第37話 深夜の罠




 ヨハネスは高齢の夫婦の家に案内された。アルムとエルリーから離されてしまったのは少し心配だが、砂漠の民はこちらを警戒しているが危害を加える様子は見せない。大丈夫だろう。


 夫婦は奥の部屋に引っ込み、ヨハネスは入り口に近い場所に敷布を敷いて横になった。

 明日になったら兵士を帰して、渇きの谷へ行く道を教えてもらいマリスを救いに行く。

 できればラクダを借りたいが、交渉できるだろうか。


 考えることは次々に浮かんでくるが、今は明日に備えて眠らないといけない。ヨハネスは頭の中から不安を追い払って目を閉じた。


 そのまま、いつの間にか眠っていたようだ。

 どれくらい時間が経ったのか、扉の軋む音と室内に吹き込む風の音のでヨハネスは目を覚ました。

 すぐそばに、何者かの気配がある。


「――誰だっ!?」


 枕元に置いていた護身用の短剣を手に取って跳ね起きると、入り口に立っていた人物が「しーっ」と口元に人差し指を当てた。

 それは、ハールーンの妹ミリアムだった。


「兄上様が呼んでいるわ。ついてきて」


 小声でそう言われて、ヨハネスは眉をひそめた。

 こんな夜中に妹を使ってハールーンがヨハネスを呼び出す理由がない。


(罠か?)


 ヨハネスはミリアムを睨みつけたまま動かなかった。

 疑われていることに気づいたのか、ミリアムが身を乗り出して言い募ってくる。


「早く。ダリフに気づかれる前に」


 ヨハネスの脳裏にハールーンを背に庇う従者の冷たい瞳がよぎる。

 従者抜きでハールーンと話す機会を得ることが難しいのは確かだ。

 信用はできないが、ここはひとまず従うべきかと考え、ヨハネスは立ち上がった。手には短剣を握ったまま、もう片方の手は懐に入れて水晶を指に挟む。


 ミリアムの後に続いて家を出ると、昼間よりさらに強い風に体が押された。ミリアムは小走りに駆けていき、家々の隙間に入る。ヨハネスは辺りに気配がないか探りながら後を追った。


 やがて、集落から少し離れた場所でミリアムが駆け寄る人影が見えた。


「……やっぱり罠だったか」


 月明かりの下に浮かび上がった姿を見て、ヨハネスは足を止めた。



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