあと、俺は完全に空気に飲まれて二つ返事で魔王の討伐を請け負ってしまった。有無を言わさぬ雰囲気だったのだ。あれほどのインパクトはない。


「実は今年の初め私に婚約の話が上がりました。相手は隣国ヤルセルサ王国の王子の一人です」


 その王子と結婚してそれを機に奇習をやめるんじゃだめだったのか。


「結局その婚約話は流れてしまいました。私の覚悟が足りなかったばっかりに……」


 婚約が流れた? なぜだ?


「コ・シューの風習では、王族は殿方からのプロポーズを受けるとき、嫁入りなら別なのですが、婿入りの場合はこちらに合わせた受け入れ方をしなければならないのです。婚姻後の上下関係をはっきりさせるために……」


 まさか。


「プロポーズの返事を、全裸でうんこしながら答えるのです」


 ホントいい加減にしろよこの異世界。どこの誰だ『面白みがない』とかほざいたポンコツは。


『だってつまんないんですもん。世界としてはどこにでもある感じの絶対王政の中世世界で。まあ、一部の国にある奇習なんてどの世界にもありますからね』


 奇習のレベルがさ……まあいいや。


「私もプロポーズの場に全裸で臨みました」

「マジでッ!? あ、いや、続けて」


 思わず声が大きくなって前のめりになってしまった。くっそ、おにんにんがむくむくしてきたぞ。


「凄く……恥ずかしくて……うっ……」


 ワンデルカは椅子に座ったままその時の事を思い出してか、泣き出してしまった。無理もない。花も恥じらう乙女が人前に全裸で出るなんて、耐えられるはずがないんだ。ましてや人前でうんこするなんて。


「ひっく……緊張して……うんこが……えぅっ……」


 嗚咽をあげながら涙を流し、『うんこ』と呟く王女。何なんだこの状況。


「ああああ! うんこが! うんこが出なかったんです!!」


 とうとう椅子に座ったまま泣き崩れてしまった。


 俺は、ベッドをおりて、優しく彼女を抱きしめ、頭を撫でながら慰めた。


「大丈夫だ……うんこは……出るよ」

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