第50話 燻製器の完成

 おやつの後、そのままテーブルで作戦会議。


「一仕事終わったから燻製器を作ろうと思うんだけどさ。どのくらいの大きさのにすればいい?」


「内部の床面積が1畳くらいのものですね。それでうまくいくか試してみて、成功したら燻製室レベルの大きさのものを作ろうかと思っています。

 基本的には温燻予定ですが、その辺の温度調整は魔法で出来るからあまり問題ないですね」


 熱源はともかくとしてだ。


「1畳くらいって、大型の業務用以上だろ」


「大物を大量に吊るして作業するとなるとそのくらいの大きさは最低限必要かなって。干物の燻製も大量に作りたいですしね。そうなると、大きい事はいい事だって」


 気持ちはわからないでもない。


「その大きさだと、ただ土を盛るんじゃ強度が不安だな」


「ちょうどいい傾斜があれば登り窯風に作ってもいいんですけれどね。この家の周りはわりと平坦だから無理ですね。

 中の棚用に金網は用意してあります。日本から買ってきて。これです」


 ちひは学校の学習机より大きそうな金網を3枚取り出す。


「これ3枚でちょうど1畳ですよ」


 これも既に日本にいた時から計画済という訳か。


「とりあえずこの前増築したのと同じ方法で作ってみるか。ヘイゴの丸太で柱をたてて、ひごと壁土で壁にして。屋根も家と同じようにヘイゴのひごと草や枝で葺いた形。扉部分は蝶番が無いから板で斜めに蓋する形で。あと上と下には空気穴もいるんだっけか」


 設計図というか概念図を描いて、そして作業開始だ。


 場所は家の前、屋外作業場の隣。

 除草して整地し場所を確保。

 金網のサイズを基本に柱を立て、ヘイゴの幹を割って作ったひごを組んで面を作り、柱の間に固定し、以前使った壁土の余りで塗っていく。


「先輩って何気に器用ですよね」


「この前の増築で慣れた」


「私も手伝ったんですけれどね」


 なんやかんや言ってもこの前散々やった作業だ。

 魔法で加熱、乾燥、穴開けが自在に出来るなんてのもある。

 1時間ちょっとでそれらしい物が完成した。


「やっぱり壁と屋根のせいで燻製器には見えませんね」


「この辺で安く手に入る材料を使う以上、仕方ないな」


 確かに南国の民家か物置という感じだ。


「まあそれはそれとして、早速試運転ですよ」


 ちひはそう言うと網を取り出し、脂を塗り始める。


「燻製のチップとか燻製にするものとかはもう準備済みなのか」


「当然ですよ。とりあえずはさつま揚げプレーンとイルケウスのサラダチキン風、サイパ一夜干し風にレジペイドの干物、トリアキス半身生干しですね」


 準備万端だなと思って思い出す。

 ちひは元々そういう奴だった。


 それぞれを吊るしたり金網の上に置いたりした後。

 ちひは金属製の皿のようなものにいかにもというチップを出した後、燻製器の下のスペースに入れる。

 何か魔法を起動して扉と言うか蓋を閉め、上の空気口を少し空けた。


「そのチップも日本で買って来たのか?」


「これはこっちで作ったものですよ。私の土地に生えているグローラを魔法で叩き潰してチップ化しました。私の予想ではちょっとレモングラスに似た癖のある香りに仕上がる予定ですけれどね」


 グローラか、でもちょっと待てよ。


「グローラって軽く毒なかったけか」


「生の葉や実を大量に食べたら駄目という程度ですよ。まあ出来上がった燻製は一応検定しますけれどね。これでも市場実用検定魔法、食品部門の2級まで資格取りましたし」


 おっと。


「いつの間に取ったんだ」


「ここに来る直前ですよ。自分で商品開発するなら持っていた方が便利ですしね」


 市場実用検定魔法とは市場で商品を判定する時に使う魔法だ。

 オリジナル魔法の一種だが資格として試験も存在するし、勉強する為の教本も出ている。


「いいな。あとで教本貸してくれ。勉強する」


「先輩が必要なら私が魔法で調べるから問題ないですよ」


「まあそうだけれどさ」


 自分で食べて大丈夫か判断するのにも使えるし、持っていると便利だと思う。

 それに資格取得に挑戦するのもまた一つの娯楽だ。


 上の通気口から煙がうっすら出て来た。


「さて、これで放っておけば燻製は完成です。ある程度寝かせた方がいいので明日朝まで放っておきましょう」


「腐ったりしないのか」


「燻製終了後は取り出すまで保冷するように魔法を構築しましたからね。問題ないですよ」


 なるほど。


「よく考えてあるな」


「他にも燻製して冷まして水分移動させてを繰り返す荒節製造魔法なんてのも構築済みです。うまく出来れば先輩の麹菌を借りて黴付けして本節っぽく仕上げるのも試す予定です。

 あとはアルカイカも燻製材にならないか試してみたいですね。脂が多そうなので一度水蒸気で洗浄した後、乾燥させてから試せばいいかななんて」


 確かにそうやれば脂やススは気にならないかもしれない。


「楽しそうだな。そうやって色々試すのも」


「そりゃそうですよ。折角異世界に移住なんてしたんですから楽しまないと。という訳でこれから夕方までは船で釣りですよ。鰹節もどきを作るならそれなりの魚が必要ですから。

 美愛ちゃんと結愛ちゃんに声をかけて、海に出ますよ」


 おいおい。

 でもまあいいかとも思う。

 船での釣りは確かに楽しいから。

 気候的にも海にちょうどいい感じだし、結愛も喜ぶだろうし。


 ◇◇◇


 偵察魔法を使えれば魚群レーダーを持っているのと事実上同じ。

 そしてこの世界の魚は割と不用心というか、いる場所に餌を落とせばほぼ確実に釣れる。


 そして今回は新たな種類の魚が釣れた。

 全長60cm位で形はスコンバよりやや太く、鱗以外はカツオに似た感じの魚だ。

 群れでいたので合計17本も上がった。

 勿論知識魔法で確認だ。


『ハビタ 浅海域に生息。全長1メートル程度まで育つ。硬骨魚でスコンバと近い種。身はスコンバと異なり赤身が強い。食べられるがスコンバより傷みやすい』


「大きい!」


「いい感じの魚ですよね。まるで鰹節を作れといっているような感じです」


「美味しそうですよね」


 その後ちひの土地に行って、簀立て漁や定置網を仕掛ける作業もした。


「これで明日、ガンと捕りますよ」


 結愛が素早く反応する。


「私もやりたい」


「それじゃ結愛ちゃんを借りていきますよ。美愛ちゃんはどうします?」


「私は残ります。明日には醤油粕が出ますから漬物作業をしようかなと思って」


 確かにそうしてくれると有り難い。

 あの漬物も結構売れるらしいから、在庫があると助かる。


「わかった。それじゃ美愛ちゃんの勉強は先輩、お願いします。結愛ちゃんはこっちでやりますから。あと燻製は入れたままにしておいて下さい。長めに馴染ませた方が美味しい気がするので」


「了解だ」


 そんな事を話しながら赤みを増している空の下、家に向けて船を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る