第六章 富国の時編

第126話 ドワーフ襲来

 ――ドワーフ襲来。


 その知らせを聞いた全員が驚いた。

 アイザックは呼ばれてもいないのに執務室へ向かう。

 執務室では、文官が慌ただしく部屋に出入りしていた。


「お父様、どうなっているんですか?」


 アイザックが執務室に入ると、クロードとブリジットもいた。

 ドワーフと付き合いの長いエルフの話を聞くためだろう。

 ランドルフはアイザックの登場に驚いた。


「アイザック、どうした?」

「どうしたもこうしたも、ドワーフが攻めてきたと聞いたら様子を聞きに来るに決まってるじゃないですか」

「あぁ、そうだな。……座りなさい」


 ランドルフは少し考えてから、アイザックの同席を許した。

 予想外の事態により、子供の知恵も借りたいくらいだったからだ。

 それに、アイザックは常識の枠を超えた考えをする。

「予想外の事態に、常識外の考えをぶつけるのもありだろう」と、ランドルフは考えていた。

 まるで取り扱いの難しい劇薬扱いである。


「それで、今の状況はどうなっているんですか?」

「今は早馬で二通目の報告書が届いたところだ。ドワーフの数はおよそ二十。第一報では攻め寄せてきたとあったが、実際に戦闘は行われていないらしい。だが、完全武装をしているので、どうなるかわからないそうだ」

「完全武装しているっていう事は、仲良しになりましょうってドワーフが握手を求めて来たわけではないんですね……。クロードさんやブリジットさんには、何か心当たりはないんですか?」


 去年は「アイザックの事が心配だ」と言って残っていたクロードも、マチアスの付き人をしていて疲れ切っていたのだろう。

 今年は村へ帰って休んでいた。

 ……いや、もしかしたら、人前で言えない愚痴をマチアスに言いに帰っていたのかもしれない。

 だが、一度は帰った以上、何か村で情報が入っているかもしれない。

 アイザックは期待を込めて尋ねてみる。

 しかし、二人は首を横に振る。


「その事を話していたんだが、本当にわからないんだ。なんで突然ドワーフ達が人間に接触を図ったのか……」

「去年も特にドワーフが人間に何かするって話は聞かなかったわね」


 エルフの村では何も噂を聞かなかったらしい。

 それだけに、今回の事は予想もできない出来事で、クロード達も驚いているようだ。


「ドワーフ達も人間と仲良くしようとしている……、ってことはないよね」

「ないとは言い切れないが『それならば、なぜ今になって?』という事が気になるな」


 アイザックの疑問にランドルフが答える。

 だが、それは答えになっていない。

 疑問が増えるだけだった。


 エルフと正式に条約を結んでから三年ほど経つ。

 人間と付き合う事を考えていたのなら、もっと早く接触してきていたはずだ。

 人間とエルフが仲良くやっているのを見て「自分達も」と思ったのなら、完全武装をしてこなくてもいい。

 誰か知り合いのエルフに仲介を頼めばいいだけだ。

 だが、何か理由があって戦争を仕掛けるつもりだったのなら、たった二十人ほどで来るのはおかしい。

 戦闘が行われていないというので、戦うつもりはないと思われる。


 何をしに来たのか判断する材料が無さすぎる。

 アイザック達は頭を悩ませるだけで、何も進展がない。

 追加の情報が欲しいところだった。

 しかし、採掘場から掘り出された岩塩の集積場があるアルスターまでは馬車で四日ほど。

 道が整備されたとはいえ、連絡を急いでも二日ほどかかる。

 すぐに状況を知りたいのに、今の状況を知る事ができない。

 電話や無線がない事の不便さを、アイザックは嫌というほど実感させられる。


「とりあえず、詳しい情報が入ってくるまで様子を見た方がいいんじゃない?」

「ブリジットの言う通りだ。いきなり軍を動員するという過剰反応は避けた方がいい気がするな」


 アイザックが来るまでに、軍を集めるという話もあったのだろう。

 クロードが軍を集める事に反対する。

 その事をアイザックが怪しむ。


(人間が意外と豊かそうに見えるから、ドワーフと手を組んで国土を奪い取るとか……。いや、そこまではしないか)


 一瞬不穏な考えが思い浮かんだが、すぐにそれを否定する。

 ブリジットはともかく、クロード達大人はあまり欲がない。

 そして、若いブリジットは腹芸ができるタイプではないので、何かを企んでいたら態度に出るはずだった。


 そもそも、この考えには大きな穴がある。

 エルフと違って、ドワーフは自分達で物を作る事ができる。

 エルフが人間の国に攻め込むのならともかく、肝心のドワーフが人間の国土に興味を持つかどうかがわからない。

 もちろん、ドワーフに気を取られている時に、エルフが襲い掛かってくるという作戦かもしれない。

 だが、陽動作戦にしては、やはり数が少なすぎる。

 ブリジットの言う通り、様子を見るのが一番のようだ。


「お爺様に連絡を出しましたか?」

「いや、まだだ。ドワーフと接触したが、戦闘か交渉かハッキリしない。アルスターのマクスウェル子爵にどんな目的で来訪したのか確認してほしいと早馬を送ったから、報告が来てから第一報を送るつもりだ」


 戦闘が始まっていれば“戦闘が始まった”と報告を送る事ができる。

 しかし「ドワーフが来た」というだけでは、報告を送れない。

「何をしに来たんだ?」と聞き返されるだけだ。

 報告するにも、最低限の内容が必要である。

 今はまだ、何もできなかった。


「まぁ、ある程度はあちらで聞き出してくれているとは思う。マクスウェル子爵が出した早馬の到着待ちというところだな」

「もどかしいですね……」


 ブリジットと出会った時は、平和な出会い方をした。

 だが、ドワーフはあまり好意的ではなさそうだ。

 どんな理由で来たのかが気になって仕方がなかった。



 ----------



 早馬が到着したのは、夕食前だった。

 まだ執務室に残っていたアイザック達だけではなく、文官達もランドルフが手紙を読み終わるのをジッと待っていた。


「マクスウェル子爵がドワーフ達から話を聞き出してくれたようだ。彼らは『最初にエルフと取引を始めた奴に話があるから連れてこい』と要求しているらしい」


 ランドルフはアイザックを見つめる。

 いや、ランドルフだけではない。

 この部屋にいた者全ての視線がアイザックに集中していた。


「えっ、僕ですか?」

「他に誰がいる?」


 みんなに見られて落ち着かない気分になる。

 そんなアイザックに、クロードが的確な指摘をした。


「いやまぁ、そうですけど……。取引を始めただけなら現地に住んでいる人が最初ですし、交流を再開したあとはお爺様が責任者かなーと」

「そうは思うけど、この場合はアイザックと話したいんだと思うよ」


 ランドルフの考えはもっともなものだ。

 しかし、この場合は間違っていた。


 彼らも厳密に「最初に取引した者がどこの誰かを特定して連れてこい」と言っているわけではない。

 ドワーフ達が言いたかったのは、責任者出てこい・・・・・・・だった。

 それが言葉として上手く伝わらず、マクスウェル子爵は「最初にエルフと仲良くし始めた者」を求めていると言葉通りに受け取ってしまい、報告書にそのまま書いてしまった。

 受け取ったランドルフも、そのままの内容に受け取り、アイザックと話したいのだと思ってしまっていた。


「あんた、いつの間にかドワーフに何かしたの?」

「してないよ」

「本当は何かしたんじゃないの? 怒らないから言ってみなさいよ」

「会った事すらないのに何ができるというんですか?」


 ブリジットの言葉を、アイザックは即座に否定する。

 ドワーフとはまったく交流がない。

 ウォリック侯爵の時とは違い、アイザックのやった事がドワーフに影響を与えている可能性は非常に低いはずだった。


「何を話したいのか聞きたいところだけど、こちらから向かった方が良さそうだ。明日の朝早くから出発しよう。お二人にも是非来ていただきたい」

「もちろん同行させてもらう」

「ドワーフとの話し合いで、今の生活が滅茶苦茶になったりするのも嫌だしね。協力するわ」

「ありがとうございます」


 クロードとブリジットが話し合いへの同行に快諾してくれたので、ランドルフは胸を撫で下ろした。

 人間とドワーフの間に、エルフが入ってくれれば調停役を期待できる。


「アイザックも一緒に行ってもらうつもりだが、かまわないか?」

「もちろん、大丈夫です。何を言われるのかが不安ですが……」 


(本当に何の用で来たんだか……)


 ドワーフとの話し合い自体は大歓迎だ。

 仲良くなれれば、また一つ実績を積み上げる事ができる。

 しかし、ぶっつけ本番で上手く立ち回れるかはわからない。

 どうしても不安で仕方がなかった。

 そこにヒントを出してくれたのは、ブリジットとクロードだった。


「塩の山の近くに現れたっていうのなら、やっぱりザルツシュタットの人達かな?」

「あの付近の者ならそうだろう。そういえば、大使になってからしばらくドワーフと会ってないな」


 クロードが懐かしむように呟く。


(クロードがドワーフと会っていない……)


 その言葉で、アイザックは一つの仮定を立てる事ができた。


「そうか!」

「どうした? 何か思いついたのか?」


 ランドルフがアイザックに尋ねる。


「一つ確認しておきたいのですが、もしかしてモラーヌ村の方々もドワーフのところに塩を買いに行ったりしなくなっているのではありませんか?」

「近場で買えるところがあるからな。わざわざ片道十日前後も森の中を歩いて買いに行く者はいないだろう……。あぁ、そうか」


 クロードも、ドワーフが来た理由が想像できたようだ。


「長年の付き合いがあった客を人間に取られた。その事を不満に思って、文句の一言でも言ってやりたいとやってきたのではないでしょうか?」

「あー、なるほどね」


 納得したのはブリジットだけではない。

 周囲に居た者達も「それなら納得だ」という表情をする。

 ただ、部屋の中にいた秘書官のフランシスがイマイチ納得しきれないという顔をしていた。


「でも、それだけで完全武装して人間のところにやってきますか?」

「それは……。話してみないとわかりません」


 理由は想像できたが、彼の疑問に答えられるほどのものではない。


「彼らも二百年振りに人間と接触するので、用心のためではないでしょうか?」

「いやいや、エルフが上手く交流しているので『自分達も』と思っているのでは? そのために、最初の接触で力を誇示しようとしているのかもしれません」

「だが、友好を結ぼうとするのならそれは悪手ではないか?」

「しかし、二百年前の戦争の事を考えると――」


 最初にノーマンが意見を口にすると、他の者達も意見を出し始めた。

 こういう事態に様々な意見を述べる事も彼らの仕事だ。

 意見を出す事で、ランドルフが判断を下しやすくするためだった。

 しかしながら、彼らの意見はアイザックの意見と同様に仮定の域を超えるものではない。

 やはり、ドワーフと実際に会ってみなければどうしようもない。

 有力ないくつかの状況を想定して、それに対応する方法を考えて解散となった。


 解散後、夕食をとりながらアイザックは「自分なりにできる事をしよう」と思っていた。

 せっかくの機会だ。

 実績を作るというだけではなく、何か自分にとって旨味のある結果を出したい。

 最悪の場合でも「自分」ではなく「ウェルロッド侯爵家」に何らかの形で利益をもたらしたい。

 アイザックは、自分が何をすべきかを考えていた。

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