第21話 王子の結婚式(別視点)
「失礼します、エース様。錬金術師のティエラ・ホーエンハイムから結婚のお祝いの品が届いています。『ナマモノ』と書いていますが、どうしますか?」
「そうか……開けてくれ」
「かしこまりました」
結婚式当日。
自室で式の準備をしていると、ナターシャの代わりに新しくメイドになった女が小包を持ってきた。
錬金術師の少女とは、ナターシャの件もあって、別れの挨拶も出来なかった。
まさか、お祝いの品を贈ってくれるとは思わなかった。
「手紙と小瓶が三つ入っています。飲み物でしょうか? あのメイドの事もあります。毒薬の可能性もあるので、不用意に触らない方がいいと思います」
「そうか……ありがとう、下がっていいぞ」
「かしこまりました。失礼します」
メイドの報告に素っ気ない返事をして、部屋から出て行ってもらった。
ナターシャがいなくなって、心の真ん中にポッカリと穴が開いてしまったように、何もかも虚しく感じる。
あの特別な気持ちも精力剤を使われて、操られていたと言われても、正直信じられなかった。
……もうやめよう。自分の愚かさを素直に認めるんだ。
ナターシャを信じたいのか、自分が騙された事を否定したいのか、どちらももう意味のない事だ。
今日、私は結婚する。事実はどうあれ、もう引き返せないところにいる。
それに式が終われば、ララが紹介してくれた屋敷にナターシャは引き取られる。
ナターシャに罪をなすり付けようとされたのに、ララは「自分を守る為に仕方なかったのでしょう」とナターシャを笑って許してくれた。本当に優しい女性だ。
「ナマモノか……何だろう」
式まではもう少しだけ時間がある。錬金術師の手紙を手に取ると開いてみた。
『ご依頼の自白剤というか、真実薬三本をお届けします。身体に害はないですが、飲んだ人の本性が現れるので、危険人物に飲ませると大変危険です』
「なるほど、自白剤か。フッ、もう使う必要もないだろうに……」
小瓶の中身が分かって、思わず笑ってしまった。依頼された物は作らないと気が済まないみたいだ。
そうは見えなかったが、意外にもプロ意識が高いのか、負けず嫌いだったようだ。
『それと、この手紙を結婚式前に王子様が読むと思ってご報告します。ナターシャさんの言っている事は事実です。ララ様がナターシャさんに精神安定剤と言って、精力剤を渡したのは事実です』
「何だと? どうして、君がそんな事を知って……いや、違う。これは違う……」
手紙の文字に心が小さく揺れてしまった。
少し考えれば、ナターシャを庇いたくて、錬金術師の少女が嘘を書いていると分かるはずだ。
自分の認めたい事を事実にしてはいけない。手紙の文字を否定すると続きを読み進めていく。
『ララ様の命令で妹のリリ様がナターシャさんをイジメていました。一番悪いのはララ様です。もしも、ご結婚に少しでも納得できないのならば、真実薬をララ様とナターシャさんに飲ませてください。そうすれば真実が分かります』
「真実か……だが、私が望む真実……それが分かったとして、もう手遅れだ」
ララがイジメの首謀者だとしても、もう遅い。ララとの結婚の準備は終わったようなものだ。
それに誰がやったのか、それはもう些細な問題だ。もう国中の国民にララとの結婚を知らせている。
今更、中止には出来ない。
それに誰にも祝福されないナターシャとの結婚に意味はない。
ナターシャとの結婚は私だけが幸せになるものだ。
反対を押し切って結婚したとしても、ナターシャを幸せに出来る保証もない。
王族ならば自分の幸福よりも国民の幸福を第一に考えるべきなんだ。
……この手紙は見なかった事にしよう。
『それと、もう一つ重要なご報告があります。国王様が私に毒入り自白剤をナターシャさんだけに飲ませて、殺害するように命じました。断れば私を偽の錬金術師として、処刑すると脅してきました。私は偽者ではありません。真実薬を作れる本物の錬金術師です』
「まさか、父上がそんな事を……」
手紙を閉じようとしたが、信じられない事が書かれていた。
まさか、父上は最初からナターシャがスパイなのかはどうでもよくて、ただ殺す為だけに仕組まれていたなんて。確かに父上は「もしもナターシャが無実ならば婚約者として認める」と言っていた。
あれが嘘で最初から認めるつもりがなかったなんて、正直信じたくない。
『もしも、王子様が精力剤の所為で自分の気持ちが分からない時は、真実薬を飲んでみてください。それで自分の本当の気持ちが分かります。偽りのないスッキリとした気持ちで結婚を決めてください。まあ、必要ない時は宝物庫にでもしまって、必要な時にお使いください。ご結婚おめでとうございます』
「ご結婚おめでとうございますか……はぁぁ、誰にとって、めでたい事なんだろうな」
複雑な気持ちで手紙を読み終えると、ソッと閉じた。
何故か手紙の後半は天才錬金術師だという主張が激しかったが、どうでもいい。
もしも、手紙に書いてあった事が全て真実だったとしても、この結婚で幸福になる人と不幸になる人がいる。
そして、間違いなくララとの結婚が誰もが望む幸福な結婚だ。
……だけど、私の本当の気持ちか。
「この薬を飲めば、本当に迷いなく結婚式が出来るのならば……」
私は私の気持ちが分からない。
ララの本当の気持ちも、ナターシャが本当に私を愛していたのかも今では分からない。
人の気持ちが嘘なのか本当なのか、そんなに大事なものなんだろうか。
少なくとも、ララは優しい良き妻になろうとしている。
その心が偽りでも、私がその偽りの心を見なければいいだけだ。
それは私とナターシャでも同じ事だ。
彼女が私の事を本当に愛していたとしても、私が彼女を本当に愛していたとしても、それを認めなければいい。
それで全てが上手くいく。皆んなが幸せになれるんだ。私にはこんな物は必要ないんだ。
「ナターシャ……くっ、誰かいないか!」
部屋の外に待機しているメイドを呼んだ。
あの日からナターシャに会わないように見張りを付けられている。
すぐに先程のメイドが部屋の扉を開けて入ってきた。
「はい、失礼します。エース様、何かご用ですか?」
「ああ、大至急頼みたい事がある。これをある人に飲ませてくれ」
「はい、かしこまりました。どなたに飲ませればよろしいのでしょうか?」
真実薬という薬液が入っている小瓶を一本だけ取った。
もしも、これで真実が分かるのならば、少なくとも無実の罪で囚われている女性を救う事が出来る。
メイドに名前を聞かれたので、名前を答えた。
「あのメイドに決まっている」
♢
「釈放だ。良かったな、聖女様」
お城の牢屋にやって来た兵士が、隣の牢の鍵を開けた。
話し相手がいなくなって、寂しくなってしまう。
「本当に釈放なの? どこかで殺すつもりなんじゃないの? それとも、どこかで私と良い事でもするつもり?」
牢の扉が開いているのに、聖女様は冷たい床に寝転んだまま出ようとしない。
そんな聖女様を兵士の男は笑っている。
「ハッハハ、疑り深い聖女様だな。安心しろ。処刑するよりは変態貴族に買ってもらった方がいいそうだ」
「つまりは貴族の愛人になれば助けてくれるってわけね。ほとんど死刑と一緒ね」
「そこは聖女様の力次第だ。騎士団長と同じように上手くタラシ込んで幸せになるんだな」
……これって聞いていい事なのかな?
明らかに裏取引とか、人身売買と言われる話をしている。
「物は言いようね。じゃあ、ナターシャちゃん。お先に失礼するわよ。元気に頑張りなさい」
「はい、ありがとうございます。プリシラ様も頑張ってください」
「ええ、そうするわ」
聖女様は愛人になる事を決めたみたいだ。
面倒くさそうに立ち上がると牢屋を出て、私に軽く挨拶した。
兵士が聖女様と一緒に立ち去ろうとしていたので、呼び止めてお願いした。
「すみません、エース様とお話が出来ないでしょうか?」
「あっ? ハッハッ、それは無理だ。でも、愛しい王子の側には城の中で一生いられるんだ。それでいいじゃないか。聖女様、行きましょうか」
「あっ……やっぱり駄目ですか……」
何度頼んでも、エース様には会わせてもらえない。兵士は聖女様と一緒に立ち去っていった。
牢屋に人が来るのも食事の時間と決まった時間の日に六回だけだ。
逆に話を聞いてくれる兵士の方が珍しい。ほとんど無視されるか、黙って食べろと言われてしまう。
……このまま一生牢屋暮らしなんでしょうね。
「あれ? 誰か来ます」
床に聖女様のように寝転んでいると、床に付けた耳に足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
聖女様を牢屋から出しに来たのかもしれない。連絡ミスで前の兵士と入れ違いになったのかもしれない。
「ナターシャ・ベルフォルマだな?」
「は、はい!」
だけど、私の予想はハズレてしまった。私の牢屋の前で兵士が立ち止まると、中を覗き込むように聞いてきた。
寝転んだ恥ずかしい姿なので、慌てて座り直して答えた。
「この薬を王子が飲むように命じられた。すぐに飲むように」
「何の薬ですか?」
兵士が小瓶を持っている。一瞬、毒薬かもしれないと思って聞いてしまった。
「錬金術師が作った真実薬という自白剤らしい。これでお前が本当の事を言っているのか、確かめるように命じられた。無実ならば、牢屋から出すように言われている。さあ、早く飲め」
「錬金術師……ティエラ様ですか……」
錬金術師が作ったと言われて、少し安心してしまった。
だけど、毒薬だとしても、このまま牢屋で一生暮らすよりはマシだと思う。
兵士から小瓶を受け取ると、ゴクゴクと舌が痺れそうな味の薬を飲んだ。
「飲んだな? では、質問する。お前は帝国のスパイだな」
「違います」
「本当だな? お前がスパイだという証拠があるんだぞ。本当の事を言えば殺さない。本当の事を言え!」
「違います。私はスパイじゃないです」
「チッ……」
薬を飲み終わると早速兵士が質問してきたけど、何度聞かれても答えは変わらない。
私はスパイじゃない。脅されても、強い口調で聞かれても変わらない。
「分かった。では、精力剤だと分かっていて、王子の飲み物に入れていたのは事実だな?」
「確かに王子の飲み物に黙って入れていました。でも、精神安定剤とララ様に言われて入れていたんです。もしかすると、私の聞き間違いかもしれないですけど、精力剤だと知って入れてません」
「なるほど……分かった。釈放だ、付いて来い」
「えっ? あっ、ありがとうございます!」
今までと同じように素直に答えていただけなのに、兵士が牢屋の扉を開けてくれた。
呆気に取られて、ポカンとしてしまったけど、すぐに兵士にお礼を言って立ち上がった。
「時間がない。その汚れた服をすぐに着替えて準備してもらう」
「もしかして、私も貴族の愛人になるんですか?」
「何の話だ? 無実ならば、王子に連れて来るように命じられている。早く付いて来い」
「エース様が……」
状況がよく分からない。でも、エース様に会えるそうだ。
心に温かい火が灯ったように、ポカポカとホッとした気持ちが湧き上がってくる。
もう一度会って話が出来るなら、それだけで私は幸せだ。
早足で進んで行く兵士を見失わないように、転びそうになりながらも必死に付いて行った。
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