第80話 手段を選ばず

(ちくしょう! まさか、自分は使わないと決めた切り札を他の奴が使うとは思ってなかった!)


 今、アイザックはモーガンのために王宮に用意された執務室にいる。

 外務大臣のために用意された部屋はなかなか立派な物だ。

 金や銀で装飾された家具は軽薄さを感じさせず、逆に国家の重鎮としての重みを感じさせる。

 だが、そんな素晴らしい調度品もアイザックの目に入らない。

 モーガンが部下に説明している間、緊張して乾いた喉をノーマンが用意した紅茶で潤し、今後について考えていた。


(方法は……、ある。けど、俺が思いつく方法っていうと、スマートに解決する方法が思い浮かばない。さすがにこの方法はなぁ……)


 アイザックは方法自体は思いついていた。

 しかし、それを実行するとなると別だ。

 今考えている方法を実行すると、きっとまたモーガンに泣かれるだろうという事は容易に想像できた。

 せっかく家族仲が修復されつつあるのに、それをぶち壊すような方法は取りたくない。

 とはいえ、穏便な済ませ方が思いつかないとどうしようもない。


「アイザック、何か良い方法は思いついたか?」


 説明し終えたモーガンがアイザックに尋ねた。

 話を振られても困るところだ。


「一応は……。お爺様は何かいい意見がありますか?」


 モーガンはアイザックの反応を不思議がった。

 だが、歯切れの悪さから、なんとなくアイザックが口ごもる理由があるのだと察した。


「商人が相手だからな。金による解決が無難ではないかと思うが……。その場合、いくら吹っかけられるかわからん」

「誠意を見せろと言われて、金額を引き上げられた挙句にやっぱりなしと言われる可能性もありますもんね」

「そうだな……」


 金で解決する場合は、相手が明確で常識的な金額を提示した場合に限る。

 そうでなければ、おちょくられて終わりになってしまう。


「どうせお金を使うなら、みんなに使いたいですもんね」


 この場にはノーマンやベンジャミンといった見知った顔だけではなく、外務官僚としてモーガンの下に配置された者もいる。

「ルイスのために使うのなら、彼らのために使いたい」というのはアイザックの本音だ。

 いい意見を言ってくれれば褒美を弾んでもいいと思っている。

 アイザックは意見を求めて、その場に居る者達を一瞥する。


「普通に考えれば、差し出すように圧力をかけるという方法ですが……。陛下の後ろ盾があるのでは厳しそうですね。地道に説得するしかないのでは?」

「カーマイン商会は王家御用達という事で多くの貴族も贔屓にしております。ウェルロッド侯爵家の人脈を使って、引き渡しを求める署名を集めてみてはどうでしょう?」


 ノーマンとベンジャミンが意見を言うが、気の長い意見だ。

 確かに期限は区切られていない。

 だが、期限がないからといって、いつまでもダラダラと引き延ばすわけにはいかない。


 ――いかにして素早く、そして上手くこの件を収められるか。


 それが周囲のアイザックに対する評価基準となる。

 できるだけ急がなくてはならない。


「そういえば、なんでデニスの女房子供が放置されていたんですか? 法律で家族は処刑になると決まっているのであれば、もっと早めに処置していても良かったのではないでしょうか?」


 アイザックがモーガンに尋ねた。

「まるで他人事のように……」と、モーガンは顔をしかめる。


「バーナードにはデニスを捕まえてこいと言っただけだったので、あの日は家族を捕らえてこなかった。その間にカーマイン商会に逃げ込まれたのだろうな。私はウィルメンテ侯の葬式に、新しいウィルメンテ侯の爵位継承祝い。その他、今回の騒動の後始末。そして、家族の事で心を痛めていて、それどころではなかった」

「ご、ごめんなさい……」


 自分の後始末をしてくれていたとは知らず、非難めいた事を言ってしまった。

 その事をアイザックは素直に謝った。


「かまわん。貴族では貴金属の関係で、ウォリック侯爵家と繋がりが深いはずだ。しかし、あそこは代替わりしたばかりだし、領内が落ち着いていないという事もある。こちらの手助けをする余裕などないだろうな。……そろそろ、アイザックの考えた方法を教えてくれないか?」


 他の人の意見をもっと聞いていたかったのに、とうとう話を振られてしまった。

 この事態にアイザックは必死に考えを巡らせる。


(話せば多分嫌われる……。けど、他に良い方法は思いつかない。……なら、この方法を使っても嫌われない環境を作ればいいんじゃないか?)


 ――逆転の発想。


 自分の意見を受け入れられないのなら、受け入れられる環境を作る。

 そうする事によって、今後の行動もやりやすくなるというメリットもある。

 幸い、受け入れられる下地作りは用意されていた。


「お爺様……」


 アイザックは正面に座るモーガンのもとへ向かい、首に抱き付いた。

 モーガンは戸惑いながらも、アイザックを抱き締める。


「どうした?」

「僕は曽爺様と同じ道を歩もうと思います」

「アイザック!?」


 突然のジュード化宣言にモーガンは驚いた。

 アイザックを抱き締める手が少し震える。


「なぜだ、なぜそんな事を?」

「曽爺様が生きている時は何も問題が起きなかったのですよね? だから、僕が曽爺様のようになって、誰にも何もさせないようにします」

「アイザック……」


 まさかの決意にモーガンの目が潤む。

 孫が父ジュードのようになってしまう事を悲しんでいるのか。

 それとも、無力な自分を悲しんでいるのか。


「僕が考えた方法は――」


 アイザックが考えた方法を説明し終わると、部屋の中は沈黙に包まれた。

 少なくとも子供が考えるようなやり方ではない。

 そして、それはジュードが使うようなやり方でもなかった。


「……確かにそのやり方は効果があるだろう。今後、他の貴族がウェルロッド侯爵家にむやみに手出しをしようなどと思ったりしないはずだ。だが、そのような力技は何度も使えんぞ?」

「わかっています。今回は宰相閣下の許可があるからこそ使う方法です。許された範囲を考えた結果、この方法が今後の事も含めて効果が高いと思いました」

「効果……、か……」


 人道がどうだとかよりも「効果」という言葉が先に出てきた事に、モーガンは苦笑を浮かべた。

 すでにジュードのような物の考え方をしている。

 これではそう遠くないうちに、アイザックは本当にジュードのようになってしまうかもしれない。

 頼もしくもあり、悲しくもある。


「城の中がわからないので、しばらくベンジャミンをお借りしてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、連れていけ」


 この計画には協力者がいる。

 その相手と会いに行くため、案内にベンジャミンを借りた。

 城の中で相手を探し求めてうろつくわけにはいかない。


 アイザックは最後の一押しをする。


「お爺様、僕の事を嫌うのは構いません。でも……、見捨てないでください」


 悲しい顔をして上目遣いをしながら、モーガンに頼み込む。

 こんな頼み方をされて断れる者などいない。


「もちろんだ。もう二度と家族を失うような悲しい思いはしたくはない」

「ありがとうございます。では、行ってきます」


(曽爺さんがいてくれて良かった。お陰で酷い方法を使っても、なんだか許される雰囲気があるからな)


 アイザックは安堵の笑みを残して部屋を出ていく。 

 曾祖父の悪名も、使いようによっては立派な武器だ。


 しかし、その一方。

 部屋に残ったモーガンは苦悩していた。


「クソッ、あんな子供に背負わせねばならないとは……。何がウェルロッド侯爵家、三代の法則だ! 保護者が頼りないから、子供が自立するというだけではないか!」


 モーガンはテーブルに拳を叩きつける。

 今までウェルロッド侯爵家が平穏だったのは、恐怖を振りまいていた父のおかげ。

 その父の影響が薄れていったと共に問題が表面化してきた。

 孫すら助けてやれない己の不甲斐なさに怒りを抑えきれなかった。



 ----------



 城の一室。

 そこにはウィンザー侯爵、ウィルメンテ侯爵、クーパー伯爵の三人が集まっていた。

 主に先ほどの王の振る舞いについて話すためだ。

 ウィンザー侯爵は貴族派筆頭、ウィルメンテ侯爵も代替わりしたばかりとはいえ王党派の筆頭。

 そして、クーパー伯爵は中立派筆頭である。


 クーパー伯爵は筆頭とはいえ、率先して人を率いるタイプではない。

 どちらかというと、官僚として仕事を粛々と進めるタイプだった。

 だが、中立派には領地を持たない宮廷貴族が多い。

 法務大臣として出世しており、他に率先してリーダーになろうとする者がいないので、クーパー伯爵がなんとなく代表のようになっている。

 話し合いも佳境に入った頃、彼が不満を呟く。


「陛下は法を何と考えておられるのか。王が法を守るから下々の者も法を守る。上が法を守らない姿を見れば、下々の者達も法を守らなくてもいいと思いこんで混乱を引き起こしてしまう事になるというのに……」


 法や規則の範囲内で仕事をする官僚出身だからか、法から逸脱するエリアスに不満があるようだ。

 しかし、あくまでもそれは王の身辺を心配しての事。

「さっさと代替わりでもしろ」というような類の不満ではない。


「陛下の優しさはよくわかっていたはず。ただ、去年と今年で二回も続いています。三度目を起こさないよう、我々が陛下を守っていかなければならないでしょう」


 今のはフィリップ・ウィルメンテ侯爵だ。

 まだ爵位を継承したばかりだが、派閥の長として他の者とやり合わなくてはならない。


「まぁ、私は平民が二度と馬鹿な行いを考えなくなるでしょうから心配してませんがね。ウィンザー侯も大変な相手に任せましたね。しかも、全権を与えてしまいました」


 ウィルメンテ侯爵に話を振られたウィンザー侯爵は眉をひそめる。


「確かに頭が良いと聞いているし、エルフ関連の事もよくやっているとは思う。だが、まだ子供だ。今頃はウェルロッド侯に泣きついているであろう。心配する必要などない」


 その言葉を聞いてウィルメンテ侯爵は、両手の手のひらを上に向けて肩をすくめる。


「案外、泣きつきたくなるのはウィンザー侯かもしれませんよ」


 彼はクスクスと笑う。

 今回は完全な他人事なだけに、気楽な第三者の立場で様子を見るつもりだった。

 ウィンザー侯爵は不愉快そうな顔を一瞬浮かべ、平静に戻る。


「その時はウィルメンテ侯の胸を借りて泣くとしよう」


 そう言い残して、ウィンザー侯爵は立ち上がって部屋を出ていこうとした。

 すでに話し合いは終わっている。

 不毛な言い合いになる前に、さっさと切り上げる方が良いと経験で感じているからだ。

 しかし、今回は切り上げる事ができなかった。

 部屋の外でアイザックが待っていたせいだ。


「どうした? 泣き言を言いに来たのか?」


 ウィンザー侯爵がそう思ったのも仕方ない。

 答えを出すには早すぎる。

 だが、アイザックは首を横に振った。


「いいえ、ウィルメンテ侯に手助けをお願いに来ました」

「ウィルメンテ侯に?」

「はい。人事異動の季節までは前ウィルメンテ侯の後を引継いで軍の全権をお持ちですよね?」


 一悶着のあった相手に頼みがあるという。

 しかも、軍に関係する事らしい。

 その事に彼は興味を覚えた。


「私が聞いても問題ない事か?」

「はい。宰相閣下にもできれば聞いていただきたいお願いがありますから」


 ニッコリとアイザックは笑う。

 それを見て「どうせ子供の浅知恵だろう」とウィンザー侯爵は高を括った。


「では、一緒に聞かせてもらおう」


 ウィンザー侯爵はアイザックを部屋の中に招き入れる。

 すると、アイザックはクーパー伯爵を見て喜んだ。


「クーパー伯もおられたのですね! ちょうど良かった。法律の専門家の意見もお聞きしたかったんです!」


 ウィルメンテ侯爵に会いに来たら、必要な人物が全員揃っていた。

 手間が省けたと喜び、アイザックは説明を始める。


 話は10分ほどで終わった。

 アイザックが出ていった後、難しい顔をした三人だけが部屋に残されていた。


「普通、法律上は問題がないからってあんな事を実行しようと考えますか?」


 クーパー伯爵が頭を掻きむしりながら苦々しく呟いた。

 確かに宰相の許可を得ている。

 その許可を使い、臨時とはいえ軍を任されているウィルメンテ侯爵経由で衛兵を使う。

 そして、その先の行動も法律上は問題がない。

 貴族に手出しをした平民を守る法などないからだ。

 しかし、法の悪用ともいえるやり方にクーパー伯爵は納得できなかった。


「確かにな。しかし、あんなやり方で出された命令を達成しようとするとは……」


 どう考えても貴族的・・・とはいえない粗暴なやり方に、ウィンザー侯爵は困惑する。

 基本的には、交渉によって解決をしようとするジュードの方が平和的に思える。

 現在の状況をフル活用し、徹底的な恐怖を与えようとするアイザックのやり方に、ウィンザー侯爵まで恐怖を覚えた。


「私の胸を使いますか?」


 ウィルメンテ侯爵が服の胸元を摘まみ上げ、ウィンザー侯爵に尋ねる。

 それに対する返答は、苦虫を噛み潰したような表情だけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る