第31話 思い出の場所




「本当だ! 見えない壁があるぞ!」

「妙な術を使いやがって!」

「気をつけろ! 目を合わせると心を操られるかもしれない!」


 結界の外でごちゃごちゃわめく人々を見て、アルムははっと思いついた。


(そうだ。この人達に伯爵家の場所を聞こう)


 そう思って口を開こうとしたアルムだったが、その前にリヴァーが弓に矢をつがえてこちらへ向けてきた。


「食らえっ!」


 矢が放たれる。結界があるのでアルムは平気だが、結界に弾かれて跳ね返った矢が誰かに当たったら危ない。アルムはとっさに人々の前に木の壁を作った。

 跳ね返った矢から守るためだったのだが、村人達は突然伸びてきた木の根に驚いて悲鳴をあげた。


「うわあ、なんだこれは?」

「魔物の攻撃だ!」

「おのれ!」


 攻撃されたと勘違いした村人達は、斧や鍬で木の壁を破壊しはじめる。

 わざわざ壊さなくてもすぐ片づけるのに、と思いながら眺めていたアルムの袖が、くいっと小さな力で引かれた。

 見ると、不安そうに眉を下げたエルリーが潤んだ瞳でアルムを見上げていた。


「あーるぅ……」


 自分を頼るように呼ぶエルリーに、アルムの胸がきゅんと鳴った。

 大勢の大人が騒いでいるのを目にして怖くなったのだろう。アルムはエルリーを膝に乗せると、すぐそばにブドウの木を生やして、実った房をもいで一粒ずつエルリーの口に入れてやった。


「怖がっているので少し静かにしてもらえますか?」


 もきゅもきゅと口を動かすエルリーがブドウに夢中になっている隙に、アルムは村人達に向かって手をかざした。


「あと、子供に物騒なもの向けないでください!」


 そういって手を振ると、村人達の手から得物がもぎ取られて宙に浮かび上がった。

 手の届かない高さに浮かべられた斧や鍬に、村人達は顔を青くする。


「どうする? 武器が奪われたぞ!」

「くっ、卑怯な!」

「一度、村に戻るか?」

「いいや。背中を見せた途端、攻撃されるかも……」


 村人達はここのところ大沼の周囲に頻繁に瘴気が発生するのに困り果てていた。

 瘴気が発生すると神官に浄化してもらうまで大沼に近寄れなくなるし、大池に生息する水鳥にも影響が出るかも知れない。もちろん、人間にとっても危険だ。


「瘴気の原因はきっとあの魔物達だ。倒せなくとも、ここから追い払えれば……」

「でも、神官はすぐには呼べないし、武器も奪われて……」


 神官がきてくれるまで何もできずに見ているしかないのか、と村人達は悔しそうにうつむいた。


 その時、下を向く村人達の中から一歩踏み出した者がいた。


「どうやら、俺の出番のようだな」


 その声に、村人達ははっと顔を上げた。


「お、お前は……村一番の力持ち! 『秋の巨大カボチャ持ち上げ大会』で五年連続優勝のアンドリュー!」


「くくく……今年はもっと大きなカボチャを用意しておきな」


 アンドリューは自慢の腕っ節を見せつけるように袖をまくった。


「妙な術を使う魔物のようだが、見かけは強くなさそうだ。この見えない壁さえ壊せばどうてでもできるだろうぜ」


 そう言って指を鳴らすアンドリューに、村人達は顔を輝かせた。


「おお! なるほど!」

「頼んだぞアンドリュー!」

「任せておけ」


 アンドリューはふんふんと鼻を鳴らして見えない壁の前に立った。


「ふぅぅぅ~」


 息を吸い込んで集中する。目を閉じたアンドリューの脳裏に、美しい思い出が蘇った。

 仲の良い幼馴染の少女と、大沼のほとりを歩いた記憶。


『リューちゃん……私ね、お父さんの仕事の都合で遠くに引っ越すことになったの』

『え……?』

『リューちゃん。私のこと、忘れないでね』


 そう言って微笑んだ少女の姿。


「幼馴染のヘレナが俺にこう言ったんだ。『大沼のほとりにこの赤い花が咲いたら、私のこと思い出して』って……ああ、ヘレナ! 俺達の大切な思い出の場所は、俺がこの手で守ってみせる!」

 アンドリューは右の拳に渾身の力を込めて振りかぶった。


「うおおおっ!! 唸れ俺の拳ぃーっ!!」


 力強い拳が勢いをつけて振り下ろされた。

 だが、拳が見えない壁を突き破ることはなかった。


「ぴぃっ」


 がたいのいい男が突然殴りかかってくる姿を目にして怯えたエルリーが、子猫のような声をあげてアルムに抱きついたのだ。


 その瞬間、アルムの庇護欲に火がついて燃え上がった。



「エルリーが怖がってるでしょうがーっ!!」



 一声吠えたアルムが手をかざし、拳を振り下ろすアンドリューを吹っ飛ばした。


「「「アンドリューッ!!」」」


 村の方角へ吹っ飛ばされていくアンドリューを見上げて、村人達が叫んだ。


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