第20話

 二人の前に新たな青文字が流れる。


 機械の音声と文字は二人の頭に流れる。


 それらは忘れられないように記憶されているのか、体に自然に覚えられるように溶け込むようだった。


 まさに誰でも確実に覚えられる理想の教材、と呼ぶに等しかった。


 教材の様な文字と声は、流れるように雨狩と那内の脳に入り込む。


 データベースのように広大でいて、視覚において見逃すところがないサイズだった。


 それは那内にも同じで、泣き止んだ顔がその文字によって感情でもコントロールされたかのように静かになっていた。


 授業を受ける時以上に、試験以上に那内は真剣な表情になっていた。


 雨狩の周りの文字は長々と簡潔にこう書いてあった。


『雨狩御幸(あまかりみゆき)の適用能力名・デスバインド。効果、相手を拘束させ約二十分から三十分後には相手の生命を死にさせる能力。拘束された時点で相手側に死のタイムリミットのことを脳内で自動的に告げられる。自身に使うことも出来るが、解除を宣言しない限り全身が動けなくなるが核弾頭すら防げる。ただし自身の拘束のみは呼吸が出来なくなるので意識が無くなった時点で能力強制解除。使うとデメリットとして能力を使った次の日に同性に過剰な愛情を一時的に抱かれる。以下の能力で借りることを同意しますか?』


 同意かどうか最後に書かれている赤いボタンと、青いしないというボタンが読み終わった雨狩の手前にある。


 雨狩は事前に説明されていたこともあり、落ち着いている。


「これが借りるという能力ですか、選ばなければどうなるのだろうか? いや、恐らく僕も那内さんもあいつに殺されて死ぬだろう。結局とばっちりで選ばれるべくして選ばれらたわけですか……」


 雨狩の心さえも言葉として口に出るようになっているのか、本音も現れていた。


「選ぶしかない。那内さん、聞こえていたら同意を選んでください。これは紛れもなく僕の声です。信じてください」


 那内には聞こえているのか、能力の説明を受けている最中なのか、顔をこちらに向けない。


 ただ光のない無機質な目で文字を読んでいた。


「説明が終了しました。残り三分です。選んでください。時間が経過した場合は同意しないとみなします」


 機械の様な音声が、先ほどと同じトーンで脳内に響く。


 雨狩は目をつぶり厳しい顔をして、同意を決意して目を静かに開き赤いボタンを押す。







『那内三加(なうちみか)の適応能力名・モータルブレイクザワールド(死すべき運命世界の破壊)代価、指定相手及び自分に降りかかる不幸な出来事などを巻き戻し帳消しにさせる能力。指定した相手は脳内にて匿名。死を逃れるために自身で借りた能力に懇願した場合にも使用可。十二時間に一回しか使えない。使用デメリット、急激な空腹。以下の能力で借りることを同意しますか?』


 那内は契約書のを読み終えて、ボタンの前で目に輝きを取り戻していく。


 内容をこの時ばかりは雨狩と同じくらいに完全に理解していた。


 何かの力が空間に働いており、那内自身は確信はないが元の世界に戻れても忘れることはないだろう。


 それは強き瞳に現れている。


「雨狩君の声が確かに聞こえた。この能力ならきっと、私にも雨狩君を助けられる。戻って使うしかないよ!」


「説明が終了しました。残り二分です。選んでください。時間が経過した場合は同意しないとみなします」


 機械の様な音声が先ほどと同じトーンで、脳内に響く。


 那内は脳内に指定された相手を思い浮かべて、迷うことなく赤いボタンを押す。


 同意したのか、那内の周りに黒い鎖がボタンの前に現れて、体中を覆うように拘束された。


「な、ナニコレ? み、見えなくなって……! なんだか頭がクラクラする~」


 全身に黒い鎖が巻き付き、周りが見えなくなる。


 そのまま吸い込まれるような感覚で、頭の中で声が聞こえた。


「モータルブレイクザワールドの使用には自身の緊急時にも使えるなら、戻ったらすぐに使わなきゃ! 頑張れ私っ! あいつをやっつけてやるっ!」


 鎖の中で拘束されながら動けない中で、那内は眼に光が宿っていた。


 その光に漆黒のように黒い鎖が負けるように解き放たれる。


 那内はドンッと背中を叩きつけられるような感触を味わう。


 しばらくして那内と雨狩の体中に痛みが戻り、気づけば雨狩が虫に体中を蝕まれるように苦しんでいる光景に戻る。


 そこに違和感があった。


 蝕れていた雨狩の周りに、いや正確には雨狩の体のシュルエットを維持した漆黒の様な鎖が巻き付いている。


 虫たちはその鎖状の体から離れて、緑の血液を飛ばして死骸と化していた。


「能力、発動だよっ!」


「キキキ、キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」


 異形の不気味な男の笑い声の中で、那内は適応能力のモータルブレイクザワールドを言葉で発動した。


 瞬間、那内は体中から虫の痛みどころか感触もなく、体中に赤銅色の液体が溢れ出た。


 時間だけが止まっていた。


 灰色の一枚のモノクロ写真のような一枚の映像の中で、液体だけがドロドロと流れていく。


 那内は声が出ない。


 動くことも出来ずに、目だけが一定の景色を見ていた。


 正確には眼を閉じることなく、強制で見続けている。


 瞼で水分を補給する閉じる機能も必要なく、開いたままだ。


 埃も目には入らない。


 時そのものが停止している。


 ただその止められた時の中で、那内の肌から液体が溢れ出る。


 この場を支配しているのは、そのドロドロっと不気味な音を立てて流れる液体のみ。


 その赤銅色の液体は、空にも川にも人にも流れて浸食していく。


 自分の周りが赤銅色の液体一色になった時に、青文字が浮かび上がる。


 全てがヘドロの様な世界から光り、輝く青文字が眩しく希望の光のように見えた。


 那内は目の前の動けない自分の中で、目で文字を追う。


『読み終えた後に指定相手と能力者自身の記憶を維持したまま時間軸を戻し、今の不幸な出来事を回避させ改変させます』


「っ!?」


 読み終えると同時に、ヘドロの様な赤道色の世界から眩い白き光がヘドロ溶かすように輝く。


 眩しいが冷たい暑さを感じない太陽の光のようだった。





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