第12話

「鬼の仕業、なんでしょうか」

 若い武士が真剣な顔付きで言う。すると、近くにいた武士たちが不可解そうに声を上げた。

「あれだけ人の仕業って言ってたくせに、急にどうした?」

「あれだよ、あの女房殿が、鬼を見たって言うからだろ?」

「ああ、なるほどなあ。それでか」

「あれだけ美しい人なら、あいつの気持ちも分かるけどな」

 口々に話す武士たちの間に、若い武士は「ちょっとちょっと」と割り込む。

「違います。止めて下さいよ、好き勝手言わないで下さい。とにかく目撃証言があったんですから、これを無視することは出来ないでしょう。誤解しないで下さい」

「まあ、確かにそうだな」

 武士たちは頷く。若い武士は、人差し指を高々と上げた。

「相良の君は、きっと鬼を見たのでしょう。それが見間違いであれ何であれ、見たという事実は間違いないのだと思います」

「まるで、見間違えたと言いたそうな口ぶりだな」

「確かにそうだ。じゃあ、やっぱり人の仕業だと言うのか?」

 若い武士は、高く上げた人差し指を下ろすと、頷いた。

「相良の君が嘘を吐いているというわけではなく、恐怖から来る見間違いとか、おそらくそういう話なのでは、と考えていました。そうだとすれば、これまで通り人の仕業として考えることが出来ます。相良の君にとっては鬼の仕業であるように見えても、事実はそれとは異なるかもしれない、ということです。恐怖は人を狂わせますよ。聞く限り、相良の君はかなり動揺していたそうですから、正常な思考をしていたとは限りません」

「つまり、お前の考えは変わらないわけか」

「そうです。鬼など、ここにはいません。犯人は人ですよ。例の美しい男をどうにかして見つけないといけないんです。まあ、私ほどの顔をした人間なんてそうそういるとは思えませんし、それこそ見間違いの可能性もありますけどね」

 若い武士は、ちらと、例の男から足を受け取った武士を見た。会話に混ざらず、隅の方で居心地悪そうにしている。

「そういえば、お前の友達も、なかなかの美形だよな。確か、お前の意中の相手の昔馴染みだとか」

「意中って、相良の君はそんなんじゃありませんよ。確かに彼は美しい顔をしていますけどね。ただ彼は、絶対に違いますよ。そんなことをやれる人ではないですから。私が保証します」

「じゃあ、あの陰陽師はどうだ? あれも、なかなかの顔だろ」

「確かに、何だか胡散臭いしな」

「そうそう、偉そうだ」

「鬼はいないとか何とか言っていたが、本当に信じていいものか」

「けっこうすごい奴だって聞いたけど」

「陰陽師なんて、胡散臭い連中だろうが」

 武士たちは口々に意見を述べている。若い武士は我関せずといった顔で会話を聞き流していた。陰陽師についてはよく知らないのである。

「お前が受け取ったんだろう、誰に似てたとか、もっとよく思い出してみろよ」

 隅で気配を消していた、例の謎の男から足を受け取った武士は、難しい顔で腕を組んだ。やがて、はっきりしない調子で言う。

「どちらかと言えば、友人の方が似てる、か……?」

 若い武士は、不機嫌そうに口を曲げる。

「嫌なこと言わないで下さいよ。彼が犯人なわけないんですから。気の優しい男ですよ」

「はは、確かにそうだ。あんな人が、足を……なんて、出来るとは思えないな。女子供みたいに、血を見たら卒倒するんじゃないか?」

「そこまでじゃないですよ。見た目で人を判断するのは良くありません」

「なかなか説得力のある言葉だな。お前はひょろひょろしているのに、鬼のように強いからなあ」

「鬼ではありませんけど」

 とげのある言い方で若い武士は言う。すると、感傷的な顔になって、溜息を吐いた。

「それにしても、相良の君は、夜も眠れぬ日々を送られているのでしょうか」

「心配か?」

「当然です。少し、外からでも様子が見れたらいいのですが」

「覗きか?」

「違いますよ! 身辺警護です!」

 若い武士は憤慨して言うと、「ちょっと出てきます」と姿を消した。

 武士たちは後ろ姿を見送り、「あいつは気ままだ」と口々に言った。

「よく一人でどこかへ行ってしまうよなあ……」

「どうせ、相良の君のところだろう」

「あいつは、つるむのが好きではないからな」

「そうか……」

 武士たちはすぐに全てを忘れたような顔になったが、唯一思案顔をしているのは、隅の方でぽつんと立っている武士だった。

「あの男、どんな顔だったか……」

 眉間の皺を揉みながら、武士は低く唸った。

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