第12話 妹なんていたことない⑧

 慣れないコーヒーを無理に流し込み、トウカは自分の過去を話し出す。


 【貧しい家庭】【顔も名前も知らない本当の父親】

 なぜこんな事を話し出したのか、それはトウカ自身も分からない、カフェインの覚醒作用の所為なのかもしれないし、母親との喧嘩で、気が大きくなっていたからかもしれない。或いは母親以外の肉親、戸籍上だけだが「兄」と呼べる存在のハレオになら、と気を許したからかもしれない。


 「辛いこともあったけど、楽しかったんだ、お母さんと一緒なら、それで幸せだった……それなのに」

 

 トウカの表情は、だんだんと崩れていく。

 

 【どこからともなく溢れる大金】【目まぐるしく変わる生活】【降って湧いた様な養子縁組】

 傍から見れば羨望、だがトウカの口から次々に零れ落ちる言葉は苦痛に満ちていた。


 思春期に「自分は本当にこの家の子供なのか?」と考えを巡らせ、不安になる事は少なからずあるだろう。それがトウカの身に現実問題として降り掛かったのだ。多感な年頃のトウカの心がどれほどの傷を負ったのか、想像に難しくない。


 トウカの母親は、ハレオの父親であるダテオのハーレムに入った。経緯はどうあれ、これは事実、そしてダテオは、トウカの存在を知ると「俺が面倒を見てやる」と大見得を切った。

 既に結婚していたダテオは、何を血迷ったか「養子」にしてやると宣ったのだ。

 ダテオは、トウカの母親が営む夜の店に通い、金を落とす事で支援していた、だが「店が軌道に乗るまでの間、仕事だけに全力を注げる様に」と提案し、トウカを養うことになる。

 養うと言っても、実際には、別宅を用意し、優秀な執事、メイド、家庭教師を付けて生活させていた。

 むろん、トウカの母親は、その別宅にも足繁く通い「一緒に頑張ろうね」と声を掛け続けた。

 その甲斐あってか、トウカの母親の店は県内トップクラスにまで成長し、金と地位を手に入れ、養子縁組を解消し、今に至る。トウカは涙ながらに、そう告げた。


 「クソっ、クソ親父どもめ、すぐに何でもお金で解決しようとしやがって、金を工面したいだけなら、子供に【養子縁組】なんて言葉を漏らすなよ、バカかっ」

 ハレオはトウカに聞こえない様にキレた。


 「苗字も変わって、学校も変わって、お母さんとは一緒だったけど、何かが違って、全部が嫌で、それで、それで、はぁはぁ……息がっ、苦しい、よ……」

 「大丈夫かっ」

 溢れてくる気持ちと涙でトウカは過呼吸に似た症状を呼んだ。

 ハレオは対面の席から、すぐにトウカの隣に座り、背中をさすりながら声を掛ける。

 「落ち着いて、大丈夫だから、トウカの話したいことは良く分かったから、ゆっくり深呼吸しような」


 父親のハーレムで飲み潰れて世の中への愚痴を涙ながらに溢す愛人達の介抱をしていたハレオだから出来たのだろう。

 ハレオは、トウカの頭をゆっくりと膝に乗せ、涙を拭き、頭を撫でてあげた。

 「お客様、お連れの方は大丈夫ですか?救急車を手配しますか?」と、心配するファミレスの店員が声をかけたが、

 「すみません、大丈夫です。妹なんです、少し休ませて下さい」と、ハレオは返す。

 それを聞いていたのか定かではないが、トウカの涙は余計に溢れ、ワーワーと声を上げて泣きじゃくってしまう。


 「あ、あはは、ほれ、おぶってやるから、店出るぞ」

 「う、うん、うあ~~ん、おにいぢぁ~ん」

 「わかったから泣くなって、あっすみません、お会計お願いします」

 ハオレは、トウカを背中に乗せたまま店を出た。

 

 「どうする?このまま俺ん家行くか」

 「ぐすん、降ろして」

 「大丈夫なのかよ」

 「らいじょうぶ、一人で歩ける」

 昼時の駅前、溢れかえる人混みに、気恥ずかしさが流石に勝ったトウカは、涙を拭い俯くと、ハレオの袖を引っ張りながら呟いた。


 「一緒に来て、お母さんともう一度話すから、一緒に来てっ」

 「俺も?」

 「うん」

 「えーなんかやだな」

 「なんでよっ来てよっ」

 また泣き出しそうになるトウカ。


 「わかったよ、だから泣くなよ、だけど1つだけ条件がある」

 「なによっ」

 「お母さんに、まず謝れ」

 「なんでよっ、わたし悪くないもん、お兄ちゃんが説得してよ」

 「いいか、こういうのは謝った者勝ちだ、説得するにしても、それが糸口になる、とにかく謝っておけ」

 だいたいの内容は理解したつもりだが、子供の言葉だけを信じて話を進めるのは分が悪い。ハレオの憶測では、母親はトウカの為を思って行動している、そこにどんな感情があるのか分からない以上、先に謝った方が得策とした。


 「……わかったわよ」

 「よし、いい子だ」

 「馴れ馴れしくしないでっ」

 可愛い妹の頭を撫でてあげようとしたハレオの手をはたいたトウカ。

 

 「……」

 「なによっ」

 「なんでもない、作戦を立てようか」

 「うん」

 おにいちゃーんとか泣き叫んで、その気にさせといて、この態度、「この妹、めんどくせぇ~」とも思ったが、最後の「うん」が可愛かったから、口には出さなかったハレオだった。

 ちなみに、この話の流れで行けば、ハレオとトウカはすでに兄妹では無いということになるが、まだ2人とも気が付いていない。



 「ごめんね、そんなに我慢させていたなんて、辛かったね、なんにも気付いてあげられなくて、ホントに、ごめんなさいっ」

 口喧嘩なんて第三者が入れば、大抵はどうにかなるもので、仲裁人がダテオの息子だったということもあり、トウカの母親は全てを受け入れ謝罪した。

 「わたしの方こそごめんなさい、お母さんがわたしの為に一所懸命働いてくれてるって知ってるのに、あんな事言って、ごめんなさい」

 ハレオの姿など見えていないかの様に、母娘は抱き合い、大きな声で泣いた。


 「じゃあ、俺、帰りますね」

 微笑ましい親子愛に、鼻がむず痒くなったハレオは、別れを告げた。


 「ありがとうございました」

 「お兄ちゃん、ありがとね」

 深々と頭を下げる母と、大きく手を振る娘。


 「おう、またいつでも遊びに来いよ」

 まだ、学校でのイジメ問題は残っているが、トウカが我慢せず、ちゃんと母親に相談すれば、きっと上手くいくだろう、ハレオはそう信じて帰路に就いた。


 「もう、こんな時間か、早く帰って今日の分のオンライン授業受けなきゃな」

 辺りは、すっかり夕焼け空だった。



 翌日。

 

 ピンポーン。

 「ふぁぁ~、誰だよ、こんな朝早くに」

 遅くまで学習動画と睨めっこしながら勉強に励んでいたハレオを叩き起こした相手は、


 「お兄ちゃーん、開けてー」

 トウカだった。

 「なんだよ、遊びに来ていいとは言ったけども、次の日に来るヤツがあるかよ、学校行けっつーの」

 「いいから開けてよートラック待たせてるからー」

 「トラック?」

 ロックを解除すべきか躊躇ったが、まぁまぁ可愛く思えてきた妹の頼みなら仕方がないか、と気を許したハレオ。


 「ありがと、お兄ちゃん。あっじゃあお願いしますー、えーと、一番奥の部屋に運んで下さい」

 「え?なになに、誰、この人達」

 トウカの後ろから、2,3人の男達が入ってきて、ドアや廊下に養生を施していく。


 「何って、見てわかるでしょ、引っ越し屋さん」

 「まぁ見たことあるユニフォームだけども」

 アリが刺繍されたポロシャツを眺め、その手際の良さに感心するハオレ。


 「あっ、それとコレ、お兄ちゃんにお母さんから手紙預かってきた」

 「手紙?」


 ~ハレオさんへ、先日はありがとうございました。娘には我慢させっぱなしだったみたいで反省しきりです。これからは自由に、伸び伸びと成長して欲しいので出来るだけ言う事を聞いてあげようと思います。ただ、いつでも戻れる様に中学校には在籍させたままにします。W中等部の申請は済ませましたので、色々教えてあげて下さい。

 ハレオさんも、娘、いえ、妹と暮らす事を夢見ている様子なので、心を鬼にして娘を預けます。ほら、可愛い子には旅をさせよとも言いますし、あっでも、いくら血が繋がっていないからといって避妊はちゃんとしないとダメですよ、あ~私も若い頃は、ピチピチで可愛くて、自由に飛び回る蝶の様に……


 ハレオは、手紙を破り捨てた。


 「お前の母親さぁ……」

 「何?なんて書いてあったの?」

 無垢な笑顔で見つめるトウカに、一瞬ドキッとするハレオ。流石に罵倒できない。


 「あっそうだ、家賃は折半でいいからね、お小遣いたっぷり貰ってきたから、なんなら全額出してあげてもいいよ、その方がわたし的にも気兼ねなくていいからさ」

 「そういう問題じゃなくてさ」

 「あんな少額の当選金じゃ、すぐにお金無くなっちゃうでしょ?」

 「少額って、バカすんな、一生掛かっても使い切れんわ」

 

 「ふ~ん、お兄ちゃんって倹約家なんだね」

 (たった500万ぽっちの当選金で、よくそんなにドヤれるよね、めっちゃ働かないと、こんな部屋維持できないでしょ)と、通帳の桁を数え間違えているトウカ。


 「節約してるけどもさ、お前ん家どんだけお金持ってんだよ話だよ」

 (まぁ、これでお前が俺の金目当てで来た訳じゃないって分かったけどもさ)と、安堵するハレオ。


 「えっなんか言った?」

 「いや、なんでもない」

 「まぁこんだけ広い家だし、風呂もトイレも別々であるし、しばらく預かってやるよ、ありがたく思え」

 「ふん、こんな可愛い妹と二人暮らしなんて、絶対ありえないシチュエーションなんだから、ありがたく思うのは、お兄ちゃんの方なんですけど?」

 「自分の事を可愛いとか言う奴は、将来、碌な大人にならないからな、俺がみっちり教育してやるよ」


 この可愛い妹を、母親の様なハーレマーには絶対にしないと誓うハレオだった。

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