第376話 卒業式の予行演習
アイザックはジェイソンとフレッドを連れて、エリアスのもとへ向かう。
そこには、アイザックの動きを読んで来賓として呼ばれていた貴族達も集まっていた。
要職や領地持ちの貴族――マイケルの父親であるブランダー伯爵まで、ウォリック侯爵の影に隠れてどうなるのか見届けようとしていた。
「陛下、まずは状況の整理を行ないたいと思います。よろしいでしょうか?」
「うむ、かまわん」
エリアスとしては「やってくれ」と頼みたい気分だった。
アイザックから言い出してくれたので、断る理由などない。
すぐさま許可を出す。
エリアスの許可が出たので、アイザックは早速行動する。
「私も殿下同様に、処罰が甘いのではないかと感じておりました。フレッド、なぜあのような判断を下したのか説明してくれ」
「えっ、俺か?」
フレッドはアイザックが助けてくれると思っていたので、自分の判断を疑うような事を言ってくるとは思わなかった。
しかし、エリアスの前で突っぱねるわけにはいかない。
まずは説明するべきなのだろうと思った。
「……先輩は三年生で一番強かった。王国軍の騎士見習いに内定するくらいには。それに、お前も俺と互角に戦っているところを見ただろう? いつもは俺が勝っていた。でも、死に物狂いになった時、あれだけの実力を見せたんだ。サンダース子爵と同じように、本番で力を発揮するタイプだと思ったんだ。その才能を潰すのは、もったいないと思った。だから、俺の下で心を鍛え直してやろうと考えたんだよ。ニコルさんもボタンが外れるだけの被害で済んだし、家からも勘当されたし……」
フレッドは「ニコルの被害が少なかったので、才能を残す事を選んだ」と説明する。
それは、ある程度の理解は得られるものだった。
ニコルは女男爵ではあるものの、やはり女だという事で軽く見られてしまう。
――身体に被害がなかったのなら、それでいいではないかと。
フレッドが、それで済ませようとしたのは、アイザックにとって意外な事だった。
自分の時は「ネイサンを殺した」と、よく恨みがましい目を向けられたものだ。
マークとの扱いの違いに腹が立ってくる。
だが、フレッドの話は続きがあった。
「俺だって、殺してやりたいと思ったさ。でも、ダメなんだ。殺したら、そこで終わってしまう。あとで後悔しても遅くなるんだ」
彼はアイザックを見る。
「ネイサンを殺したあと、一度も後悔しなかったのか? 生かしておけばよかったと。ネイサンが生きていれば、仲直りできていたかもしれない。メリンダ叔母さんも、生きていれば違った関係を作っていたかもしれないだろ? 殺すのは、あとでもできる。まずは生かしておくべきだと俺は考えたんだ」
フレッドなりに考えがあったらしい。
そしてそれは、アイザックも考えた事がある内容だった。
――あの時、違った選択をしていればどうだったか?
自分が選択する立場になった時、フレッドは生かす事を選んだ。
ネイサンの件があったので、今まで考えていた自分なりの答えを選んだのだろうと思われる。
「なるほど、それは僕も考えた事がある。その考えは一理あると思う。……殿下は、先ほど話された事以外に話したい事がございますか?」
今度はジェイソンに話を振る。
「大体は話し終えた。ただ、フレッドが言ったように、マークはなかなかの腕前を持つ男だ。そんな強い男が、か弱い女性に襲い掛かった事は卑怯この上ない事だと思っている。加害者側にチャンスを与える前に、被害者や被害者側になり得る者達の安全を最優先で考えるべきだと思っている。その事はフレッドにもわかってもらいたい。彼のやった事は、騎士道から遠く離れた行為だっただろう?」
「その考えも一理あると思います」
――加害者の更生を考慮する。
――新しい被害者を出さないように厳罰を下したい。
どちらの言い分も理解ができるだけに、アイザックは答えを出すような事は言わなかった。
いや、言えなかった。
ここでどちらかに加担すれば、もう一方を敵に回す事になる。
今は自然な流れで、話を望む方向に持っていく事が求められていた。
「殿下に伺いたい。学生の間に犯した罪を卒業後償わなくてはならないというのでしたら、マイケルはどうなります? 婚約者を亡き者にしようとした彼ならば、死罪どころではないでしょう? ブランダー伯爵家をお取り潰しにでもされますか?」
アイザックの言葉に、ブランダー伯爵がギョッとした表情を見せる。
この状況だと自分の息子の名前が出るかもしれないとは思っていたが、家の取り潰しにまで話が発展するのは予想外だった。
「そんな内容で話題にしてくれるな」と、ウォリック侯爵の背後からアイザックを恨めしそうに睨む。
「いや、そのつもりはない。マイケルは罪を償って、教会から出てくる。罪を償った以上、それ以上の罪科を問うような事はしない」
「つまり、マイケルは罪を償ったので、卒業後には罪を問うような事はしない。マークは、まだ罪に服していないので、刑の執行が行われていない。ウィルメンテ侯爵家で働き始める前の今ならば、刑を変更してもかまわないと思われたのですね?」
「その通りだ」
ジェイソンの中にも、一定の境界線はあるのだろう。
――罪を償った者の刑罰を変更するのは、あまりにも酷である。
――だが、刑に服す前に刑罰を変更するのはかまわない。
「まもなく懲役が終わる」という時に「やっぱり死刑で」となれば、真面目に生きている者達も法に対して疑問を抱く。
だから、マークがフレッドに引き取られる前に行動したのだと思われる。
アイザックも、自分がやるのなら同じようにやるはずだ。
執行中の刑を変更するよりも、執行前の方が変えやすいと思うからだ。
「では、クーパー伯。法的な根拠はいかがなものでしょうか?」
「今回の処罰は、フレッドくんが被害者や学院側と話し合って決めたもの。公式な裁判を経ているわけではありません。正式に処罰を下す事は可能です。そのため、殿下が裁定を下し、処罰を与える事
クーパー伯爵は、立場上質問されるとわかっていたので、落ち着いてアイザックの問いに答えた。
彼の言う通り、今回の事件は公式の裁判が開かれたわけではない。
フレッドがニコルや学院側と話して、示談のような形で終わらせていた。
「公式に裁くべきだ」とジェイソンが言えば、王太子の意向に沿う形で裁かねばならない。
それだけ王族の力は大きいのだ。
当然ながら、エリアスの言葉の方が重いので、彼がダメだといえばジェイソンの命令は黙殺される。
だが、それは法律上の事。
勝手に他人の揉め事に首を突っ込む事は、歓迎されない行為である。
ニコルがマークと話し合って決めたのなら、気圧されて渋々「軽い罰で済ませた」という可能性もあった。
しかし、今回はフレッドが話し合いの中心になっている。
被害者のニコルが一方的に不利な状況で示談を済ませたというわけではないはずだ。
犯人を憎む気持ちはわからないでもないが、終わった話に首を突っ込むのはやめてほしいという気持ちの方が大きかった。
「なるほど、法的には問題なしというわけですか。ありがとうございます」
アイザックは満足そうにうなずく。
権力の強さがすべての君主制国家らしい答えだった。
これならば、王族よりも権力が劣る侯爵家の娘も処刑にしようと考えてくれるだろう。
「専制政治万歳」と叫びたいところだが、そんな事をすれば奇異の目で見られるので我慢する。
「心情的には殿下を応援したいところですが……。今回はフレッドの方に分があるように思います。一度、殿下と相談させていただく時間をいただけますでしょうか?」
「あぁ、そうしてくれ」
「じゃあ、ジェイソン。こっちへ」
エリアスに説得の時間を求めると、彼はすぐさま許可を出した。
するとアイザックは、フレンドリーな対応を見せながらジェイソンの肩を抱き、周囲から少し離れた。
そして、小声で話しかける。
「ジェイソン。君の思いは、僕にもよくわかる。犯人が卑怯な男だという以上に、ニコルさんが襲われた事が何よりも許せないんだよね」
「なっ……。どうしてそれを!」
ジェイソンが目を大きく見開いて驚く。
そして、警戒する様子を見せた。
どこまで気付かれているのかが心配だったからだ。
アイザックは、フフフッと笑って安心させようとする。
「僕にとって、ニコルさんは恩師の孫娘だ。教育者として有名なお方だったから、王子である君も先代のネトルホールズ男爵に教わった事があるんだろう? だから、怒りも一際大きなものになっている」
「……あぁ、そうだ」
ジェイソンの警戒が和らいだ。
アイザックが「恩師の孫娘が襲われた事に憤っている」という共通の怒りを持っていると勘違いしている。
そう思ったからだ。
彼はこれ幸いにと、アイザックの話に合わせた。
「けど、怒りのままに行動するには厄介な問題が残っている」
「ウィルメンテ侯の事か」
「なんだ、わかっていたのか」
今回の問題において、最大の障害はフレッドではない。
ウィルメンテ侯爵だった。
普通の優秀な生徒であれば、フレッドが「部下にしたい」と望めば叶っただろう。
だが、今回は婦女暴行未遂犯である。
そんな凶状持ちを易々と騎士見習いとして受け入れられるわけがない。
フレッドがウィルメンテ侯爵に頼み込んで、ウィルメンテ侯爵家で雇うという流れになったはずだ。
――強引に決定を覆せば、ジェイソンはウィルメンテ侯爵の面子を潰す事になる。
アイザックは、その事を指摘してジェイソンを止めようとしていた。
しかし、ジェイソンはわかってやっているという。
いきなり計画がコケてしまった。
とはいえ、パメラに実力を見せるために必要な事なのだ。
簡単に諦めるわけにはいかない。
「ジェイソンとフレッドの仲が良い事はよく知っている。ウィルメンテ侯が王党派筆頭で、王家に忠誠を誓っている事もだ。両者の関係が壊れるような事は避けるべきだ。王国の安定のためにも、今回は引いた方がいい」
「しかし……」
ジェイソンも頭ではわかっている。
わかってはいるが、心が許さないのだ。
それは、アイザックにもわかる感情だった。
だからこそ、どう言えばジェイソンを動かせるかを理解している。
「これはニコルさんのためでもあるんだよ。ジェイソン、君は犯人が憎くてたまらないせいで冷静になれていない。よく考えてみるんだ。未遂だったから、軽めの罰で済んでいる。なのに、君が死刑にするべきだと騒ぎ立てたら……。ニコルさんは、みんなにどんな目で見られると思う?」
「あっ……」
アイザックに言われて、ジェイソンは自分の行動がニコルを辱める行いだったと気付かされた。
――軽い処罰なのは、被害が軽かったから。
そんな当たり前の事が、彼の思考から抜け落ちていた。
「絶対に許さない」という強い思いが、ジェイソンから思考力を奪ってしまっていたらしい。
軽い罰で済んだのは、ニコルの被害がシャツのボタンで済んだからだ。
では、死罪にするほどの重い罪とは何か?
少し考えれば、誰にでもわかる事だ。
――ニコルは服の被害だけでは済まなかった。
誰もが、そう思うだろう。
犯人に強い怒りを示せば示すほど、ニコルが
特に、ニコルの美貌に嫉妬している女子生徒は喜んで噂するだろう。
――ニコルは純潔を失ったと。
それはニコルにとって、不名誉極まりない事だった。
彼女のための行動が、彼女を傷つける行為になっている。
アイザックは、それを教える事で、自分の望む方向へ誘導しようとしていた。
「ジェイソン、犯人が憎いのはよくわかる。でも、それは絶対に今すぐやらねばならないというわけじゃない。例えば数年後、貴族社会から弾き出された失意から、マークが服毒自殺する。そういう未来の可能性だってあるんだよ」
アイザックは、あくどく見えるように意識してニヤリと笑う。
その笑み一つで、ジェイソンはアイザックが何を言いたいのかを理解した。
「ほとぼりが冷めた頃に俺が暗殺する。奴は決して許さない」と言っているのだと。
もちろん、アイザックにそこまでやる気はない。
ジェイソンを説得するための方便だった。
「それは良い方法かもしれないな。けど、そこまでするという事は、君もニコルさんの事が好きなのか?」
ジェイソンにとって悪い話ではないはずだ。
だが、彼は「ニコルをアイザックに奪われるのではないか」と警戒している。
だから、アイザックは安心させる、とっておきの言葉をかけてやろうとする。
「誤解のないように言っておくけど、僕はニコルさんの事を助けたいと思っていても、妻にしたいと思った事はない。僕は伯爵以上の家から正妻を娶れと言われているからね。側室はリサだけで十分さ。けど、それはニコルさんに関わらないという意味ではないんだ」
「……どういう事だ?」
「フレッドのような男には任せられないという事さ。あいつは侯爵家の当主としては不適格だ。あいつと結婚したら、きっとニコルさんは苦労するだろう。そんな男に恩師の孫娘を任せられない。だからこそ、マークを引き取らせるんだ」
ジェイソンは何も言わなかった。
ただ黙って、アイザックの言葉の続きを待つ。
「それだけではわからないから、先を話せ」と思っているのだろう。
興味を引けたので、アイザックは心の中でほくそ笑む。
「考えてみるといい。自分を襲った相手がいる家に、好んで嫁入りしたい女がいると思うかい? フレッドはニコルさんに興味があるようだけど、自分から遠ざけてしまうような真似をしている。だったら、フレッドの望み通りにさせてやればいい。そうすれば、ニコルさんの心は、フレッドから自然と離れていくだろうさ」
――今のジェイソンにとって、アイザックの言葉は天使のささやきのように聞こえていた。
だが、実際はその真逆。
人間を堕落させんとする悪魔のささやきだった。
「しかし、こう騒ぎ立ててしまっては、もう手遅れだろう」
「まだ手はあるよ」
アイザックは、ジェイソンにこれからの計画を耳打ちする。
このあと、どう動けばいいのかのアドバイスである。
「……過ちを認めろというのか」
「下手に誤魔化そうとするよりは、その方が被害が少ない。むしろ、失敗を認める時は認められる人物だと評価を上げる事もできるだろう。嫌ならやらなくてもいい。マークを処刑して、フレッドが完全にフリーになるけどね」
ジェイソンは目を閉じて、どうするのが最適解かを考える。
アイザックの提案は魅力的なものだった。
なによりも、フレッドとニコルの距離を離す事ができる。
フレッドは侯爵家の嫡男という事もあり、マイケルやチャールズよりも手強い相手だ。
ニコル争奪戦から脱落してくれるのならありがたい。
しかし、そうなると最も厄介な相手が残る事になる。
――アイザックだ。
自分を利用して、フレッドを脱落させようとしているのではないかと考えるのが妥当だろう。
「ニコルを妻にするつもりはない」という言葉も信じられない。
あれほど美しい女性に興味がないはずがないからだ。
嘘を吐いていると考えるのが自然なものに思われた。
だが、大きな疑問が残る。
「ニコルさんは……、誰と婚約するべきだと思っているんだ?」
アイザックは「ニコルに幸せになってほしい」と言っていた。
フレッドでは幸せにできないと思っているのなら、誰なら良いのかが気になるところだ。
フレッド以上となれば、王太子である自分かアイザックくらいしかいないのだから。
「ニコルさんには、母のような苦労をしてほしくない。だから、高位貴族と結婚するなら正妻候補を持たない人がいいかな。それならば、安心して応援できる」
「そういう事か」
ジェイソンは、アイザックがニコルの事を本当に心配しているのだと考えた。
今のフレッドは婚約者がいない状態だが、卒業するくらいになれば、誰か適当な妻を娶るはずだ。
侯爵家という事を考えれば、国内外の伯爵家以上の家から相手を探すだろう。
もしかすると、すでに話がついているかもしれない。
女男爵のニコルは第二夫人以降が確定する。
だが、ルシアのように「ニコルを第一夫人にしたい」とフレッドが望む可能性はある。
ニコルが第二夫人でも同じ。
美しい妻に夢中になる夫に嫉妬し、いじめられる事は十分に考えられる。
そうなれば、ニコルは幸せな生活を望めなくなるだろう。
ニコルの幸せを願うのなら、フレッドやマイケル、チャールズという相手は不適格だった。
(そして、それは私にも当てはまるという事か)
アイザックが応援しているのは、あくまでもニコルである。
ジェイソンとの婚約を推しているわけではない。
(私にはパメラがいるからな……)
パメラは侯爵家の娘である以上、王妃として確定している。
ニコルは日陰の存在になるだろう。
(パメラがいる以上、私ではニコルを幸せにはできない……か)
どんな命令でも達成するような化け物を敵に回すのは厄介だ。
ニコルを欲するのなら、代償を支払う必要がある。
ライバルにならないだけ、まだマシだと考えるしかなかった。
そして、ニコルを手に入れるために最大の障害を敵に回すのではなく、味方に引き入れるべきだとも考える。
「わかった、やろう。フレッドとの関係も壊したくない。そして、忠告してくれているアイザックとの関係もね」
「わかってくれて嬉しいよ」
ジェイソンは、アイザックの提案を受け入れた。
「アイザックがニコル争奪戦のライバルになるのでは?」という疑問は残るが、今のところ婚約者がいないフレッドを脱落させられるのは大きい。
今回は敵の敵は味方という理論を採用したに過ぎない。
アイザックとジェイソンは、エリアス達のところに戻る。
「フレッド、すまなかったな。いえ、皆様にご心配をおかけした事を申し訳なく思っています。先ほどの発言を取り消して参ります」
「そうかそうか、ならばいいのだ」
エリアスが、ほっとした表情を見せる。
強引に推し進めれば、ウィルメンテ侯爵家との関係が悪化しかねなかった。
間違いだったと認めてくれたのなら、それでいい。
ジェイソンが演壇に戻るのを満足そうに見送る。
「アイザック、なにを言ったんだ? あんなに怒ったジェイソンなんて初めて見た。それを落ち着かせるなんて……」
当然、アイザックがジェイソンになにを言ったのかが気になるところだ。
フレッドがアイザックに尋ねる。
他の者達も、耳を傾けていた。
「フレッドとの関係が壊れるかもしれないと言っただけだよ。一度落ち着かせたら、今回の事は口出しするべきではなかったとわかってくれたよ。詳しくは、これからの話でわかるだろう」
「それだけなのか? それはそれでお前は凄いな……」
話していた時間を考えれば、それだけではなかったはずだ。
功を誇らず、ジェイソンがわかってくれたとしか言わないアイザックに、フレッドは感動と嫉妬を覚える。
フレッドも、これ以上はなにも言えなかった。
ジェイソンが演壇に到着し、彼自身もジェイソンの言葉を聞き洩らすまいと集中し始めたからだ。
ジェイソンは一度深呼吸をして、皆に話しかける。
「卒業生の皆さん、およびご家族の皆様。せっかくの卒業式を台無しにしてしまい、申し訳ございませんでした。マーク・ウォーデンの件についての決定をお知らせします。先ほど私が申し上げた死罪については取り消し、フレッド・ウィルメンテが面倒を見るという元の決定に従う事に致します」
聞いていた者達が、ざわざわと騒ぎだす。
「だったら、なんで言ったんだ?」という者と「殿下の言い分にも一理あったのに」と思う者など、様々な内容が呟かれていた。
ジェイソンは右手を挙げて、静まるように求める。
話には続きがあった。
「今回、死罪にするべきだと言い出したのには理由があります。それはフレッドの経験に疑問を持ったからです。能力はあるかもしれません。ですが、性犯罪者の更生は未経験です。更生に失敗すれば、友人の経歴に傷が付き、新たな被害者には心の傷が残ります。そのため、いつかは出るであろう被害者のためにも、今この場で処分するのが一番だと考えました」
まずは処刑にしようと考えた理由を話す。
そして、次は考えを変えた理由だった。
「しかしながら、アイザックの説得によって、私の考えが間違いだったと気付かされました。経験がないから仕事を任せないというのでは、いつまで経っても経験を積む事ができない。経験を積ませるには、仕事を任せなければいけません。私は友人を信頼しているつもりでしたが、それが誤りだったと気付かされました。卑劣な犯罪者が相手ではありますが、フレッドはきっと指導をやり遂げてくれると信じます。上手くいった時は、彼を称えてあげてください。もし、ダメだった時は、私が友人として全力でサポートします。お騒がせして申し訳ございませんでした」
ジェイソンが深く頭を下げる。
これらの話は、アイザックが指示したものだ。
これならば、ジェイソンは「友人や被害者になり得る女性を心配して、少し先走った行動をしてしまった」というだけで済む。
そして、それは「友人を信じて経験を積ませようとする立派な姿」で帳消しにできるだろう。
それどころか「国を良くしようと模索する王太子の姿」を見せる事もできる。
結果的には、卒業式を無駄に騒がせただけなのだが、マイナスの印象は残さずに済むはずだ。
――アイザックは、パメラにジェイソンの暴走を止める姿を見せる事ができた。
――フレッドは、望み通りマークに更生のチャンスを与える事ができた。
――ジェイソンは、ニコル争奪戦で一歩リードする事ができた。
この件に関わった者達にとって、悪くはない結果となっていた。
大勢の前で「性犯罪者」呼ばわりされたマークと彼の親族以外は。
----------
ジェイソンが謝罪をしたあと、卒業生を見送った。
卒業式が終わり、さぁ解散というところで、アイザックはモーガン達のところに集まっていた。
フレッドやパメラ、アマンダなども集まっている。
エリアスはジェイソンを連れて、一足早く帰っていたのでいない。
きっと、お説教だろう。
「なんだかよくわからないが助かったよ。ありがとう」
フレッドがアイザックにお礼を言う。
「僕も女性を襲うような男は死罪にしてもいいと思ったんだけどね。とりあえず、フレッドが卒業するまではウィルメンテ侯爵領の田舎にでも送って、知り合いに会わないようにした方がいいかもしれないよ」
「俺も学校があるしな……。ちゃんと父上と話して決めるさ」
「もちろん、ウィルメンテ侯爵家が更生に失敗しないよう全面的な協力をさせていただきます。その点は安心していただきたい」
ウィルメンテ侯爵も、ジェイソンが出てくるような大事になるとは思っていなかったのだろう。
フレッドの頼みを聞いた事を後悔していた。
失敗すれば、ジェイソンとアイザックに睨まれてしまう。
言葉以上に、本気で更生させる事を誓う。
「あそこまで怒りを露わにされるところなんて初めて見ました。よく殿下の事を止められましたね。私でも説得できたかどうか……」
「少しばかり理を説いただけですよ。殿下は聡明なお方なので、すぐご理解いただけました」
アイザックは、パメラに「これくらいたいした事ではない」といった態度で答えた。
「俺ならジェイソンの考えも変えられる」と示せたのは大きいだろう。
好感度アップの音が、彼女から聞こえてきそうだ。
「でも、フレッドじゃあ、殿下も失敗しそうだと思ったのも仕方ないかもね」
アマンダが棘のある言葉で、ジェイソンの考えに賛同を示す。
フレッドが嫌いなので、仕方ないのかもしれない。
「だからこそ、やらせる必要があったんですよ。失敗しそうだからと、なにもやらせなかったら成長しない。フレッドがマークにチャンスを与えたように、フレッドにもチャンスを与える必要があったんです。今回はいい機会でした」
アイザックがフレッドを庇う。
まさか、こうして彼をフォローする事になるとは思わなかった。
「こんな風にお前が俺を助けてくれるなんて思ってもみなかった。……ありがとよ」
それは、フレッドの方も同じだったらしい。
ぎこちなく礼を述べる。
「どちらかというと、殿下のためだよ。これをきっかけに、フレッドとの関係が壊れてしまうかもしれない。マークのせいで、そんな事になるのは忍びないと思ったんだ」
「それでもだ。……俺はお前の事を勘違いしていたのかもしれない。ネイサンが殺された時からずっと……」
自分自身に関係のある事だと、心境の変化も大きいらしい。
アイザックがマークの処刑を止めた事で、アイザックの評価が変わったようだ。
「俺はお前にもチャンスを与えるべきだったのかもな。そこは反省しないといけない。お前がジェイソンを助けようとする気持ちがある事はよくわかった。これからはフレディと呼んでくれ」
どうやら、フレッドに認められたらしい。
和解の握手を求めて、右手を差し伸べてきた。
(そういうセリフは、ニコルに言ってくれ)
そう思うものの、アイザックも悪い気はしない。
しかし、人前で素直に握手するのも気恥ずかしいものがある。
つい、照れ隠しの行動を取ってしまう。
「わかりました、フレッドくん。僕の事はエンフィールド公と気軽に呼んでください」
「どこが気軽だ! 俺だって、結構勇気を出して言ってるんだぞ。茶化さないでくれ」
「冗談だよ、冗談。怒るなよ、フレディ。リード王国のため、共に頑張っていこう。フフフッ」
「そういうところがお前らしいというべきか……。フッ」
アイザックが笑うと、フレッドも軽く笑った。
周囲にいた者達は、若者の和解が済んだ事を優しい眼差しで見守っていた。
その中でも、ウィルメンテ侯爵は心の中で両手を高らかに掲げ、大きなガッツポーズを決めていた。
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