第42話 王宮執務室・薬師長室

執務室では陛下と宰相、そしてディランが渋い顔で話をしていた。


「やはり駄目だ。どれだけ時間を費やしたと思っておるのだ。エレノア・ナラン子爵令嬢は王子妃の器では無い。他の者を連れて来いと言っているだろう。あれはよくても妾止まりだ」


「父上、私にはエレノア以外おりません」


ディランは必死に父親に訴えてかけている。


「少し前にお前が声を掛けたトレニア嬢。お前は姉が口うるさいと嫌っていたが、妹はお前の中でも妃として迎えられると声を掛けたのだろう?」


執務をこなしながらディランに問いかける。その様子はどこか苛立っている様子。


「トレニア嬢には断られました」


「トレニアは薬師だったな。確かにファームからも苦情が来ていた。このままトレニアを王子妃にするのではファームが黙っていないだろう。やはり王命で婚約者とするしかないな」


そう話をしていると横から宰相が口を開いた。


「陛下。トレニア薬師の事なのですが、無理でございます」


「何故だ?」


「以前、ディラン殿下がトレニア嬢を妃にすると話をしてから薬師長を始めとした薬師達はトレニア嬢を守るべく動いていました。そこから本格的に薬師達もトレニア嬢を妻として迎えるような動きをしており、他の貴族達と水面下でやり取りをしていたようです。


そしてトレニア薬師の帰国後すぐに婚約の手続きを行っております。婚約者のいない娘ならまだしも、理由なく婚約者を王命で変える事は貴族達の反発が予想されます。諦めた方が賢明かと」


チッと舌打ちをし、国王は苛立ちを隠さない。苦い顔をした宰相と暗い表情をしたディラン。陛下はディランに向かって万年筆を投げる。


「ディラン、お前に残された道は子爵家へ婿入りだ。分かったな」


「…はい。父上」







ー 薬師長室 ー


トレニアの帰宅後、トレニア以外の薬師達が薬師長室で話をしている。


「ターナ、トレニア薬師と婚約したのだな?」


「ファーム薬師長、正式な婚約の手続きを行ったので覆される事は無いでしょう」


「トレニア薬師はびっくりだろうね。急に婚約なんて言われて意味分かんなくない?」


ナザル薬師がお茶を飲みながら口を開く。


「そうだな。まぁ、お前達は妻に迎えたいと前々から牽制しながら動いていたのだから周囲はようやくかと思っていそうだがな」


「僕達はトレニアが薬草園に飛び込んできた時から好ましく思っていたしね。悔しいけど、ターナ薬師には敵わないし、トレニアが嫌がったら僕の妻に迎えるだけだよね」


ターナ薬師が眉間に皺を寄せながらナザル薬師の言葉に反応する。


「残念だが、俺はトレニアを不幸にしないからお前の出番は無い」


「それにしても焦りましたね。王家がまさかトレニア薬師を諦めていなかったとは。ノーム医務官から聞いた時には焦りましたよ。まさかトレニアに王命を出す手配をしていたなんて」


そう横から口を開いたのはヤーズ薬師。事前に掴んだ情報であり、今回のターナ薬師がトレニアにプロポーズを急がせた理由。


「ワシもな宰相から聞いて驚いたわ。まぁ、トレニアは優秀だからな。トレニアにしてみれば即婚約は心の準備も出来なかっただろうに。貴族なら仕方がない事なのだがな。平民となればもっと酷い扱いだったのだが、その辺トレニアは気づいておらんが。


結局、ガーランド侯爵家に戻ったのだな。まぁ、仕方がない。養女手続きに時間を取られている間に王家がトレニアを攫っていたかも知れんしな。


それにしても、ワシは娘の幸せを考えてお前達に厳しい課題を出してやったのにすぐこなしやがって!これだから優秀なやつは困る。


ターナ、急がせて申し訳無かったな。後はゆっくりトレニアと過ごすといい」


「もちろんですよ。ファーム薬師長。トレニア以外考えられないです。幸せにしますよ。遅かれ早かれ彼女にはプロポーズをする予定でしたからね。


彼女の父も他の貴族から王家に狙われていると聞いていたようで書類の準備や彼女の身を隠す準備は前以て用意していました。あぁ、それとトレニアの希望で生涯薬師として結婚してからも働きたいらしいです」


「なに!?トレニア薬師は働き続けてくれるの?嬉しいね。僕の子も産んでくれると助かるんだけどなぁ」


ナザル薬師が戯けたようにターナ薬師に話す。


「お前には指一本触れさせん!」

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