ベルフェゴールの世界

第20話 完敗

「むぅ~……」


 不機嫌に頬を膨らませてソファーに沈み込んで座るベアリス。


 俺は目を合わせない。


「どういうつもりなんですかケンジさん~……」


 それはこっちのセリフだ。


 俺を新石器時代に送り込んでいったいお前は何がしたかったんだ。


「言わせてもらうがな、俺は今回やるだけのことはやったぞ。出来るだけのことはして、そんでもう彼らだけで戦えると思ったからチェンジしたんだ」


 これは間違いない。正直俺は今回かなり譲歩した。


 魔族が急に組織的にバルスス族、人間と敵対してきたのも、奴らが二足歩行をマスターしたのも、魔王四天王の一人、カルアミルクが元凶だった。奴が二足歩行空手とかいう情けないもんを考案して魔族に教授してたんだ。


 こっから先は推測になるが、もしかしたらそもそも人間と魔族が敵対するようにそそのかしたのも奴なんじゃないのか? 人間の方があんなにのんびりしてるのに魔族の方だけが一方的に人間を敵視してるなんて想像がつかないからな。


 とにかく、俺はその元凶であり、同時に魔王軍の最大戦力であるカルアミルクを滅した。


 それと同時にバルスス族に二足歩行と文字を教え、魔族と戦う方法を与えたんだ。


 なんだか言ってて自分で気持ち悪いな。神にでもなったつもりか、俺は。


「神にでもなったつもりですか」


 ぐぬ。


「魔族相手に舐めプして、魔王も倒さずに現地の女を十分楽しんだらチェンジですか」


 ベアリスがジト目で見てくる。しかし違う。違うぞ。


「いや実際さあ! ベアリスは自分だったらあの世界で暮らせる? 四足歩行だぞ? 俺は人間だぞ!?」


「そんな人間の価値観の話されても女神には分かりません。でも、ファーララさんと遊んでるときのケンジさん凄く楽しそうだったじゃないですか!」


 ぐ……彼女の名を出されると正直かなり痛い。


 ぶっちゃけて言ってファーララは凄くいい子だった。もう会えないのかと思うと、寂しい。最後に見せた涙が俺の心をえぐる。


 真っすぐで、努力家で、ひたむきで。俺が今まで会ったどんな人よりも素晴らしい人間だった。文明が進んでないからと言って頭が悪いわけじゃないんだ、ファーララは賢い少女でもあった。ホント、イーリヤに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


 最期に見た涙が忘れられない。彼女は俺の事をどう思ってるだろう。文明程度の低い自分達を見捨てた薄情な奴だと思ってるだろうか。


 でも、でもだよ?


「ベアリス気付いてた? あの村殆ど老人がいなかったのを」


 そう、バルススの村には老人がほとんどいなかった。首長のオールムもせいぜい50代ってところだ。


「もちろん長く住んでたわけじゃないんだから正確なところは分かんないけどさ、あの世界の人間、寿命が短いんだよ! 衛生状態も栄養状態も悪いし医療関係も発達してないから! 縄文時代の平均寿命って知ってる? 30歳だよ! そんな世界で生きたくないよ俺!!」


「ファーララさんはそんな世界で生きてるんですけど?」


「ぐ……」


 ぐうの音も出ない、というのはまさしくこういうことを言うんだろう。この女神、ホント口だけは達者だな。俺はファーララの名前を出されると何も反論できなくなる。


「もういいですよ。はい、ケンジさんこれ持ってください」


 呆れ顔でベアリスはそう言うと俺に紙の束を渡す。これはたしか……転生先の異世界の情報か……しかもこっち側を表にして。


 どういうことだ? もしかしてあれだけ吟味してダメだったから次は俺に選ばせてくれるって事か?


「ん~と……コレだ!!」


 だがベアリスは俺に紙の束を持たせたまま、ババ抜きみたいに反対側から資料を一枚だけ引き抜いた。


「ふざけんなランダムじゃねーか!!」


「だぁってぇ、前回あれだけ苦労して転生先を探したのに結局チェンジですよ? これはもうケンジさんの希望なんか聞いても無駄だな、って思ったんですよ。どれどれ……」


 だからってランダムはないだろうランダムは。っていうか前回も「優しい世界」ってのだけ聞いてお前が勝手に選んだんじゃねーか。


ベアリスは資料を熟読してから「はぁ」と軽いため息をついた。


「っんだよ、ため息なんかつくなよ。なんか不安になるだろうが。そんな酷い世界なの?」


「いや、酷いというか……なんかこう、面白みに欠ける世界だなあ……って思って」


 面白くなくていいんだよ! って言うかこれから俺その世界に飛ばされるんですけど? これから俺が行く世界を『面白いか』『面白くないか』で判断してほしくないんですけど!


 というかそもそもベアリス自身がいまいち常識のない奴なんで、そもそもこいつの判断が信用ならないんだけど。


「前回はあんなに面白い世界だったのに……」


「ちょっと待てやああぁぁぁ!!」


 俺の怒りが爆発した。


「おまっ、どういう事じゃあ!!」


「ひっ、大きい声出さないで下さいよ……」


 ベアリスは見るからに怯えているが俺の怒りは収まらない。当然だ。


「お前やっぱり遊んでたんじゃねえか! 新石器時代の文明に二足歩行も覚束ない世界なんかに放り込みやがってえ!! 面白かったか!? 俺が苦労して原住民に二足歩行教えるの!! 俺は本気であの世界をどうにかしなきゃって思ってたのに!!」


「だ……だって!」


 だってじゃない。俺がいたのはほんの一か月余りの期間だったし、実際敵も大した強さじゃなかった。普通に考えれば危険はない。


 だがそうじゃないんだ。うんこを流してる川で採った魚を食うような世界。しかも病気にかかったら薬草を噛むか、祈祷をするくらいしか治療法のない世界。ヘタすりゃちょっとした食あたりで死ぬ可能性もあるし、ちょっと怪我したら破傷風になる可能性もある。十分危険な世界だったって言うのに。


「だって面白かったんですもん! ケンジさんが四つ足で『あははうふふ』しながらお花畑を駆け回ってるの!」


「…………」


 まあ……仕方ないか。


 実際俺も面白いと思う。


 いい年した男が四つん這いでお花畑の中を元気いっぱい駆け回って、あははうふふしてたら。


 爆笑すると思う。


 「こいつ何しとんねん」って。


 「アホちゃうか」って。


 スナック菓子頬張りながら指さして爆笑するわ。


「それにね! 私不安だったんですよ!?」


 不安? 不安とは何が? あんなイージーな世界で。


「ケンジさんがもし私ならどう思います? 世界を救う使命を任せて送り出した人が急にお花畑を四つ足で駆け回りながらあははうふふしだしたら!」


 まあ……怖いな。


 「こいつ壊れちゃったわ」って思うだろうな。


 俺とベアリスは口を強く引き結んだまま向かい合う。


「何か言うことありませんか」


「…………」


「……ご」


 俺はゆっくりと言葉を発する。


「……ごめんなさい」


 ベアリスは「ふぅ」とため息を吐いてトントン、と、資料を揃えた。


「別にいいですけどね。チェンジしてもいいって言ったのは私ですし。今回はちゃんと世界を救う形を作ったわけですから……」


「……すいません」


「はい、もういいですよ。じゃあ次いきますからね? 準備はいいですか?」


「……はい」


 ベアリスは両手を上げて力を溜めてから、それを俺に向かって振り下ろした。


「おりゃあ!」

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