第52話 這い寄るヒモ・ニート

 結局ヘラスへと行く事になった。

 港から船を出して反対方向へ出港だ。


「行きは私が操縦しますよ。一度行ってだいたいわかっていますから」


 ちひはまわりの海水ごと加速させる例の魔法で高速度で船を走らせる。


「ちひはヘラスへ行った事はあるんだ」


「一回だけですね。最初にイロン村に来た時についでに寄りました。どっちに商品を出そうか考える為に」


 なるほど。

 ならば……浮かんだ疑問を口にしてみる。


「最初からヘラスに出した方が良かったんじゃないか。どう考えてもヘラスの方が人が多い分、売れる可能性も大きいだろ」


「そうなんですけれどね。ヘラスは一人で行きたい街じゃないんですよ。正直なところ雰囲気が良くなかったりもしましてね。


 学校がある場所や本屋、図書館辺りまではそう悪くはないんだろうと思います。でも街の西側、イロン村側の門のある一帯は私1人では行きたくないですね」


 1人では行きたくない、か。


「治安が悪いのか」


「日本や地球に比べると治安が悪いという事はないです。向こうも魔法で反撃される虞があるから暴力沙汰とかは起こせませんし。

 それに何かやったら即、警察に処分くらいますからね、この星オースでは」


 そうなのか。

 その辺詳しくなかったので知識魔法で確認してみる。


『事件・事故等が発生、あるいは発生しようとする場合で緊急を要する場合、それら事案を誰かが認知した時点で管轄の警察も認知する事になります。

 具体的には緊急事態認知魔法を起動中の管轄地区管制室勤務の係員が認知し、各部署に通知します。その上で遠隔強制魔法等により事案の収拾を図る事となります』


 110番する必要もなく即認知されるのか。

 その上で遠隔強制魔法なんて恐ろしい魔法を使われると。


 遠隔強制と言う事は警察官が出向く事もなしに始末が出来るのだろう。

 しかしこの魔法、危険すぎる気がする。

 悪用はされないだろうか。


『遠隔強制魔法:複数人分の魔力を特殊術式装置により増幅し、1人あるいは複数人に対し、行動を束縛あるいは行動を強制させる魔法。通常、術者は対象人の5割増し以上の人数を必要とする。また効果範囲は術式装置にもよるが、最大で500km前後にも及ぶ。


 なおこの特殊術式装置は通常、国家機関またはそれに準じる行政機関以外には所有を認められない。ヒラリアでは国軍、地方軍、国家警察、地方警察、その他取締を行う国等の機関で使用されている』


 つまりこの特殊術式装置を使えるのは公的機関だけ。

 それ以外で持っていれば犯罪者という訳か。

 納得だ。


 更に知識魔法で確認した結果、公的機関側でもこれを恣意的に運用できないよう、監査制度がついている模様。

 だからまあ、問題はないのだろう。


 しかし治安が悪いのでなければ何が理由なのだろう。


「ならどんな感じなんだ」


「めんどくさいのに絡まれるんですよ。彼女にならないかとか、結婚しようとか、一緒に仕事をしないかとか、この事業に投資しないかとか。


 前に私が戸籍に入った時、担当のお姉さんが言ってたじゃないですか。『戸籍の入出を利用して財産を不正取得する詐欺行為が多発しています』って。


 多分そういった連中です。開拓地に来たけれど、生計を立てる前に財産のほとんどを使ってしまって生活できない、だから人に寄生して生きていこうという奴。


 働き口が無い訳じゃないんですよ。基本的にヒラリアは何処も働き手が足りない状態です。支度金を出したり土地を無償提供したりしてまで移民を大々的に募集する位に。


 言葉がわかって身体が普通に動かせれば働く場所は幾らでもあります。知識魔法で確認してみれば一発です。何せ此処では身体強化魔法を使えますからね。物流も土木も建設も人間の手作業なんですから」


 どれどれ。

 そう思って知識魔法を起動してみる。

 まずはいつものイロン村での就労情報だ。


『就労については役場で仲介している。資格が無く魔法が使用出来ない移民でも可能な求人は現在31件。苗木運搬、家畜運搬、農園作業、牧場作業等。条件はいずれも共通語での日常会話が可能な事、勤務に支障ない健康状態である事』


 次いでヘラスでの就労情報も調べてみよう。


『就労については役場の就労相談センターで仲介している。資格が無く魔法が使用出来ない移民でも可能な求人は現在131件。苗木運搬、家畜運搬、農園作業、牧場作業等。条件はいずれも共通語での日常会話が可能な事、勤務に支障ない健康状態である事』


 どちらも内容はほぼ同じだ。

 苗木や家畜などの生物はアイテムボックスを使えない。

 だから人による運搬が必要となる。

 農園や牧場は開拓が大々的に成功した人が募集しているのだろう。

 確かに仕事が無くて困るという事は無さそうだ。


「知識魔法が使えなくても役場で相談すれば仕事を紹介してくれます。身体が動いて言葉が話せれば他に資格が無くても問題無い。最低賃金だって保障されている。つまりその気になれば働けるし生活に困る事が無い。その筈なんです。


 つまり人に寄生しようとしているのは働く気の無い奴なんですよ。そんなのがわらわら寄ってきて『俺といいコトしようぜ』とか『結婚して下さい』とか。それで断ると酷い捨て台詞吐いたりとか。


 私一人で行った時とにかくそんなのがウザくて。それでさっさと帰ったんですよね。勿論公設市場には寄りましたけれど。

 帰り道、西門近くにはそんなのが多いから通りたくなくて、潮流が逆になるのに船を使った位です。1人ならMTBの方が圧倒的に速くて楽なんですけれどね」


 なるほど、確かにそれは近づきたくない。

 何だかなと思う。


「でも私も似たようなものですね。日本人が通りそうな場所を見張っていて、そうして和樹さんを見つけて養ってくれと言ったようなものですから」


 いや美愛、それは違う。


「美愛はあの時、本当に働くつもりだっただろ。あそこにいたのも言葉が通じなかったから仕方なくそうしただけで」


「でも結局は同じですよね」


「かなり違うな。あの時共通語を話せるなら美愛だったら普通に働き口を探しただろうし」


 その辺明らかに違う。 

 でも上手く説明できない。

 どう言おうかなと思ったところでちひが口を開いた。


「私はその時いなかったけれど美愛ちゃんその時、必死だったんでしょ。結愛ちゃんもいるし、とにかく何とかしなければならないと思って。


 だって美愛ちゃん、人に頼るの苦手だよね。多分頼れる人がいない環境にいたからじゃないかと思うけれど。それでもそうやって無理にでも頼み込もうとしたのはそれしか方法が無かったから、そして結愛ちゃんがいたからだよね、きっと」


 そしてちひ、今度は僕の方を見る。 


「先輩もそうするしかないと判断したから一緒に暮らすことにしたんですよね。

 それに先輩も他の方法を思いつかなかった。そうじゃなきゃ生活設計が出来ていない段階で受け入れるなんて事はしないですよね。私の知っている先輩なら。

 だから美愛ちゃんがやった事は正解なんです」


 確かに僕も他に方法を思いつかなかった。

 他にいい方法があればそっちを選んでいた筈だ。

 ちひの言う通りだなと思う。


「私に言い寄ってきたような人達はそうじゃない。自分がやりたくない事から逃げているだけ。面倒な事は他人に押しつけて、それで何とかなると思っている。


 ただ、此処は21世紀初頭の日本ほど甘くないです、社会構造も一般の認識も。それに気づかないまま取り返しがつかない処まで行くんでしょうね。同情はしませんしする必要もないでしょうけれど」


 ちひが言っている事がどういう意味か、知識魔法を使えばすぐわかる。

 だから美愛もわかる筈だ。


 日本と同じでヒラリア共和国も『教育の義務、勤労の義務、納税の義務』がある。

 しかしヒラリアにおけるこれらの義務は法律に義務として記載されているだけではない。

 法と収容施設の整備、そして魔法によって実効力を持たされている。

 国営労務施設なんてものが犯罪者用の刑務労役所の他に存在して、そこに強制収容なんて事もある位に。

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