第61話 ネット遠足は終わらない⑨

 嫌だ、俺はまだ死にたくない、ここから出してくれ。

 嘘よ、こんなの嘘に決まっている、助けてお母さん。

 もうダメだ、こんなボスに勝てる訳ない、戦っても死んで、逃げても死ぬ、結局みんな死んじゃうんだ……。


 などと嘆くプレイヤーが居るはずもなく。

 VRヘッドセットを外して、離籍してしまったであろう生徒達の棒立ちアバターは、強制イベントで現れたボスモンスターに成す術なく蹂躙され、死体となって転がっている。

 通常のゲームではアバターが倒された場合、一定時間の経過で、最後のセーブポイントまで飛ばされる仕様だが、強制イベント中は無効になっている。だから今は至る所に死体が転がっている状態。まさに地獄絵図、【血の遠足】の所以である。


 「「も、もうさ、ログアウトしなくていいんじゃない?」」

 リアルでの死人など出ていない、だがスミレとボタンの目に映った地獄絵図は「もしかして、この倒れてるアバターの生徒は現実世界で死んでしまっているから動かないんじゃ……」との想像を膨らますには十分だった。


 「俺は別に構わないぞ、このまま遠足を楽しみたいからな」

 「お、お兄ちゃんがそう言うなら私もこのままでいいよ」

 VRヘッドセットを外しても死なない確信はあったが、ペア同士の戦いも無くなり、遠足を楽しみたいハレオとトウカは賛同した。


 「もともとハレオと会話したくて頑張ってたんだもんね、多少の夜更かしは問題無しよね」

 「そうだな、今日ぐらいは許可しよう」

 「ハレオくんの家は夜更かし禁止なの?」

 「当り前じゃないか、健康に悪いからな」

 「トウカちゃんは隠れてゲームしてるけどね」

 「ちょっとスミレさん、告げ口ー」

 「トウカ、お前な夜更かしばかりしてると、大きくなれないぞ」

 「あっ、なにそれ、セクハラ発言、お兄ちゃん最低っ」

 トウカは自分の胸をおさえて憤怒した。


 「なんでそれがセクハラになるんだよ」

 「私にも意味が分からないわ、スミレちゃんは?」

 「セクハラだと思います」

 スミレは自分の巨乳アバターを見てジト目になる。


 「まぁいいですけど、とりあえず強制イベントはボスから離れていれば害は無いので、最初に行く予定だった丘に向かいましょう」

 「戦わないのか?」

 遊ぶ気満々だったハレオが、またもや引き留める。


 「レベルが強制的に下げられてなければ余裕だと思うけど、レベル2の私たちじゃ、あの死体の山の仲間入りよ」

 「そうか、残念だ」

 残念がるハレオはイベントで真っ白に染まった空を見上げ、とぼとぼと歩き出す。


 目的地に着いた4人は、雰囲気だけもと、アイテムで所持していた、肉焼きセットやグツグツと煮えている鍋を出し、それを囲んだ。


 「さぁお兄ちゃん話してもらいましょうか、この一週間近く私達を散々心配させた理由を」

 「そんなに心配してたのか……ごめん、謝るよ。今こうして皆と話していて改めて後悔している、なぜもっと早く、こうしていなかったのだろうと……」


 「まぁまぁ、誰だって1人になりたい時はあるよ」

 「そうそう、ハレオくんが元気ならオッケーオッケー」

 「ありがとうスミレ、ボタン」

 少し落ち着いた口調のハレオは語り出す。


 「ユウさんは凄く心配してくれているんだ。金を手に入れた俺が親父の様になってしまうんじゃないかって……」

 「「「お金?」」」

 500万ぽっちで?と思うトウカと、何のことかさっぱりなスミレとボタン。


 「この家の状況もそうだ、年頃の男子高生、しかも一人暮らしの家に、同年代の女性2人、3歳くらいしか離れていない血の繋がりもない妹。こんなのは誰がどう見てもおかしい、このままじゃ俺がダメになる、もう俺にあんな思いはさせたく無いってユウさんは……」

 「でも、あの人もハレオくんのお父さんの愛人だったんでしょ?」

 「あの家に居たから、たぶんそうだとは思うけど」

 「お前が言うなよって感じだよね、ほんと腹立たしいわ」


 「でも、あの家で一人肩身の狭い思いをしている俺を気に掛けてくれていたのはユウさんだけだった……。料理も掃除も、1人で生きて行く術を教えてくれたのもそうだ」

 「でも、だからって、結婚とかさ」

 「そうだよ、好きでもないのに結婚は有り得ない、これはハレオの優しさに付け込んだ未成年者略取よ」

 「お兄ちゃん、私達も全力で協力するから、あの人を追い出そう、ね?」


 「……かもしれない……」

 「「「え?なんて言ったの?」」」

 自信なさげに呟くハレオに3人は聞き返す。


 「俺は……ユウさんの事が好きなのかもしれないんだ」

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