第51狐 「修学旅行は恋の予感」 その7

「航太殿! 待たせたのじゃ!」


「えっ? あっ!」


「何じゃ? 何を驚いておられるのじゃ」


 美狐様を引き留める事が出来ず、巫女のお姿のままで航太殿の前に立たれてしまった美狐様。

 航太殿の驚く理由が分かっておられないご様子で、首を傾げておいでです。

 そんな美狐様に、航太殿は目をまん丸にしながら会釈をされていました。


「こ、こんにちは!」


「こんにちは? なぜ急に改まるのじゃ……航太殿」


「ど、どうして……こ、ここにいるのですか?」


 それはそうです。こんな遠くにお隣さんの巫女さんがいるのですから……。

 美狐様は航太殿が戸惑っている理由にまだ気が付かれていないご様子。

 航太殿の変な受け答えの理由に気が付いた周りの人達が慌てて美狐様に伝えようとしています。


「何を言っておるの……おおっ!」


 美狐様は皆が服や顔を指さして慌てている意味にやっと気が付かれたようです。


「お、お、こ……こ、これはじゃな……」


「こむぎの飼い主さんに、こんな所で会えるなんて、う、嬉しいです!」


「こ、こむぎの飼い主じゃと? こむぎはわらわじゃ……エホン」


 美狐様は焦ってしどろもどろになっておられます。ここは助け舟を出さねばなりません。


「巫女様。今日は『慈母天狐じぼてんこ』様の大祭でございますか」


「慈母……! おお、そうじゃ。そうなのじゃ。この神社に祀られている『慈母天狐』様の大祭のお手伝いに来たのじゃ」


「そうですか。お手伝いですか。会えて嬉しいです!」


 ふと気が付くと航太殿の目がハートマークになっています。巫女姿の美狐様を嬉しそうに見つめておいででした。

 美狐様が妖気でも漂わせているのでしょうか?


「巫女様。航太君に慈母天狐なんて言っても分かりませんよ」


「お、おお。そうじゃな。慈母天狐とはのう……」

 

 万が一、巫女姿の美狐様に航太殿が惚れでもしたら、更に話がややこしくなってしまいます。

 でも、美狐様的には良いのかも……どうしましょう。


「航太殿。皆にお昼を馳走するゆえ。そこで慈母天狐様のお話でも聞かせて貰うが良い。こちらの神主が語ってくれようぞ。のう咲よ」


「は、はい。後でお願いしてみますね」


 いきなり話を振られて困りましたが、取り敢えず美狐様の巫女姿問題は上手く誤魔化せた様です。

 しばらく境内を散策して、昼食の準備が整ったら皆でお昼という事でその場を離れました。


「美狐様。そのお姿で航太殿に妖気を漂わせ、惹き付けてはなりませぬ」


「ん? わらわは何もしておらぬぞ」


「おたわむれを。航太殿が惚れ惚れとされていたではないですか」


「おお! そうなのか? 航太殿がわらわを惚れ惚れとじゃと! それは嬉しいのう」


「ですから! 妖気を利用して悪戯いたずらをしてはなりません」


「じゃから、わらわは妖気など漂わせてはおらぬ」


「えっ……」


 その時気が付きました。そう言えば航太殿は巫女姿の美狐様をいつもあのような眼差して見ておられます。あれはもしかして……。

 とは言え、巫女姿の美狐様はそもそも綺麗なお方で御座いますから、好色な人族のの子は皆あのような表情になるのでしょう。判断が難しゅうございます。


「美狐様。早く社務所に戻られて、いつものミコちゃんのお姿にお戻り下さい」


「うむ。じゃが航太殿はこのお姿がお好きの様じゃ」


「なりませぬ。そのお姿の美狐様がいらっしゃる限り、いつものミコちゃんが居なくなるではないですか」


「うーむ。口惜しいのう」


「ほら、戻りますわよ」


「あっ! 紅が航太殿と腕を組んで……蛇澄美ジャスミンが抱き付いておるではないか。こら! お主等いったい何をやっておる……もごもご」


「なりませぬ。巫女姿でいつものように振舞われては」


「むぐぐぐ……」


 美狐様の口を塞いだまま、社務所へと引きずっていきます。

 

「ささ、お早くミコちゃんにお戻りください。航太殿を追いかけるのでしょう」


「おお! そうじゃ。直ぐに変化せねば」


 美狐様がいつものミコちゃんに変化されました。取り敢えず一安心でございます。

 航太殿の事になると冷静な判断が出来なくなってしまわれる美狐様。

 恋する乙女を可愛らしいと思いながらも、取り返しのつかない失敗をされない様に気を付けねばなりませぬ……。


「では、皆の所に戻ろうかのう」


「美狐様! 少し宜しいでしょうか」


 社務所を出ようとすると、先程の年配の神主が呼び留めます。


「何じゃ! わらわは急いでおるのじゃ!」


「ははぁ。申し訳ございませぬ」


 美狐様が声を荒げて振り向くや否や気狐の神主は平伏状態。

 こうなると流石の美狐様も無視する訳にも行かず、バツが悪そうにされておいでです。


如何いかがした」


「ははぁ。昼食の馳走の献立をご確認頂きたく」


「任せる」


「いえいえ、大切なご学友の皆々様に失礼があってはなりませぬ故。何卒なにとぞ


「うーむ」


「何卒……」


「分かったのじゃ。案内せよ」


「ははぁ」


 腰を低くしたままの神主に連れられて調理場へと向かわれる美狐様。

 事情を知らない航太殿以外の方々には、美狐様が馳走する主人となるので、これは致し方ございません。

 航太殿の事が気になり気もそぞろのご様子ですが、私もお供して献立の確認をさせて頂きました。


 ────


「随分と余計な時間を使ってしまったのう。航太殿はどこにおられるやら……」


 悲しそうな表情で境内けいだいを見渡す美狐様。あれから大分時間が経っているので、皆の姿はありません。


「美狐様。皆昼食の頃には戻って来るでしょう。探しに行かれて入れ違いになるのもあれですので、こちらでお待ち致しましょう」


「……クスン。もっと一緒に過ごしたいのじゃ……」


 そう言えば新幹線での移動の時から、航太殿とゆっくりと過ごされてはいない美狐様。

 瞳を潤ませている美狐様が愛しくて、思わずこの恋を成就させてしまいたくなります。

 ですが、木興様の困り果てた表情も浮かんでしまい、相反する事を担っている状況に頭の中はぐちゃぐちゃで御座いました。

 

「美狐様。慈母天狐様のお話ですが」


「うむ。どうした」


「物語を読んで頂く様な感じで、神主に話して貰えれば宜しいですか……」




 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。




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読んで頂きありがとうございます!


更新に間が空いてしまい申し訳ありません。

修学旅行編はまだまだ続きますので、これからもミコミコを可愛がって下さいます様、何卒お願い申し上げます。


いつもありがとうございます。


磨糠 羽丹王(まぬか はにお)


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