第443話 困った時の開き直り
使者と会うといっても、会うならば抗議の使者と先に会わなければならない。
国を代表する使者と、宰相からの使者とでは当然優先度が違う。
さすがに個人の使者を優先して国の代表を後回しにすれば、新たな問題になってしまうからだ。
だが、彼らの前に話しておかねばならない相手が他にいた。
「――という次第でして、故意にやったわけではございません」
「そうか」
――エリアスである。
国家間の問題になりそうなので、王への報告は必要だ。
側近に話したあと、モーガンとランドルフの二人と共に登城し、エリアスに報告へ向かった。
まだ王宮にいたウィンザー侯爵も同席している。
彼は「こいつ、マジか!?」という表情でアイザックを凝視していた。
いくらなんでも、他国の元帥を引き抜いてくるなど完全な想定外だったからだ。
もちろん、彼はアイザックの言う「フェリクスが勝手に引き抜いてきた」などという言い訳を信じてなどいない。
「使者への説明はどうなさるおつもりで? さすがに今の説明では納得されないでしょう」
詳しく聞き出せば、困るのはウィンザー侯爵も同じ。
そのため、このあとどうするかだけを尋ねた。
「ロックウェル王国側にしてみれば、悪意ある引き抜きにしか思えないでしょう。その誤解を解く方法はないか考えているところです。本来ならば数日かけて考えたいところですが……。待たせれば待たせるほど、口裏合わせをしていると思われるからできません。明日にでも話し合いの場を設けねばならないでしょう」
アイザックは、まだ何も考えていない。
考える時間がほしいというのは本音だった。
しかし、そう考えない者もいる。
「ならば明日にでも話すべきだろう。場はこちらで用意しよう。ダッジ前元帥を勧誘する方向で何か考えてくれ」
「はっ! ……は? 今、なんと?」
アイザックは勢いよく返事をしたものの、エリアスがおかしな事を言ったような気がしたので聞き返す。
「ダッジ前元帥を勧誘しろと言ったのだ。ウェルロッド侯爵領は異種族との国境。経験豊富で優秀な人材は必要だろう。せっかくの機会を逃す必要はない。上手く丸め込んで家臣団に取り込んでしまえ」
――聞き間違いではなかった。
それもそのはず、エリアスは本気で言っている。
しかし、ウェルロッド侯爵家の軍を強化するためではない。
――アイザックの活躍を身近で見たいという理由からだった。
「拒否権を行使させていただきます」
だが、アイザックも無策ではない。
かつて得た命令の拒否権を即座に行使する。
「だめだ。先ほど『はっ!』と了承したではないか。命令を後から付け足したわけではないのに断るとはどういう事だ? 一度引き受けたのだ。最後までやり通すのが筋というものではないのかな?」
エリアスも無策ではなかった。
命令の拒否権を与えた事は彼も覚えている。
そのため、不意打ちの形でアイザックに了承の返事をさせた。
一度引き受けておいて断るのは「自信がない」と言っているようなもの。
「アイザックほどの立場の人物が断れるはずがない」と考えていた。
だが、それは間違いだった
アイザックは普通の男ではなかった。
――少なくとも、貴族としては。
「それでもお断りさせていただきます。国際問題を起こしてまでやる事ではございませんので」
アイザックには普通の貴族としてのプライドがない。
「ウェルロッドの名に懸けて!」という家名に対する誇りがないのだ。
名誉を守る必要性はわかっているが、なにがなんでもというほどではない。
特に今後の事を考えれば、無理をしてダッジを勧誘する必要性を考えられなかったので断った。
しかし、アイザックが嫌がっていると察知した人物がいた。
「陛下はウェルロッド侯爵家の事を案じられたのだ。いくら拒否権を得たとはいえ、本当に行使するとはいかがなものかな」
――ウィンザー侯爵だ。
アイザックが国際問題になるのを嫌がっている理由は、モーガンの負担になるからでも、リード王国のためでもない。
彼はアイザックの反応を見て「反乱の邪魔になるから嫌がっているのだ」と見抜いた。
だから、今回はエリアスの味方をした。
とはいえ、彼はもうアイザックを止めようとはしていない。
今では「たとえパメラがジェイソンに捨てられ、アイザックと結婚する事になってもかまわない」と考えるようになっていた。
卒業式が近づくにつれ、止めるのを諦めるようになっていた。
だが、それとこれとは別である。
――国外に問題があり、軍を王家に向ける事ができない状況。
これは今のウィンザー侯爵にとって必要な状況だった。
ジェイソンに思うところはあるが、だからといって王家に反旗を翻していいものではない。
まだやってもいない事を前提にして行動するという事に忌避感を覚えていた。
そのため、今回はエリアスに味方する。
「陛下が拒否権を与えたのは、エンフィールド公への信頼を皆に見える形にしただけに過ぎません。その信頼を踏みにじるような真似はせず、陛下の意に沿った行動を取るのが臣下というもの。陛下の命を一顧だにしない態度は、叛意を持っていると思われても仕方ないものではないでしょうか?」
「ウィンザー侯、エンフィールド公の忠誠心は疑う余地がない。それは言い過ぎだろう」
「失礼いたしました」
エリアスはウィンザー侯爵をなだめるが、内心では「よく言ってくれた!」とガッツポーズを取っていた。
アイザックの活躍が見学できそうだし、庇う事で心象もよくできた。
一石二鳥の働きである。
真剣な面持ちをしていたが、笑みを隠すので必死だった。
一方、アイザック達は緊張で吐きそうな気分になっていた。
エリアスの命令は非常に厳しいもの。
特にロックウェル王国との戦争になりそうな状況は最悪である。
説得に成功してもロックウェル王国との間にしこりを残し、失敗すればリード王国内での立場が危うくなる。
嫌がらせにしか思えなかった。
「……ウィンザー侯は非常に厳しいお方ですね。もし、この一件を上手くまとめる事ができれば、私の事を認めていただけるのでしょうか?」
せめて、希望を持てる見返りがほしい。
そこでアイザックは、ウィンザー侯爵に要求を突きつけた。
この言葉に含まれた「パメラの婚約者として認めて、抗うのを諦めろ」という意味がわかるのは三名のみ。
他の者達には「エリアスの命令を断るのも考えあっての事。これからは一人前の大人として認めろ」としか聞こえなかった。
皆がウィンザー侯爵の返答に注目する。
ウィンザー侯爵には、この事態を丸く収める道筋が見つからなかった。
せいぜいがダッジをロックウェル王国に送り返す事だろう。
しかし、それはそれで難しい。
ダッジをあっさり送り返せば「ダッジ前元帥を必要としないのは、我が国の元帥を軽んじているからだ」と因縁を吹っ掛けられかねないからだ。
あまりにも状況が悪すぎる。
「いいでしょう。ただし、陛下の意向に沿った上で外交問題にならないよう丸く収める事ができればですが」
――ロックウェル王国の使者をなだめる事はできる。
――しかし、ダッジを雇うとなると、まず不可能。
もし、この状況を切り抜けられるのなら、モーガンの代わりに外務大臣になってくれてもいいくらいだ。
なんなら、宰相の座を譲ってもいい。
どちらか片方ならともかく、両方は無理だ。
すでに詰んでいる状況である。
だから、ウィンザー侯爵も了承したのだった。
「陛下の前での約束ですからね。忘れないでください」
アイザックは不敵な笑みを浮かべる。
その笑みにウィンザー侯爵は嫌な予感を覚えていた。
――だが、その予感は勘違いだった。
この時、アイザックの頭の中は「やってしまった……」と後悔の念しか詰まっていなかった。
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翌日、会談が開かれる。
アイザックは学校を休んでの出席だった。
未来のお義祖父さんに認められるための戦場である。
さすがに「授業を受けたい」などと言っていられる状況ではない。
リード王国側の出席者はそうそうたる顔ぶれだった。
エリアスに侯爵家の当主全員、フィッツジェラルド元帥にクーパー伯爵、そしてランドルフ、フェリクス、ダッジ。
各派閥の代表格に加え、この件に関係する人間も呼ばれていた。
もちろん、それだけではない。
ロックウェル王国から送られてきた抗議の使者。
彼がギャレットの弟であるシルヴェスター・ロックウェルだったからだ。
強そうな名前ではあるが、彼の見た目はマッチョではない。
どちらかというと細身の男だった。
当然、彼を補佐する者達も、外務大臣を始めとして数多く揃っている。
ロックウェル王国側の中には、ビュイック侯爵の使者としてやってきたゲイリー・ビュイックも含まれている。
これはアイザックが望んで同席してもらったものだ。
彼には彼の役割を果たしてもらうつもりである。
しかし、シルヴェスター達と同席するのは居心地が悪いのか目が泳いでいた。
「確かに我が国は先の戦争で負けた。だが、それとこれとは別。戦時中ならばともかく、正式な講和を結んでおきながら軍のトップを引き抜くとはどういう事か!」
最初に口火を切ったのはシルヴェスターだった。
彼はそこから休む事なく、アイザックを非難し続ける。
彼の主張はロックウェル王国側の本心であり、同時にアイザックに反撃の機会を与えないためでもあった。
アイザックの過ちをエリアス達にしっかりと伝え、罪悪感から非を認めさせるための第一歩である。
ただ、ロックウェル王国側にも恐れている事がある。
――実は戦争を再開するための口実ではないか?
というものである。
軍縮を行うにあたって、最大の懸念は他国からの侵略であった。
直接領土を切り取るのではなく、より不利な条約を結ばせるための戦争をされれば、ロックウェル王国は侵略されて滅びるよりも酷い目に遭ってしまう。
アイザックが、更なる嫌がらせのために仕掛けてきたのではないかという疑いを持っていた。
だが、それでも抗議をしなくてはならない。
元帥を引き抜かれて泣き寝入りをする方が危険だった。
そこまで弱気な態度を見せてしまえば、戦争になるまでもなく、他国は不利な条件を突きつけてくるだろう。
ここで意地を見せねばならなかった。
シルヴェスターは決死の覚悟で、この会談に臨んでいた。
(なんで俺がここにいるんだろう……)
一方、アイザックは現実逃避をしていた。
前世では政治に関わる事などなかった。
その自分が国家の代表から名指しで非難されている。
やったのはフェリクスなので「なんで俺が?」という思いもあり「自分の責任だ」という気持ちが薄かった。
「そもそも、ビュイック侯の使者まで同席させているとはどういう事だ! ロックウェル王家とビュイック侯爵家が同格だとでも言うつもりか!?」
シルヴェスターの非難は、ゲイリーにまで向けられる。
とりあえず、今はアイザックの非を責める事が重要だ。
使えるものはすべて使おうとしていた。
「ビュイック侯の使者にも同席していただいたのは、殿下に説明していただくためです。私の言葉よりも、身内の人間から聞いた方が信用できるでしょうから。ですので、ロックウェル王家を貶める意図はございません」
「説明? 釈明の間違いではないのか? 『すべて自分が悪かった』という謝罪の言葉を、エンフィールド公の口から直接聞くために、私はリード王国まで遥々やってきた。言い訳など聞きたくないぞ?」
質問を投げかけられたので、今度はアイザックの番である。
――アイザックが一晩考えて導き出した答えとは!?
「だって、あなた方も悪いんですよ」
――開き直る事だった。
アイザックは、まるで浮気がバレた時に責任転嫁するような台詞を言い放った。
これにはシルヴェスターのみならず、ロックウェル王国側すべての出席者が顔を紅潮させる。
「非を認めず、我らに責任転嫁をするとはどういう事か!」
「それに関しましては、これからご説明させていただきます」
――相手を怒らせて、自分の言葉に耳を傾けさせる。
かつてセオドアにも使った手法から話に入る。
それだけでなく、自分には非がないというアピールのためでもあった。
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