13-3 露見
「おはよーっす」
出社して研究室に顔を出すと、西乗寺主任と菜々美ちゃんが、なんとも言えない表情で俺を見た。岸田はパソコンを睨み、なにか作業をしている。俺を見もしない。
誰も挨拶を返さない。変だな……。
「木戸くん。結菜ちゃんは」
西乗寺主任の声が、なんだか緊張している。
「さあ。じきに来るんじゃないすか」
当たり前だが、俺と結菜は別々に出退勤している。言ってみれば社内恋愛を隠してる奴と同じだからな。今日は結菜、十五分遅れくらいで来るはずだ。
「俺に聞かれても……」
「一緒に住んでるって、本当なの」
「え……誰が」
「あなたと結菜ちゃん」
岸田が俺に目配せしてきた。てことは……ガチか。なんだこれ。結菜がとうとう身バレしたってことか。
「……その」
うまく言葉が出てこない。こういうとき、なんて言えばいいんだ。とにかく落ち着いて対処しないと。でないと、結菜も俺も追い込まれる。
「その……」
「木戸くん、こっちに」
「……はい」
研究室備え付けの小さなミーティングスペースに連れ込まれた。小さなテーブルに椅子。衝立だけで研究室から仕切られた場所だ。
「今朝方、所長に呼び出された」
座るとすぐ、主任が切り出した。瞳がガチだ。
「木戸くんが、バイトの高校生と同棲してるって、誰かが教えたらしい。調べたらたしかに住所が同じで、大騒ぎになってる」
一旦言葉を切ると、体を乗り出してきた。
「誰がそんなことを――」
「ハムの誰からしいけど、そんなのどうでもいいでしょ」
ぴしゃっと言われた。
「すみません」
多分、ハム開発の岡田あたりだな。あいつ、分析計の件で結菜をいじめたし、俺を逆恨みしてた。弱みを握ろうと人事情報でも漁って、住所が同じなのを発見したんだろう。
「それで、事実なの」
「一緒には住んでます」
とりあえず認めるしかない。この期に及んで嘘で固めれば、余計に立場が悪くなるのは明白だ。そう決めたら、心が少しだけ楽になった。本当のことを話せばいいんだから、言葉も出てくるし。
「……そう」
ほっと息を吐くと主任は、椅子に深く体をもたせかかった。眉を寄せている。
「でも結菜は俺の
「従姉妹? それは本当なの」
「ええ。神に誓って。結菜の父親に聞いてもらってもいいですし、なんなら戸籍を取り寄せてもらったっ――」
「ならどうして、最初から言わないの」
食い気味にツッコまれた。
「それは……その」
「木戸くんが女子高生を騙して休学させ上京させて部屋に連れ込んでるって、もう世田谷研究所中で噂になってるよ」
「デタラメだ」
「おまけにバイトとして研究室に出入りさせ、職場で不健全な行為に及んでるとか」
「嘘です」
「見た人がいるって噂。嘘でもなんでも、そういう話になってるわ」
「従姉妹とそんなことをするわけありません」
「そんなのわからないでしょ」
主任は語気を強めた。
「親子だって性犯罪する、危険な人はいる。それにそもそも、従姉妹とは結婚できる。従姉妹との恋愛自体は、おかしな話じゃない。過去の日本で、何万人だっていたはず。やましいことがないなら、どうして最初から公言しないの。しかも相手は高校生でしょ。隠してたら、後ろ暗いと思われても仕方ないじゃない」
「……すみません」
俺は頭を下げた。あまりにもそのとおりで、反論すらできない。穴があったら入りたいって気持ち、生まれて初めてわかったわ。この場から消えてなくなりたい気分だ
。
「私は木戸くんも結菜ちゃんも知ってるから、あなたのことを信じる。でもなにも知らない人から見たら、怪しいと判断されるのも当然でしょ」
「はい」
「今はコンプライアンス厳しいの、知ってるでしょ。これ万一SNSに上げられたら、日東ハム全体が炎上しかねない。リスクを考え、上の方の腰が引けても仕方ないじゃない」
「腰が引けてるんですか」
「当たり前ね。事情が判明するまで木戸くんは業務から外せって、命令された」
命じられた場面を思い出したのか、悔しそうに顔を歪めた。眉を寄せたまま、付け加える。
「それにウチのチームも謹慎」
「それって……」
「そう。正式な
厳しい瞳だ。
「木戸くん。立場上、所長は中立だけれど、力のある部隊には言いづらいところがあるから……。だから、とりあえずなんにもするなってことよ。……もちろんコンペからも外された」
「ちょっと待って下さい」
俺は思わず叫んだ。
「たしかに結菜は従姉妹で、同居だってしている。それを黙っていたのは愚かだった。でも悪いのは俺です。西乗寺チームにはなんの関係もない。俺、日東ハム辞めます。俺のせいだ。自分で責任を取ります」
「お兄は悪くないよっ!」
大声に振り返ると、結菜が立っていた。目を見開いて。
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