第82話 穏便な解決方法とは
「――というわけでございまして、ウェルロッド侯爵家に妹と甥を引き渡す事に致しました。陛下にはお手間を取らせてしまい誠に申し訳ございませんでした」
ルイスがエリアスに謝った。
彼は「法に背く事を陛下にさせてしまい、ずっと心苦しかった」という事を説明したところだ。
フィオナとマシューが反逆者の家族として裁かれるのは納得済みだとも言っていた。
エリアスの顔は渋いものだった。
そうなるのも当然だろう。
せっかく助けてやったのに、たった数日で引き渡すというのだ。
コケにされているように感じるのも仕方がない。
「陛下。私のような子供でも陛下の慈悲の心には感動しました。この者も罪の意識で苦しんでおり、その苦しみで十分罰を受けております。もう一度この者に慈悲を与えていただけませんか?」
アイザックもエリアスに頭を下げる。
もう面倒事はごめんだと思っている。
ここはルイスの肩を持って、早めに一件落着とする方が良い。
そのために自分の頭を下げ、エリアスの自尊心をくすぐってやる。
アイザックの行動は効果があったようだ。
エリアスの表情が幾分か和らいだ。
「ふむ。今回の被害者である者が言うのならば仕方ないな。慈悲を与えよう」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
アイザックが先に大きな声でお礼を言う。
それに釣られてルイスも礼を言った。
彼からすれば、なぜアイザックがお礼を言っているのか理解できないだろう。
「しかし、ルイス。せっかく助けてやったのに、こんな風にすぐに反故にされるとさすがに困るぞ。次はないと思え」
「ハッ、申し訳ございませんでした。正式なお詫びについては、また後日お伺い致します」
ルイスもエリアスにお詫びを届ける事を忘れていない。
その抜け目なさをもっと早く発揮していれば、妹達を助けるために使ってやれれば助かっていたはずだ。
やはり、
そのせいで周囲が見えなくなり、本来するべき配慮を忘れてしまった。
――ウィンザー侯爵に仲介を頼んで、国王であるエリアスに助命を懇願する。
そもそもアイザックに手出しをする気がなかったので、そういった順序を踏んでいれば守れていた。
これはルイスの手落ちである。
「陛下、当家の事でお騒がせして申し訳ございませんでした。これからウェルロッド侯爵家は陛下の信頼を取り戻すために誠心誠意尽力して参りたいと存じます」
「うむ、お前にはエルフとの友好に関して期待している。子供だからエルフも警戒せずに心を許すのだろう。またマチアス様を連れてきてほしいとは言わないが、過去のリード王国に関係する者を連れてきてくれると嬉しい」
エルフの話になって、ルイスの表情が固くなる。
アイザックがエルフ関連で信頼されていると思い知らされたからだ。
噂で知るのと、目の前で見るのとでは大違いである。
アイザックの言った「エルフ関連のお陰で処罰されない」という言葉に真実味が増す。
「はい。強引過ぎて嫌われないように気を付けながら、誘いをかけていくつもりです」
「そうしてくれ」
これで話は終わりだとエリアスが立ち上がる。
アイザック達も立ち上がり、部屋を出ていくエリアスを頭を下げながら見送った。
退出したのを確認するとルイスがほっとする。
一先ずは終わったと安心したのだろう。
だが、まだ完全に終わってはいない。
「それでは、面会の予約を取っていますので宰相閣下に会いに行きましょうか」
「えっ?」
ウィンザー侯爵と会う事までは想定しておらず、ルイスは戸惑う。
「今回の事で一番怒っていたのは宰相閣下です。その閣下に謝らずにどうするつもりですか?」
アイザックが「親切心で言ってやってるんだぞ」という態度を取る。
「そ、そうですね。会わせていただきます……」
ルイスもアイザックの言っている事はわかるが「お前がそんな態度をするのか?」と、どうしても思ってしまう。
親切心とは程遠い行為をされたばかりなので信用ができないのだ。
日頃の行いというものは大切である。
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ウィンザー侯爵との話自体はすぐに終わった。
ルイスが謝罪し、ウィンザー侯爵が謝罪を受け入れて注意を行う。
流れとしてはそれだけだった。
話が終わるまでは――
「閣下のお陰でスムーズに問題が解決しました。閣下がどんな方法を使っても良いとおっしゃってくだされなければ、もっと長引いていたでしょう。全て宰相閣下のお陰です。ありがとうございました」
最後の最後でアイザックがお礼を言った。
いや、それはお礼とは言わない。
さりげなくルイスの反感をウィンザー侯爵に向けようとしていた。
これにはウィンザー侯爵も苦笑いだ。
しかし、許可を出したのは事実。
否定できる言葉が出てこない。
「いやいや、どのような手段を使ったのかわからないが、
ウィンザー侯爵は許可を出した事を否定する代わりに、アイザックが一人で行ったと言うことで矛先を逸らそうとした。
彼としては暴力的な手段を推奨したわけではない。
――実行は許したが、暴力行為を指示した事はない。
そこだけは譲れない一線だった。
「いえいえ、閣下のような立派な後ろ盾があったからこそできた事です。僕一人の力ではありません」
「いやいや――」
「いえいえ――」
さりげなくお互いが責任をなすりつけようとする。
責任の所在を知らされようとしているルイスの方が居たたまれない気持ちになっていた。
――妹と甥を差し出して全てを丸く終わらせる。
本来なら妹と甥が処罰されるのは当然の事だった。
それを捻じ曲げた責任を追及される前に、ルイスはさっさと話を終わらせたいと思っていた。
このままではアイザックとウィンザー侯爵のとばっちりを受けて、責任を追及されたりするかもしれない。
ルイスは二人の話を終わらせるために割って入った。
「
どちらかの影響が強いと言うと角が立つ。
二人ともに「恐れ入った」とする事で、この場を収めようとした。
「……まぁ、いいだろう。今度はウェルロッド侯爵家を止めたりはしない。その事を覚えておけ」
「はい」
まるで狂犬のような扱いである。
その事に不満を感じたが、アイザック自身も今回の件に関しては野蛮過ぎたと感じている。
少しムッとしただけに留めた。
「よし、この件に関しては終わりだ。帰っていいぞ」
「今回は誠に申し訳ございませんでした」
ルイスが謝罪し立ち去ろうとする。
アイザックも挨拶をして立ち去ろうとしたが、ウィンザー侯爵に呼び止められた。
「アイザックは残るように。少し話がある」
「……はい」
このタイミングで呼び止められるのはあまり良くない感じがする。
妹と甥を失った事を悲しんでいるが、ルイスは安堵の表情を浮かべて出ていく。
アイザックはその姿を一瞬恨めしそうに見ると、ウィンザー侯爵の方に向き直る。
「さて、今回の件はよくやった。効果といい、解決までの速さといい文句なしだ」
「ありがとうございます」
アイザックは礼を言う。
しかし、これを言うためだけに残したのではないと、場の空気から感じ取っていた。
「だが、なんだあの方法は? 我々は貴族だぞ? 貧民街で徒党を組んでいるならず者ではないのだぞ!」
年寄りとは思えない鋭い眼光にアイザックは怯え竦む。
ウィンザー侯爵が元々纏っていた大物の気配に怒りが加わり、アイザックは背筋が凍るような思いをした。
「も、申し訳ございません」
「まだ十歳にもならぬ子供とはいえ、貴族の一員という事を忘れてもらっては困る。いいか? 法で許されているからといって、いきなり法の範囲内ギリギリの手段を取るな。まずは穏便な解決手段を取れ。今回は平民相手だったからいいものの、貴族間の争いだったら大問題だぞ!」
「ごもっともです。さすがに貴族相手にはやりません。それと、できれば後学のために穏便な方法を教えていただきたいのですが……」
アイザックの言葉にウィンザー侯爵は「信じられない」と目を丸くする。
「過激な方法はわかっても、穏便な方法がわからないとは……」
ウィンザー侯爵はめまいを感じてこめかみを押さえる。
あまりにも歪な知識だ。
「今回の場合は署名でも集めて、奴に見せれば終わったはずだ」
「署名ですか?」
アイザックには全く理解できない事だった。
「今回の件に不満を持っています」という者の署名を集めても意味などなかったはずだ。
「陛下の許しを得ている」と突っぱねられるだけだ。
しかし、ウィンザー侯爵の考えは違った。
「署名を集め『引き渡さなければ、今後一切カーマイン商会を利用しない。ライバル店に客が流れる』と言えば済んだ話だ。上位貴族の署名を集めれば、それは実質的に傘下の貴族も署名したのと同じ事。自然とその貴族と取引のある商人達もカーマイン商会を使わなくなるはずだ。全ての貴族が店を使わず、ライバル店が急成長する危機となる。そうなれば、商人である以上は損得を考えて折れたはずだ。暴力など必要なかった」
「あぁ、なるほど」
アイザックは納得した。
ウィンザー侯爵が言ったのは、今回使った「暴力」という脅迫手段を「貴族の連名」に変えただけ。
宰相直々の命令という事もあり、王党派の貴族もすんなりと署名してくれたはずだ。
貴族の持つ権力や財力を盾に、圧力を掛けて折れさせるのが穏便な方法なのだろう。
アイザックにしてみれば、それはそれであまり穏便ではないように思えたが。
しかし――
血が流れるか、流れないか。
――その差が非常に大きいのだろう。
「合法だからといって、法の範囲内ならなんでもやっていいわけではない」というのは、その事なのだろう。
貴族だからこそ、手段を選べと言われている。
「そういう事でしたら教えてくださってもよかったのに……」
「普通は気付く。ウェルロッド侯とは相談しなかったのか?」
「いや、その……。僕が曽爺様のようになって、誰にもウェルロッド侯爵家に手出しさせなくすると言ったので……」
ウィンザー侯爵の目が鋭い物から、困惑した物へと変わった。
「その年で……。いや、血筋か……。今回の事は遠からず貴族社会に広まる。手段を選ばず報復されるとなると、どの家もウェルロッド侯爵家には手出しせんだろう。そういった意味では成功だったな」
ウィンザー侯爵は深い溜息を吐いた。
彼も先代当主であるジュードの事をよく知っている。
同じ貴族派として若い世代が育っているのは頼もしくあり、恐ろしくもある。
貴族派筆頭として、いつかはアイザックをコントロールせねばならない時が来るだろう。
「その時は苦労しそうだ」という溜息だった。
「いいか、覚えておけ。まずは話し合いによる穏便な解決を図る。これは貴族かどうかという以前に人としての常識だ。忘れるなよ」
「……はい」
「人としての常識がない」とまで言われては、一仕事やり遂げた達成感も消え去ってしまう。
結果を求め過ぎて少しやり過ぎたと、アイザックは反省する。
「あとの事はウィルメンテ侯と私が話をしておく。もう帰ってよい」
「はい、失礼致します」
アイザックは素直に言われるがまま部屋を出ていく。
本当は「パメラは最近どんな様子ですか?」と聞きたいところだったが、それはできない。
パメラへの執着を表す事で、何か警戒されるかもしれない。
今はまだ、パメラへの思いは胸に秘めておく段階だった。
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屋敷に帰る途中。
馬車の中でアイザックはノーマンに声を掛ける。
「ねぇ、ノーマン」
「なんでしょうか?」
カーマイン商会の一件に関わって以来、ノーマンはアイザックの行動に理解を示すと共に、少し距離を感じるようになった。
致命的な決裂を迎える前に、彼に一つの決断を迫っておく必要があった。
「前に忠誠はウェルロッド侯爵家にあるって言ってたよね」
「はい、今も変わりません」
ノーマンは堂々と言い放った。
だが、その答えはアイザックの求めたものではない。
「これからは、ウェルロッド侯爵家にではなくアイザック・ウェルロッドに忠誠を誓えるかな?」
「それはどういう事でしょうか?」
ノーマンにしてみれば、ウェルロッド侯爵家に忠誠を誓うという事はアイザックにも忠誠を誓っているのと同じ事。
アイザックが何を求めているのかがわからなかった。
「これから僕が曽爺様を目指すっていうのは聞いていたよね? けど、僕は当主じゃない。なんでもかんでも好き勝手やっていいわけじゃないんだ。けど、お爺様やお父様の意思に反する行動をしなくてはいけない時もある。そんな時、僕の指示に従う事ができる?」
「それは……。申し訳ありません。わかりません」
「そう、今すぐにとは言わない。どうするか考えておいて」
「ハッ」
(まぁ、即答するよりはマシか……)
ノーマンの返事は満足するものではなかったが、アイザックの顔色を窺って望む答えを言うイエスマンよりはマシだ。
考えもせずに「イエス」と答える奴など信用ならない。
正直に「わからない」と答えるだけ、誠実だという事だ。
ちゃんと考えて「アイザックに忠誠を誓う」という結果を出してくれれば、信頼できる部下になってくれるだろう。
ダメだったら、任せられる仕事だけ任せる。
重要な事に関しては、他の誰か頼れそうな者を探すだけだ。
アイザックは馬車の窓から街を眺める。
そして、考え事にふけり始めた。
今回の事件でアイザックは三つの利益を得る事ができた。
一つ目は貴族社会で自分の存在感を示す事ができたという事。
この国の貴族は基本的に「穏便な方法」というワンクッションを置くようだ。
いきなり過激な手段を使うアイザックは異質な存在であり、それは上手く使えば貴族社会で生き抜く武器となる。
きっと、アイザックを利用しようとする者も出てくるだろうから、付き合う相手には気を付けなくてはならないだろう。
だが、将来に備えて存在感をアピールできたのはプラスのはずだ。
二つ目はジュードの後継者になると宣言できた事だ。
今までは良い子ぶっていたせいで行動に制限があった。
しかし、これからは良い子ぶらなくてもいい分、行動の制限が緩くなる。
「曽爺様のようになるため」と説明すれば納得してくれるだろう。
将来に向けて動きやすくなった。
そして三つ目。
国王の命令でも、貴族が一丸となればひっくり返せるという事実。
これが一番大きい収穫だった。
アイザックは将来の反逆に自信を持てるようになった。
貴族のプライドを守り、大義名分を用意してやれば王にも逆らうだろう。
特にウィンザー侯爵家は、パメラの婚約破棄から処刑のコンボを食らう。
必ずアイザックの呼び掛けに応えてくれるはずだ。
あとはウォリック侯爵家と、いくつかの伯爵家に声を掛ければ勝てるという自信を持った。
王党派内部も上手くやれば切り崩せるかもしれない。
この件に関しては、何よりも大きな収穫だった。
ウィンザー侯爵は貴族の面子を守る事を考えた。
貴族の面子を守るという事は、ひいてはリード王国の安定を守るという事だからだ。
しかし、彼の行動は皮肉にもリード王国の未来に綻びを生じさせる結果となってしまう。
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