第379話 ダミアンの暴走

 人混みを抜けると、ダミアンとジャネットが向かい合っているのが見えた。

 そして、やはりニコルがダミアンの背後にいた。

 しかし、彼女の表情は優れない。

 戸惑っているようにすら見える。


(ダミアンが、いきなり行動したからか? それとも、大勢の前だからか? まぁいい、今は状況確認だ)


 アイザックはニコルを一瞥すると、ジャネットの様子を窺う。

 彼女は大きな体を縮こまらせて震えていた。

 ジャネットを慰めるように、アマンダが正面から抱き着いている。

 その姿が「ママに泣きついている娘」という現在の状況と真逆の印象をアイザックに与えていた。


 ――ジャネットの身長は180cmほどなのに対し、アマンダは150cmくらいしかない。


 アイザックが、そう思ってしまうのも無理はない。

 とはいえ、笑ってしまうような滑稽な光景ではなかった。

 アイザックも、今の状況をよく理解しているからだ。


「ダミアン、話は聞こえていたよ! いったいどういうつもりなの?」


 ジャネットから離れたアマンダが、ダミアンに詰め寄る。

 彼女の動きは素早い。

 怒りで荒っぽい動きの中にも気品が感じられるのは、流石侯爵令嬢である。


(本当、どういうつもりだよ。こんなタイミングでニコルに……。あっ!)


 ――ダミアンとニコル。


 二人が組み合わさる事で、アイザックは過去のやり取りを思い出した。


(あれっ、これやばくないか? 「ニコルに告白してもいいよ」って言ってしまったし、それをバラされるのはマズイ!)


 特にアマンダに知られるのは危険だ。

「ジャネットが不幸になるとわかっていて、ダミアンの後押ししていたの!」と嫌われてしまう。

 そうなると、ウォリック侯爵にも距離を取られてしまう可能性がある。

 

(ここは様子見しよう。ダミアンがあの時の事を言おうとしたら、話せないように邪魔すればいい。首を突っ込むタイミングだけ気をつけよう)


 アイザックは安全策を選んだ。

 そもそも、今回はアマンダが真っ先に食って掛かっている。

 アイザックが割り込む余地はないはず。

 下手に首を突っ込むよりも、安全圏で様子を見るのが正解だと、アイザックは考えていた。


「どういうつもりも何も言った通りさ。僕は真実の愛を見つけた。ジャネットは人生を共にする価値のある女じゃない。こんな女と付き合っていられるか!」

「ジャネットのどこに文句があるっていうの!」

「いっぱいあるさ! 中でも『大きな男になれ』っていうのがうっとうしいんだよ! この年でこの身長なんだ! これ以上大きくなれるわけないだろ!」


 ――そうじゃないだろう!


 ダミアンの言葉に、この場に居合わせた者達全員が心の中でつっこむ。

 アイザックも、その内の一人だった。

 思わず、頭を抱える。


(いや、そうじゃない。そうじゃないぞ、ダミアン。人として大きくなれって意味に決まってるじゃないか……)


 少なくとも、この場にいる者達はダミアンの器の小ささを知った。

 ジャネットに「そりゃあ、大きな男になれって言うのも無理はない」と同情が集まる。


「ダミアン……、なにを言ってるの? 馬鹿じゃないの?」


 アマンダも呆れてしまったようだ。

 彼女もダミアンとも面識があるだけに、今の暴言が信じられないのだろう。

 呆然としている。


「馬鹿なのは、アマンダの方だ。ジャネットは『アイザックのようになれ』とまで言うんだぞ。なれるか、あんなもの!」


(おいおい、あんなもの扱いは酷いんじゃないか)


 さすがにアイザックも、ムッとする。

 だが、ムカつきだけではなく、疑問も生じた。


(……あんなもの? デカブツとかじゃなく? 身長の話じゃないの?)


 ダミアンが行動の事を言っているのなら理解できる。

 しかし、先ほど身長の話をしたばかりだ。

 話に繋がりがないので、どちらか判別ができない。

 アイザックはレイモンドを見るが、彼も「ん?」と首をかしげて悩んでいる。

 どうやら他の者達も、脈絡のない話についていけていないようだ。

 自分だけではないとわかり、アイザックはホッとする。


 ――だが、一貫性のある話かどうか関係のない者もいる。


「あんなものとか失礼だよ! ダミアン、そんな事を言ってどうなるかわかってるの!」

「わかっているさ。ニコルさんのためなら、覚悟はできている!」


 ジャネットの事だけではなく、アイザックまでコケにされてアマンダが、さらにヒートアップしてしまった。

 今にも殴りかからんばかりに睨みつけている。


(あーあ、アマンダを怒らせちゃったよ。本当に馬鹿な奴だよ。ジャネットと結婚しとけば、将来は安泰だったのに)


 ジャネットは、アマンダの親友である。

 彼女と結婚するという事は、ウォリック侯爵家とも緊密な関係を築けるという事だ。

 普通ならば「出世の片道切符ゲットだぜ!」と喜ぶところだった。


 この状況は、チャールズも同じ。

 新進気鋭の財務官僚だったアダムズ伯爵が、子爵家のティファニーと息子を婚約させたのは、ウェルロッド侯爵家との繋がりを望んでいたからである。

 アイザックが後継者の地位を確実なものにしたため、その狙いは大成功となるはずだった。

 馬鹿でも、落ち着いて考えればニコルを選ぼうとはしないだろう。 


 なのに、彼らはニコルを選んだ。

「ニコルの方が価値がある=ニコルを選ぶのは真実の愛」とでも思っているのだろう。


(それができるのは、誰にも文句を言わせない強大な権力を持ってる奴だけなのにな)


 特にダミアンはダメだ。


 ジェイソンは王太子。

 フレッドは侯爵家の息子で、ウィルメンテ侯爵も将来的に軍務大臣か元帥になるのが有力視されている。

 チャールズは、財務事務次官の息子。

 マイケルは、領地持ちの伯爵の息子。


 彼らに比べ、ダミアンの父は王国軍で部隊長を務めているのみ。

 ジャネットの実家であるウェリントン子爵家だけならともかく、ウォリック侯爵家を敵に回すような事はできない。

 先代のウォリック侯爵が死んでからは王国軍の役職に就いていないとはいえ、ウォリック侯爵家は軍内部にも大きな影響力を持つ大物だ。

 一言「左遷しろ」とつぶやくだけで、フォスベリー子爵家は田舎へ送られるだけの力を持っている。


(仮に周囲に必要だと思われる力を持っていても、権力がないと簡単に転落する。そんな事もわからなくするなんて、ニコルの知能を落とす力はとんでもないな)


 ゲームの世界なら問題はなかったのだろう。

 モブの反応など気にしなくていいのだから。

 だが、この世界は違う。

 その他大勢だった者達も、一人一人が自分の考えを持っている。

「真実の愛を貫くなんて素敵」と思う者など、よほどの恋愛脳持ちでもないといないはずだ。


(アマンダにまで喧嘩を売ってるしなぁ……。この状況を収められる有力者に頼らないと収まらないぞ? ウィルメンテ侯爵は……、助けないだろうしな)


 いくらフレッドの親友とはいえ、ウィルメンテ侯爵は助けないはず。

 実の親ですら情勢不利と見るや否や、即座に切り殺した男だ。

 ウォリック侯爵家には負い目もあるだろうし、ダミアンなど見捨てるだろう。


(こんな馬鹿な行動の後始末で頼られても困るだけだ。誰も関わりたくないだろう。俺だって自分の事で精一杯だし、ここは見捨てて自滅――)


 ――俺だって。

 ――自分の事。


 アイザックは「自分」という言葉を思い浮かべた時、嫌な考えが頭をよぎった。


 ――ウォリック侯爵家と良好な関係にある。

 ――フォスベリー子爵家とも、親が良好な関係にある。

 ――仲裁するのに十分な肩書きを持つ。


 この状況に、嫌でも引きずり込まれる。

 そんな男が一人いる事に気付かされた。


(やばい、やばい、やばい! これ絶対、俺も巻き込まれるよな? お袋が頼まれて、その話が俺に来るって流れだよな? 冗談じゃねぇぞ! 自分の事で精一杯なのに!)


 ゲームのイベントを見ているように、どこか他人事のように見物していたが、アイザックには他人事ではなかった。

 高い確率でダミアンの母親のキャサリンが、ルシアに助けを求めてくるだろう。

 そうなると「アイザック、なんとかして」と、話を振られるのはわかりきった事。

 なぜなら、アイザックはダミアンとアマンダ、ジャネットと面識があるからだ。

 モーガンやランドルフが仲裁に入るよりも、アイザックに任せた方がいいと思われるはず。


(また俺がニコルの後始末をやらされるのかよ! たまんねぇな、おい……)


 まだ確定はしていないが、アイザックは確信していた。

 言い合うアマンダとダミアンを見なかった事にして、このまま家に帰りたくなってくる。

 しかし、それはできない。

 傷口が広がる前に、ダメージを最小限に抑えておかねばならない。


 ――解決を楽にするために。


「はい、ストップ!」


 アイザックが二人の間に割って入る。

 すると、ダミアンが「アイザックに裏切られた」という表情を見せた。


「アイザック、君は――」

「まずは話を聞きたい!」


 ダミアンが「僕を応援してくれていたんじゃないのか?」と言い出す前に、アイザックは大きな声で彼の言葉を遮った。


「ダミアン、君は真実の愛を見つけたと言ったね? それはニコルさんの事かい?」

「そうだ。彼女ほど素敵な女性はいない」

「じゃあ、なんで今ジャネットさんに別れを告げようと思ったんだい?」

「それはニコルさんを守るためだ。先ぱ……、マークの奴がニコルさんを襲おうとしたのはなぜか? それは、彼女を守れる男が近くにいなかったからだ。僕が彼女の婚約者として、不逞な輩からニコルさんを守りたい。そう思ったから別れを切り出したんだ」


(でも、お前。ニコルより弱いじゃん)


 アイザックは、喉元まで出てきた言葉を必死に我慢する。

 ここで神経を逆撫でしては意味がない。


「去年の模擬戦で負けてたじゃない!」


 だが、ダミアンに対して怒っているアマンダが言ってしまった。

 ダミアンの顔が真っ赤な憤怒の色に染まる。


「あれは本気を出していなかっただけだ! 僕が本気を出せば勝てる!」

「じゃあ、最初から出したらよかったじゃないか! そうすれば、ジャネットだって頑張れとか言わなかったよ!」

「あいつが僕の事を理解していないからだろ!」

「ちょっと待って! 落ち着いて。アマンダさんもジャネットさんのために言いたい事があるだろうけど、今は待ってください。まずは状況の整理をしましょう。アマンダさんが暴力沙汰で停学になったりするのは嫌ですから。ねっ」


 今にも殴り合いにまで発展しそうな二人を、アイザックは必死で止める。

 ここでダミアンがアマンダに殴り飛ばされたら、ダミアンの面子が砕かれて微塵も残らなくなってしまう。

 当然、アイザックの中で「ダミアンがアマンダを殴る」という事は起きないものだと決めつけていた。


 アイザックの身長は188cm。

 アマンダは150cmほど。

 身長差を考えれば、腕や足の長さでアイザックが圧倒的に有利だ。

 なのに、アイザックは体育の授業ではアマンダに勝った事がない。

 リーチ差などものともしない強さだった。


 ニコルの本気の強さはわからないが、模擬戦で見た限りではアマンダの方が上。

 ダミアンでは勝てるはずがない相手。


(いっそ惨敗させた方がいいのか? でも、それじゃあニコルの逆ハーを邪魔する事になるかもしれない。ニコルの邪魔はしたくないし……)


 とりあえず、アイザックの説得でアマンダは不満そうにしながらも黙ってくれた。

 今のうちに話を進めるべきだと考える。


「ダミアン、君がニコルさんの事を心配して行動したという事はわかった。だけど、なんでわざわざ昇降口で別れを切り出す必要があったんだい?」

「今日は部活がないからさ。ホームルームが終われば、みんな昇降口に集まる。みんなの前で僕の決意を宣言する。そうすれば、不届き者もニコルさんに手を出さなくなると思ったんだ。それに、ニコルさんにも僕の決意を知ってほしかったからね」


 ダミアンは自信満々に言った。


(不届き者はお前だろ……。なんで? どうして、その程度の事もわからないんだ……。ダミアンを助けるって、本当に俺がやらなきゃいけない事なのか? お袋に「無理です」って断ってもいいんじゃないか?)


 そして、アイザックは泣きたくなっていた。

 ニコルを襲おうとする奴が出ないように守ろうとする姿勢は買う。

 だが、ダミアンのジャネットに対する行動は道徳に反するものである。

 ダミアンこそ「不届き者め!」と成敗されてしまう側の人間だ。

 アイザックは首を突っ込んだ事を後悔する。

 しかし、あとで巻き込まれるのはわかっているので、後には引けない。

 前に進むしかなかった。


「じゃあ、ニコルさんが『みんなの前で』言ってほしいと言ったわけじゃないんだね?」

「違う。すべて僕の意思だ」


 ダミアンが胸を張るが、彼は愚かな行為をしたと自白しただけだ。

 まだ「ニコルに頼まれてやった」と答えた方が「よっぽど好きなんだな」という印象を受けていただろう。

 アイザックは小さく溜息を吐き、ニコルに視線を移す。


「ニコルさんは、どうしてここに?」

「ダミアンくんに昇降口で待っていてほしいって頼まれたの。別に私が指定したわけじゃないよ」


 ニコルは落ち着きのない態度で答えた。

 彼女はアイザックに返事をしながら、周囲をキョロキョロと見回している。

 さすがに多くの生徒に否定的な目で見られているのは、彼女でもきついのかもしれない。


(まぁ、これに関しては嘘を吐く理由はないから信じてもいいか)


「では、ダミアンに婚約すると内諾していたのですか?」


 だとすれば大問題だ。

 彼女には、ジェイソンを攻略してもらわなければ困る。

 そういう事ならば、アイザックはダミアンを潰す側に回らなければならなくなる。

 自然と、アイザックの視線は厳しいものとなった。

 ニコルはアイザックの目を見て、すぐさま首を左右に振る。


「してない、してない。告白自体、今されたばっかりだよ」

「それでは返事は?」

「今言われても返事に困るかな……。誰と結婚するかはよく考えたいの」


 ニコルは、やはり返答を先延ばしにした。

 アイザックにとっては良い事なので、厳しい視線も自然と和らぐ。


「そんな! 僕はこれだけの覚悟を見せたんだよ!」


 だが、当然ダミアンは認められない。

 ジャネットとの別れを見せてまで意思表示をしたのだ。

 その気持ちを受け取ってもらえず困惑する。


「ダミアン、チャールズやマイケルの事から学ぶんだ。一方的な好意の押し付けはよくないよ。今からでもいい。ジャネットに謝るんだ。仲直りには時間が――」

「うるさい! あんな女なんてどうでもいい! 僕はニコルさんが好きなんだよ!」


 気が高ぶっているダミアンは、アイザックの言葉に耳を貸そうとしない。

 アイザックはどうしようかと迷い、ジャネットの方を振り返った。

 彼女は唇を噛み締め、涙を堪えていた。

 スカートを握り締めているので、少し丈が短くなっている。


(太ももが見え――じゃない。そうだ、手だよ)


 アイザックは、ある事を思いつき、ジャネットに近付いて手を取った。


「ダミアン、ジャネットさんの手を見た事はあるかい?」

「あるさ。傷だらけで貴族の娘とは思えない汚い手だ」

「ひどい……」


 ジャネットは、ついに泣き出してしまった。

 アマンダが今にも飛び掛からんばかりにダミアンを睨みつけるが、アイザックの話がまだ終わっていない。

 アイザックがジャネットのために動いているように見えるので、今は我慢していた。


「違うよ、ダミアン。君はジャネットさんの何を見ていたんだ。彼女は君に頑張れと言っていただけじゃない。自分自身も君の妻としてふさわしい女になろうと頑張っていたんだぞ。この手もそうだ」


 ジャネットは嫌がったが、アイザックはダミアンに彼女の手のひらを見せる。


「結婚したら、親と同じ屋敷で暮らす者もいる。けど、卒業後は社会を知るために家から出て、自分の収入だけで暮らしてみろという家も多いんだ。当然、新任の騎士見習いや官僚では使用人を雇うような余裕はない。ジャネットさんは君を支えるために努力をし続けていたんだ。贅沢な暮らしはできずとも、少しでも良い食事を取ってもらいたいと料理を頑張っていたんじゃないか。この傷は料理の練習をしていた時についた傷だ。称える事はあっても、コケにするような傷じゃない。誉れ傷のようなものなんだぞ」


 アイザックの説明で、ダミアンではなくジャネットが声をあげて泣き出した。

 最も知っておいてほしかった者ではなく、関係の薄かったアイザックの方が理解してくれていた。

 その事が嬉しいというよりも「なんでダミアンはわかってくれなかったのか?」という悲しみの方が強い。


「ニコルさんも、ジャネットさんの努力はわかってくれるよね? ニコルさんのご両親も親元から離れて暮らしていたんだ。より良い暮らしを送るために努力する事は間違っているかな?」

「私のお父さんよりは……、正しい方向の努力かな。間違っていないと思う」


 ニコルもアイザックの意見に賛同してくれた。

 というよりも、彼女は賛同せざるを得なかった。

 彼女の父は、知り合いの儲け話に乗って大損ばかりしている男だった。

 それが「家族の暮らしを楽なものにしてやりたい」という動機であっても、正しい行いだとは言えなかったのだ。

 そんな父親の事を認めたくはない。

 まだジャネットのように「美味しい食事を作れるように努力する」という方が、ニコルにも同意できる理由だった。


「そんな……、ニコルさん……」


 はしごを外されたダミアンの顔が絶望に満ちたものに変わった。


「あっ。ただ、ジャネットさんも頑張ってるって認めただけだから。ダミアンくんがどうとかじゃないんだよ」


 それを見て、ニコルは慌ててフォローする。

 すると、ダミアンが小さく笑った。


「そうだった。ニコルさんは人の努力を認められる優しい人だったね。フフフッ」


 春休みの間に、部活で何か言われたのだろう。 

 ダミアンは、ニコルの言葉を100%信じているようだ。


(ちょろ過ぎる……。立場上、一番攻略が簡単そうなキャラだから仕方ないのか?)


「ダミアン。ジャネットさんは他の女の子よりも強い意志で頑張ってるんだ。考えてみろ。アマンダさんの親友・・・・・・・・・という立場なんだぞ。侯爵令嬢の暮らしを目の当たりにしているんだ。『自分もあんな暮らしをしてみたい』と思っても不思議じゃない。けど、子爵家同士の結婚という現実を見据えて、家を出て暮らした時の事を考えて準備しているんだぞ。良い嫁さんになりそうな人じゃないか」


「アマンダの親友」という点を強調し、ジャネットとの関係を考え直すようにアピールする。

 それに、ジャネットは未来の夫のために尽くそうと努力をしている。

 ダミアンに「頑張れ」と一方的に言っているわけではない。

 その点もアピールするのを忘れない。


「それって、僕が大物になれないと思っているって事だろ? 話にならないね」


 だが、それがダミアンには気に食わなかったらしい。

 却って態度を硬化させてしまったようだ。


「ダミアン――」

「もういいよ、アイザックくん」


 ダミアンを落ち着かせようとするアイザックを、アマンダが制止する。


「ジャネット。こんな男、もういいよね?」


 アマンダの問いかけに、ジャネットは迷いを見せる。

 しばし逡巡したのち、うなずいてアマンダの問いかけに応えた。


「じゃあ、帰ろう。これからの事を、みんなで話さないといけないだろうし」


 これからの事・・・・・・と言った時、アマンダはゴミにでも向けるような目でダミアンを見ていた。


「それじゃあ、アイザックくん。また明日ね」

「あぁ、うん。また明日」


 アイザックに別れを告げるアマンダは、いつも通りだった。

 ダミアンとの差に、アイザックはビビる。


「私も一緒に行っていい? 少しはジャネットさんの役に立てるかも」


 ティファニーが、アマンダに同行を申し出る。

 婚約者に捨てられた者同士、わかり合える事もあるのだろう。


「ありがとう。でも、今日はボク達だけで話し合いたいんだ。ジャネットが落ち着いてからお願いしたいな」

「うん、わかった」


 アマンダの言うボク達・・・というのは、アマンダとジャネットだけではない。

 アマンダが連れていた友人達も含まれている。

 おそらく、ウォリック侯爵家傘下の貴族の娘達だろう。

 フォスベリー子爵家は、ウォリック侯爵家だけではなく、ウォリック侯爵家に縁のある貴族も敵に回す事になるだろう。

 普通なら青ざめるところだが、ダミアンは平然としていた。


(もう見捨てていいかな……)


 本人が危機感を持っていないので、アイザックもやる気を失っていた。

 とりあえず、ルシアから頼まれたらでいいやと考え、帰宅する事にした。


 残されたのは、ニコルと彼女に言い寄るダミアン。

 そして、どうなるのか興味本位で見物している者達だけだった。

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