第二十五話 熱っぽい吐息①


「おはよ、透」


「うっす伊織」


 軽い挨拶を交わし、席に座る。


「今日は二人と一緒じゃないんだね?」


「いつも一緒みたいな言い方やめろ。一回も一緒に登校したことねぇーよ」


「相変わらず、ツッコみが冴えわたってるねー。……俺と二人で、漫才できるんじゃ……」


「それはこっちからお断りだよ」


「ははっ、俺に対する冷たさも相変わらずってか」


 妙にテンプレじみた、テンポのいい無意識下の会話を終え。


 その後も適当に世間話に花を咲かせていると、始業のチャイムが鳴り響いた。


 これから授業だと思うと気が乗らず、あくびをかましていると担任教師も又気だるげに教室に入ってきた。


「お前らー席につけー」


 それにしても、この人のやる気のなさと言ったら、もう他の教師を圧倒している。


 だけど授業はわかりやすいし、必要最低限のことをスピーディーに伝えてくれるので俺は好きだったりする。


 キョロキョロと欠席確認をしていると「あっ」と何かを思い出したのか声を上げた。


「そういえば、早坂は体調不良で休みだったな」


「「えっ」」


 声が重なる。


 俺の声と重なったのは、広瀬の声だった。


「お前らどしたー?」


「い、いや、なんでもないです」


 なんでもなくはない。


 だって俺たちは、早坂の体調不良を知らなかったのだから。


 こっそりとスマホを開き、グループチャットを確認するも、早坂からの連絡はない。


 あの真面目な性格を持った早坂なら、間違いなく連絡してくるはずなのに。


『松下:早坂、大丈夫か?』


 そう送るも、朝のホームルームが終わってもなお早坂からの返信は来ない。


 すぐに立ち上がって教室の外に出ると、広瀬も廊下に出た。


「友梨、体調悪いなんて言ってたかしら?」


「いや、言ってなかった」


「でもそういえば、友梨にしては起きるの遅かったような気がするわ」


「それに顔、ちょっと赤かったよな」


「……大丈夫かしら」


 いや、大丈夫なら学校に来ているはずだし、俺たちに連絡を入れているはず。


 つまり今、最も可能性が高いのは――早坂の体調が、かなり悪いこと。


 俺たちに連絡する余裕すら、ないのかもしれない。


「とりあえず、電話してみる」


「そうね。それがいいわ」


 広瀬の賛同も受け、素早く早坂に電話をかける。


「…………」


「…………」


 しかし、どれだけ待っても早坂が電話に出ることはなかった。


 廊下には冬の香りをかすかに含んだ冷気が流れているのに、頭皮にじんわりと汗が滲んでいく。


 さっき思い浮かんだ可能性が、より現実味を帯びていくのを感じる。


 どうしたらいいのか。


 その答えはもう出ていて、俺は拳をグッと握った。


「……すまん広瀬、ちょっと俺、早退するわ」


「え?」


 そうと決めたらすぐに体を動かし、教室からペラペラな鞄を持ってきて、飛び出した。


 そして走りながら、言い残すように広瀬に向かって、


「先生に俺が早退するって、言っといてくれ!」


 一方的に押し付けるように、俺はその場を後にした。





「……もう、変わってないわね、透は」


 

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