第30狐 「楽しい遊園地」 その1

「おおー、これは楽しいのう! 空を飛んでおる様じゃ」


「そうかなぁ? そんなに楽しいか?」


「紅はいつも空を飛んでおるからじゃろう」


「美狐様、そんなに大きな声で話されると、航太殿に聞こえてしまいますよ」


「ひいいいいいいいいい!」


「いや、隣に座っておる白馬が、あれだけ叫んでおれば聞こえまい」


「お、もう終わりかぁ。もう一度乗ろうぜ!」


 今日は『きつね風邪』で私達が寝込んだ折、神社の運営を手伝ってくれた皆さんに、お礼という事で遊園地に遊びに来ているのです。

 静様や華ちゃんを始め、クラスの殆どの方がお手伝いに来てくれたので、遠足の様な賑やかな感じになっております。

 お礼と言いながら、美狐様は入場するや否や航太殿を捕まえて、次々と乗り物に乗られていました。


「静殿。お主もジェットコースターに一緒に乗らぬか? なかなか楽しいぞ」


「いえ、乗り物系は……」


「あれは車の様に揺れぬから、きっと大丈夫じゃ!」


「いいえ。そう言われて乗ったコーヒーカップとメリーゴーランドで懲りましたわ」


 静様はそう言われると、ベンチに座ったまま目をつぶってしまいました。

 折角のお礼なのに、これはよろしくありません。


「美狐様。今日は皆様へのお礼でございます。美狐様が一番に楽しまれては……」


「ふむ。そうであったのう。では、どうすれば良いかのう」


「皆で観覧車など如何でしょうか? あれはゆっくりでございますので、静様もお楽しみ頂けるかと」


 お誘いすると、観覧車であればという事で、静様も同乗する事になりました。

 六人乗りのゴンドラに、静様、美狐様、紅様、航太殿、そして白馬君と私が一緒に乗り込みます。

 この近隣の遊園地では一番大きな観覧車。一周で二十分も掛かります。

 飲み物などを買い込み、楽しい時間が始まりました。


「おおー! これは遠くまで見渡せる物じゃのう」


「本当だ! 俺も初めて乗ったよ。あんなに遠くまで見渡せるなんて凄いね。一番上まで行ったらどんな景色なんだろうね」


「おお、航太殿も喜んでおるのう。静殿もこれなら大丈夫じゃろう?」


「ええ、これなら楽しく乗れますわ。あら、白馬君はどうされました?」


 静様の指摘で白馬君に視線が集まります。

 白馬君はプルプルと震えていました。


「おお、どうしたのじゃ」


「た、高い所は苦手で……」


 何と白馬君は高所恐怖症だったのです。そういえば、先程のジェットコースターでも悲鳴を上げていました。

 てっきり、スピードが怖いのかと思っていましたが、どうやら高さが怖かった様です。

 普段はイケメンの白馬君が、ひざを抱え八の字眉になって震えています。

 彼の事を『白馬の王子様』と呼び、彼に想いを寄せる女子達には、とても見せられない姿でした。

 怖がる白馬君を航太殿が心配していますが、ゴンドラが下に降りるまでは、どうしようも有りません。


「……そうだ、いい考えがある……」


 飲み物を一気に飲み干した紅様が、静様に何やら耳打ちをし始めました。何か良い解決策が浮かんだ様です。


「……ええ、出来ますわよ……」


 紅様の耳打ちにうなずいた静様が、航太殿には分からない様に術を使われました。

 ゴンドラの周りに結界が張られた様です。恐らく周囲からはゴンドラの動きが見えない状態になったのだと思います。

 結界が張られると、紅様が笑顔になられました。


「今日は風が強いな! 皆知ってるか? 観覧車のゴンドラって、強風が吹くと壊れない様に回るらしいよ!」


 紅様が言い終わるや否や、突然突風が吹き始め、あっという間に天地が逆さまになり、また直ぐに元にもどりました。突風でゴンドラが一回転したのです。

 しかも、突風は止む事無く吹き続け、私達が乗ったゴンドラは高速で回り続けます。


「うわっ!」


「きゃあ!」


「何事じゃ!」


「おおー! これは、楽しいな!」 


「ちょ、ちょっと紅……」


「ひいいいいいいいいい……ひぃっ……」


 また、白馬君が叫び始めましたが、直ぐに静かになりました。

 余りの恐怖に気を失った様です……。

 

「あれ、気絶した?」


 ゴンドラの回転が止み、紅様が楽しそうに白馬君を覗き込んでいました。


「す、凄い突風だったね。こんなの初めてだよ」


「そ、そうじゃな。わらわも初めてじゃ……」


「あはは、楽しかったな! こんな時に突風が吹くなんて、ラッキーだな!」


「……」


 みんな誰が犯人かは分かっていますが、航太殿がいる手前、術を責める訳には行きません。

 それから白馬君は、安らかに眠っていました……。




 思いがけず紅様の悪戯を手伝う形になってしまった静様が、ほうほうの体でゴンドラを降ります。


「べ、紅ちゃん。今後、貴方とは絶対に一緒に乗り物には乗りませんからね……」


「てへっ。そう言わずに、今度は空中ブランコに乗ろうぜ!」


「結構です。行ってらっしゃい……」 


 大して悪びれる事も無く、紅様は次の乗り物の方へと行ってしまいました。

 静様はあきれ顔で見送ると、近くに在ったベンチに座り込みました。

 また乗り物酔いが酷くなった様です。


「何じゃと……」


 その姿を見ていた美狐様の表情が凍り付きます。

 どうしたのかと思いベンチの方を見ると、何と航太殿が静様の容体を案じて、静様の横に座られたのです。

 そして、あろうことか、静様はよろよろと航太殿のひざ枕で横になってしまわれたのでした。


「……」


 美狐様の瞳に怒りの炎が燃え上がります。

 二人の仲の良さそうな姿を見ながら、美狐様の掌に妖術の揺らぎが見え始めました。

 これは緊急事態です。まさか航太殿の目の前で妖術を使うおつもりなのでしょうか。


「美狐様! なりませ……」


 慌てて止めに入りましたが、一瞬遅く、美狐様の掌から妖術がほとばしりました。


「ああ、美狐様……」


 これから起きるであろう出来事を想像して、私は目の前が真っ暗になってしまいます。怖くて二人の方を見る事が出来ません。

 もし静様がご無事でも、航太殿の目の前で、美狐様と静様の妖術合戦が始まるのです。大変な事になってしまいました……。


「わらわも酔ってしまった様じゃ……済まぬのう」


「あれ? このベンチこんなに広かったっけ?」


「航太君、ありがとう。ごめんね」


 予想に反して、何とも穏やかな会話が聞こえて来ます。

 恐る恐るベンチの方を見ると、航太殿が座っていた三人掛けのベンチが、五人掛けのサイズに広がっていました。美狐様の妖術です。

 そして、航太殿の右ひざには静様が、左ひざには美狐様が、それぞれひざ枕をして貰いながら横になっておいででした。


「この三人は、何やってるにゃ?」


 振り向くと、観覧車のゴンドラから降りて来た華ちゃんが横に立っていました。

 陽子ちゃんや桃子ちゃんの姿もあります。


「ううん。良いの良いの。今日は皆へのお礼だから、楽しみましょう!」


 お二方の心境は平和なのかどうかは分かりませんが、優しい航太殿のひざ枕で幸せそうに寝ているので、良しとしておきます。


「華ちゃん、行こう」


「にゃ!」


「私バイキングが良いわ」


「楽しむっキュ♡」


 三人をここに置いて、私達は好きに遊ぶ事にしました。皆と次の乗り物を目指します。


「……ひぃぁぁぁぁぁ……」


 歩いていると、遠くから悲鳴が聞こえてきました。


「あ……。白馬君をゴンドラから降ろすの忘れてた……てへっ」



 今宵のお話しは、ひとまずここまでに致しとうございます。

 今日も見目麗しき、おひい様でございました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る