第39狐 「文化祭は大わらわ」 その5
「美狐様。お帰りなさいませ」
「うむ」
最近は帰って来られた時の返事で、航太殿とのモフモフタイムが楽しかったのかどうか分かる様になって参りました。
「航太殿は文化祭の事を何か言われていましたか」
「うむ。白馬達とお面を買いに行ったらしいがのう。洋物のお化けが叫ぶ様な面を買って来ておったのじゃ。わらわが尾っぽを膨らませて威嚇したら、驚いたと思って喜んでおられた……」
「はあ」
「驚いた訳では無く。あれでは蛇澄美が喜んで抱き付いて来るだけじゃ! 航太殿も『美人の留学生と仲良くなったんだよ』などと言われるし……悔しいのう」
「それは、心無いお言葉」
「わらわも本当のお姿をお見せすれば……」
「
振り向くと、社務所から木興様が顔を出されておりました。美狐様の声が聞こえたのでしょう。
美狐様の軽率な行動を戒める為。これから小言が始まるのでしょうか……。
「分かっておる!」
「そうですか。なれば問題ございませぬ。では……」
「お、おう……」
木興様はそれ以上何も言わず、立ち去ってしまわれました。
言い合いを覚悟されていた美狐様も、肩透かしを食らった様でございます。
「何じゃ。今日はやけに簡単に引き下がったのう」
「そうでございますね。心ここに有らずというか……」
「まあ、煩く言われない事は何よりじゃ」
美狐様が人の姿に変化され小さく
今日はこのままお休みの様でございます。
明日は文化祭当日。
問題が起こらぬよう注意は必要ですが、皆で準備したお化け屋敷が楽しみでもございます。
――――
いよいよ文化祭が始まりました。
校門を入った所で、実行委員の皆さんがプログラムやチラシを配り。受け取ったお客様が目的の出し物へと向かっています。
講堂や音楽室、それに美術室や茶室などでは、文化会系の部活の発表会が行われ、中庭には焼きそばにお好み焼き屋、クレープ屋に焼き団子屋など、ワクワクするような模擬店が建ち並んでいます。
さらに校庭では体育会系の部活が、的当てや水風船投げなど、体を動かす出し物を企画して来場者を楽しませ。校内ではメイド喫茶や執事カフェが、コスプレ衣装を
そして、校舎の一番奥の大教室で、私達のお化け屋敷が来場者を待ち受けているのでございます。
「では、皆さん。そろそろお客様が来る頃です。準備は宜しいですか」
航太殿達にチラシ配りに行って頂き。その間にこの『お化け屋敷勝負』の最終確認です。
最初は土下座などと言っておりましたが、最終的に負けた方が勝った方にファミレスでご馳走をする事になりました。
「あんた達には負けないわよ!」
「お主等に負ける様では、古来より
蛇蛇美と美狐様の決意表明で、皆ヒートアップして参りました。
人族をどちらが多く驚かせたのかの勝負。
出口でアンケート用紙に一番怖かった場所にチェックを入れて貰い、文化祭終了後に集計して結果発表です。『最怖』変化族がどちらなのか勝敗が決するのでございます。
そして、そのトップバッターは……お化け屋敷のチラシ配りに行っている航太殿。
「良いですか。そろそろ航太君が帰って来ます。各人配置に付いて下さい」
私と蛇蛇美のクラス実行委員の
「航太君は私達と一緒に最終確認という事で一周しますので、本番と思って対応して下さい。皆ファイトー!」
「「「「「おー!」」」」」
今日に限っては遠呂智族との
争ってお化け屋敷を台無しにしては、これまでの準備や練習が水の泡になりますから。
まあ、変化族がお化けにばける準備というのもあれですが……。
――――
私と同じくクラス実行委員をしている蛇奈ちゃんは、遠呂智族クラスの中では真面目でちゃんとした雰囲気の女の子。
余り文句とかを言わないタイプみたいで、クラス委員とか面倒な事を押し付けられている様です。
何となくですが、元の姿は大人しい蛇の『アオダイショウ』ではないかと勝手に想像しています。
そして、チラシ配りから戻った航太殿と共に、蛇奈ちゃんと三人でお化け屋敷体験スタートです。
「航太君。変な所が無いかとか、しっかり見てね」
「うん。分かった。俺はあまり準備に参加できなかったから、どんな仕上がりか楽しみだよ」
「いつも買い出しとか面倒な事ばかりお願いしてごめんね」
本当は居て貰うと困る事が多かったので、やたらと白馬君達と遠くへ行って貰っていたのですが、変化族によるお化け屋敷を最初に体験する人族が航太殿というのも、なかなか面白い気も致します。
そもそも、変化族の皆がここに集まっている原因は航太殿。
そう考えると、最初の体験者という巡りあわせも納得でございます。
「どえあふぃあぺふじゃえもぽふぃえのうぁが!!!!」
「おおー!」
入口から暗幕を
航太殿も驚かれている様子。ここは私達の担当なので好感触です。
それからしばらくは、光る骸骨や揺れる床、暗闇で強い風を吹き付ける様な仕掛け等が続き、次のエリアは蛇蛇美たちの担当です。
「シャーーーーーーー!」
「うわーーー!」
大蛇が口を開けて飛んで来ました。本物と見誤る様なリアルな大蛇。
余りの迫力に、航太殿がひとつ前のエリアに戻ってしまう程でした。
これはなかなかの演出。思わず逃げ出してしまった航太殿の行動にも納得です。
それでも、航太殿は私と蛇奈ちゃんの手を握って、ちゃんと一緒に逃げ出したのでした。
この辺の優しさが、美狐様を困らせる原因を作っているのかも知れません……。
「い、今の本物の蛇じゃなかった?」
「まさか。蛇奈ちゃん達のクラスの演出だよ。航太君が驚く程だから、お客さんの反応が楽しみだね!」
「蛇奈ちゃんのクラス凄いね!」
「ありがとう」
褒められて、蛇奈ちゃんがニッコリと笑いました。
これが蛇蛇美たちだと、勝ち誇った様な態度を取られるのですが、蛇奈ちゃんは良い娘の様です。
でも、そのあと若干の問題が発生しました。
歩き始めて気が付いたのですが、蛇奈ちゃんが航太殿のシャツの腕の部分をちんまりと
いつも胸を押し付ける様に腕を組む紅様や、強引に引っ張って行く美狐様に比べると、この可愛らしさはちょっとポイント高めかも知れません……。
これ以上余計な問題が起こらない事を祈るのみでございます。
その後も趣向を凝らせた演出が続き、中には航太殿が困惑する程の変化をしている者も……。
その都度「映像投影だ」とか「精巧な作り物だ」などと説明しながら順路を進み、一番の問題個所と予想される美狐様エリアに到達です。
何となく嫌な予感が致しましたので、蛇奈ちゃんに待って貰い、私と航太殿が先にエリアに足を踏み入れました。
「おおー! 人じゃ人じゃ! うまそうじゃー!」
「喰ろうてやりましょうぞー!」
「この包丁で切り裂いてやる!」
不気味なお面を付けた三人の白装束の乙女達が、飛び掛かる様な勢いで迫って来ます。
ですが三人とも明らかに動きが怪しいので、直ぐに航太殿の前に歩み出ました。
「これ、咲は邪魔じゃ。どかぬか!」
「咲さん。おどきになって」
「咲はどけよ!」
大方の予想通り、航太殿に飛びつこうする三人を両手で押し留めます。
「お化け屋敷は、お客様への接触は禁止です!」
「航太殿はお客ではないじゃろう!」
「いいえ。予行演習ですから真面目にやって下さい!」
「咲は煩いなあ。邪魔するお前なんかこうしてやる!」
紅様のお面が一瞬で『ひょっとこ』のお面に変わりました。それを見た美狐様と静様も続けてひょっとこ面に切り替わります。
そして、変な動きをしながら私にひょっとこのお面を付けようとするのです。
「何をやっているのですか!」
「動くでない。咲もひょっとこにしてやるのじゃ!」
「あはははは!」
三人のひょっとこと押し問答を続ける私の姿を見て、航太殿が大笑いをしてしまいました。
お化け屋敷で大笑いなど、あってはならない失態。周りからブーイングの声が沸き上がります。
非難された美狐様たち三人は、首を
やっと大人しくなった三人を置いて、再び蛇奈ちゃんと航太殿と順路を進みます。
途中、同じく航太殿に抱き付こうとした蛇澄美ちゃんを止めるシーンがありましたが、お化け屋敷自体は怖い演出連発で順調な仕上がりです。
最後は、トコトコと歩いて来た三毛猫が、目の前で『化け猫』になるという派手な演出で終了。
出て来た後も、航太殿が「化け猫」はどうやったのか必死で聞いて来ましたが、「映像投影だよ」と言い張り、何とか誤魔化す事が出来ました。
最近の『何とかマッピング』とかいう人族の映像技術に感謝でございます。
航太殿も配置に付き、遂に一般のお客様がやって来ました。
いよいよ、変化族クラス合同のお化け屋敷の始まりです。
みんな準備して来た事をしっかりと見せて、お客さんを驚かせることが出来るよう気合が入っています。
誰もこのあと巻き起こる騒動の事など、予想すらしないまま……。
今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。
今日は見目麗し……ひょっとこな、おひい様でございました。
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