第66話 ニコルという不安材料
アイザックが八歳になった年の年末から年始にかけて、イベントは盛り沢山だった。
協定記念日は
その時、酔っぱらったマチアスが国王であるエリアスに無礼を働きかけたが、すかさずクロードが止めに入ったそうだ。
モーガン達は大変肝を冷やしたと聞いている。
年が明けてからもマチアスがやらかした。
十歳になった子供達が、王宮で開かれる十歳式から帰ってきた時の事だ。
ウェルロッド侯爵邸で開かれる屋外パーティーで、傘下の貴族達の子供に長々と話をした。
周囲の者もいつ止めていいのかわからず、一部の子供がめまいで倒れるまで続けられた。
すぐさまクロードが魔法で治療したが、めでたい席が微妙な空気になったらしい。
ノーマンも婚約者と正式に結婚した。
相手はウェルロッド侯爵家傘下の政務官の娘。
……と聞けば良いところの娘さんかと思うが、前世で言う部長クラスの娘だ。
当主の側近であるベンジャミンの息子としては、格落ち感を拭えない。
だが、当人同士も愛し合っているようだし、双方の親も良好な関係みたいなので問題はないのだろう。
アイザックは結婚祝いとして現金とお菓子、それと花束を贈っておいた。
子供とはいえ、直接の上司としてやっておく事はやっておかねばならない。
たとえ、出席していなくとも。
そう、アイザックはどれも出席していない。
年末年始の催し物は基本的に大人のパーティー。
去年は特例で呼んでくれたが、二年続けてというのは許されなかった。
十歳式もそうだ。
ウェルロッド家の屋敷にある無駄に広い庭でパーティーが開かれるが、十歳未満で出席できるのは出席者の兄弟だけ。
庭から聞こえるマチアスの声を「なんか話が長いな」と自分の部屋で聞いていただけだ。
ノーマンの結婚式は出席できるかもしれないと思っていた。
だが、こちらも却下された。
配下が目上の者の結婚式に出席して祝うのは構わない。
だが、目上の者が配下の結婚式に出席するのは許されないらしい。
「出席したら、みんな気を使うじゃないか」
ランドルフにそう説明されて、アイザックも合点がいく。
せっかくの結婚式だ。
友達に祝われて馬鹿騒ぎしようとしているところ、目上の者に見られていても騒げるだろうか。
その場では許されても、目上の者の心証を著しく損なう可能性が高い。
新郎新婦は自制して、湿っぽい結婚式となるはずだ。
それを避けるために、よほど仲の良い相手でもない限り出席を避けるのがマナーとなっているらしい。
アイザックも無理をしてまで嫌な思いをさせたくない。
出席は控えて、祝いの品と言葉を贈るだけ。
結婚休暇に入る前に、ノーマンが妻のハンナと共に挨拶に来るまで会うのは控えていた。
人を祝うだけなのに、立場というものが邪魔をする。
前世とは違い、偉い立場に生まれたという事をこういう時に実感する。
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(それにしても、子供ってつまんねぇ……)
アイザックがそう思うのも仕方が無い。
年末年始は基本的に大人のための社交パーティーばかり。
テレビやゲーム機が無く、お年玉という文化もない世界だ。
楽しみが何もない。
年末年始は、本を読むかパトリックと遊ぶかくらいしかやる事がなかった。
普通の子供は友達と遊ぶらしいのだが、アイザックは友達がいない。
ちゃんと両親に話せば護衛付きで出掛けられるのだが、行ってみたいと思う場所も無い。
せいぜいが、お菓子屋が繁盛しているかどうかを、店の前を馬車で通り掛かって確認するくらいだった。
前世で寺巡りや城巡りの趣味でもあれば良かったのだが、まったく興味がなかったので、今回も市内見物に出かける気にはならなかった。
こういう時――
(このまま大きくなって大丈夫かな……)
――と、不安になってしまう。
アイザックには目指す目標がある。
だが、だからといって孤独な青春時代を送るのは辛い。
寝返らせた貴族の子供達をネイサンの友達のままにしてしまった事が悔やまれる。
とはいえ、ネイサン派の子供達が突然アイザックの遊び友達になったら、メリンダに何かあったのではないかと怪しまれてしまう。
メリンダ達を片付けるまでは、友達作りも我慢しなくてはならない。
来年の十歳式が来るのを待ち遠しく感じていた。
(だけど、ネイサンを排除したら、次は下剋上の準備があるんだよなぁ……)
アイザックは味方に付ける貴族の事を考え始める。
孤独を紛らわせるためでもあるが、必要な事でもあった。
まずは味方に付けるべき貴族に関して考える。
リード王国はおよそ八割が貴族の領地となっている。
リード王家 : 20%
四侯爵合計 : 50%
その他貴族 : 30%
簡単には数値化できないが、税収で大雑把に分ければこのような形だ。
王家の直轄地が少ないように思えるが、貴族の領地から得られた税収の一部は上納されるようになっている。
直接統治するのとは違い、統治にかかる費用がない分利益だけを手に入れられるので、王家の力は領地の広さよりも大きなものだった。
その王家を打倒するのなら、貴族を半分味方にするだけでは、まだまだ足りない。
ニコルに婚約者を奪われる被害者で、味方にできそうな領地持ちの家は二家。
――パメラのいるウィンザー侯爵家。
――ジュディスのランカスター伯爵家。
原作の展開を考えれば、味方にできると思えるのはこの二家だけだ。
あとは
だが、それで仮に半分を味方にできたとしても、まだまだ足りない。
ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家で約25%ほど。
その他の領地持ちである伯爵家などの貴族半分を味方にして15%。
合わせて40%程度しかない。
しかも、実際の王家との戦力差は数字以上に大きいはずだ。
突然の内戦で、まともに戦闘の用意ができていないとしても、相手は腐っても王家。
錦の御旗はあちらにある。
兵士達の動揺を考えると、60%以上は確保しておきたい。
確実性を考えれば、貴族全員分の80%だ。
だが、アイザックがどんなに上手く立ち回っても65%くらいが上限となる。
足りない約15%分はウィルメンテ侯爵家の分だ。
来年、メリンダとネイサンを排除する以上、ウィルメンテ侯爵家はアイザックの味方をしてくれないだろう。
むしろ、積極的に敵対すると思っていい。
ウィルメンテ侯爵家は味方の数に入れない方が良いだろう。
味方にできるかどうかで大きく変わるのが、ウォリック侯爵家だ。
ウォリック侯爵家令嬢であるアマンダは、ウィルメンテ侯爵家のフレッドをニコルに奪われる。
しかも、そのニコルはフレッドを逆ハーレム要員とするだけで、王子と結婚してしまう。
王家とウィルメンテ侯爵家に不満を持ち、寝返ってくれるかもしれない。
ここで問題になるのが、この世界の常識だ。
孫に甘い祖父の姿を知っているので、アマンダの祖父であるドナルドも孫可愛さで裏切ってくれると考えたい。
だが、ドナルドが「女は政略結婚の駒」と考えるタイプだったら望みは薄い。
乙女ゲームの世界とはいえ、女性に対する扱いはシビアなところがある。
貴族社会で「女は政略結婚の駒」と考えるのは一般的な事だ。
孫娘が婚約破棄されたからといっても、王家への忠誠心は揺らがないかもしれない。
敵に回る場合に備えて、内戦開始前にウィルメンテ侯爵家共々ウォリック侯爵家も戦えない状態にしておかねばならないだろう。
そうすれば、相手は王家とその他貴族を合わせて35%程度。
40%程度のこちらも互角に戦えるはずだ。
ここでアイザックはある事に気付き、戦慄が走る。
(そういえば、ニコルがハーレムエンドを目指す事を前提に考えているけど、違ったらどうする?)
ニコルがハーレムを築いてくれればいい。
だが「もしこの世界で生きるニコルが、誰一人攻略できないバッドエンド一直線のポンコツだったら?」と思うと、自分の思慮のなさを呪ってしまう。
今までネイサンの事ばかり考えていたせいで、ニコルの行動を考える事が疎かになってしまっていた。
(せめて、ジェイソンを攻略してくれればいいんだけど。じゃないと……)
ダミアンのような小物だけ攻略して満足されたりするのも困る。
アイザックの考えた下剋上計画は、ニコルがハーレムエンドを達成する事が前提だ。
最低でも王子を攻略してくれないと、ウィンザー侯爵家を誘って国を半分に割る事すらできない。
ただの一家臣で人生を終えなければならなくなってしまう。
もちろん、それは悪い事ではない。
それどころか、誰かが聞けば家臣として人生を終える事を勧めるだろう。
それでも、アイザックにはそのような人生を選ぶという選択肢はない。
生まれ変わったと知ってからは、前世とは違う生き方をすると決めた。
それに、今の彼はパメラを初めて見た時から、彼女の眩しさにやられて盲目となっている。
今は手探りで彼女を求めている状態だ。
彼女を手に入れるまで、立ち止まるつもりなどまったく無かった。
彼女がジェイソンと結婚するなど、考えるだけでおぞましい事だ。
(最悪の場合、考え得る最低の手段を使うしかないな……)
アイザックの考える最低の手段。
それは国外勢力に協力を求める事だ。
祖母のマーガレットは、東の隣国であるファーティル王国の西方に領地を持つソーニクロフト侯爵家の出身。
領地は、ちょうどリード王国と国境を接する位置にある。
リード王国とファーティル王国は同盟関係にあるので協力を頼めるか怪しいのが難点だが、エルフやドワーフといった異種族の力を借りられれば、彼らも力を貸してくれるかもしれない。
だが、これには問題がある。
「そもそも、エルフやドワーフが協力してくれるのか?」というのもそうだが、国外勢力の力を借りた場合、リード王国を掌握した後に問題が出てくる。
協力した見返りをかならず求められるはずだ。
そうなると――
リード王国の一部割譲。
――という形になりかねない。
内戦の場合はアイザックが国王、パメラを正妃とする事で、ウェルロッド侯爵家とウィンザー侯爵家の連携により、他の貴族から文句を付けさせずに国を丸ごと乗っ取る事ができる。
国王の首を挿げ替えるだけで済むのだ。
しかし、国外勢力の手を借りれば、働きに応じた分け前を渡さなくてはならない。
その分、自分の支配する地域が狭まり、権力が弱体化する。
危険を冒した甲斐が無くなってしまう悪手だ。
(願うべきは……。いや、願いじゃない。俺がやるべき事は、だ。……俺がやるべき事はニコルの支援。チョコレートの取り分を支払うくらいは誰かに知られてもいいだろう。だが、それ以上知られてはダメだ。ニコルが自分の意思で逆ハーレムを築いたのではなく、俺の意向だったなどと思われないようにしなくてはいけない。俺が婚約破棄を仕組んだと思われたら、パメラに嫌われてしまうからな)
ニコルに手を貸すのならば、全てを秘密裏に片付けなければならない。
それは、誰かに気付かれてもいい場合に比べ、難易度が格段に上がるという事だ。
(いいさ、やってやる。俺は全てを手に入れる。その望みが綺麗事だけで片付けられないという事もわかっている。汚い方法でも、なんでもやってやる)
ネイサンを排除した後は、やり方を変えて味方を増やす事を優先する。
ウィルメンテ侯爵家とウォリック侯爵家を半身不随にして、敵対できないようにする。
そうした行動をしなくてはならない。
そして、何よりも難しい問題。
――ニコルをジェイソン攻略に向かわさせて、それを成功させる。
これは王立学院に入ってからニコルの動向を見てみないと何とも言えない。
だが、最悪の場合を考えて王子攻略の手助けの用意をしておく必要がある。
非常に難しい事だが、やっておかねばならない事だ。
(こういう時、紙に書いておけないのが辛いな……)
紙に箇条書きでやらねばならない事を書き、考えをまとめたいところだった。
しかし、そんな物を書き残して誰かに見られたりしたら大問題だ。
残念ながら子供なので、火を自由に使えなかった。
証拠を消すために紙を燃やす事すらできない。
もっと大きくなるまでは、我慢するしかないだろう。
早く大きくなりたいが、それでは将来に備えての準備期間が足りなくなる。
何とも言えないもどかしい思いをしながら、今日も一日が過ぎていく。
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