【番外編1】最果ての剣 ギルマス事変
殺し合い祭りから数日後の六月最後の週。
最果ての剣ギルドホーム、白亜の城の王座の間にて、100人程のメンバーが集結していた。
ギルドマスターギルティアより前もって「ギルドの今後についての重大な話がある」ということで、ナンバーズをはじめ、普段は顔を見せないメンバーも多く集まっていた。
そして、そんなメンバーが固唾を飲んで見守る中、王座の前に立つギルティアの声が王座の間に響き渡る。
「私は今日、ギルドマスター、及び最果ての剣を引退するわ!」
言い切って、ギルティアはメンバーたちの反応を窺う。「辞めないでー」とか「寂しいよー」という反応があるのではと期待したが、そんなものは無かった。
皆の反応は淡泊で「へぇ~」とか「まぁ」とか「ついに成績がやばくなったか」といったもの。成績は初めから悪いので、問題ないといったところか。
寧ろ皆の感心は、「次のギルドマスター」に向いていた。
(フッ。寧ろ清々しいわ)
ギルティアは目を閉じて、鼻で笑う。ゼッカたちと気兼ねなく遊ぶため、ギルドマスターの職を辞すことに多少の未練と申し訳なさがあった。だがそれも、この瞬間に消えた。
「それでギルティアちゃーん。次のギルドマスターは誰がやるのー?」
「気になりますぞー」
グレイスとガルドモールが野次を飛ばす。
「フッ。次期ギルドマスターなんてそんなもの、決まっているだろう」
腕を組んだカイが言う。その視線はギルティアの横に立つ男、ロランドに向いていた。
「まぁロランドさんなら……」
「顔も実力も申し分ない」
「決まりかな」
「ってか、今までも事実上のギルマスだったし」
と、ギルドメンバーたちは好き放題言っている。ギルティアには辛いが、ロランドがギルドマスターになることを殆どのメンバーが望んでいたのだ。無理もないと言ったところか。
「はぁ……」
皆が待ってましたといった反応なのは悔しいが、少しだけだ。大規模ギルドである最果ての剣のギルドマスターともなると、色々と苦労も多くなる。自分の本心が最強ギルドを作ることではなく、本当は親友たちと楽しく遊ぶことだと気づいたギルティアにとって、それは重荷だった。
皆が輝く目でロランドを見つめる。ギルティアがロランドを次期ギルマスに任命するのを待っているのだ。だが、ギルティアにそのつもりはなかった。
兄は本来、ギルドというものに所属するタイプではないし、したいタイプでもなかった。兄のカリスマにあやかりたくて、妹としてわがままを言って縛り付けていたに過ぎない。
もし自分がお願いすれば……ギルドのみんなから望まれれば、ロランドはギルドマスターを引き受けてしまうだろう。それを妹であるギルティアはよく理解していた。
(周りの理想の自分を演じちゃうからね……兄貴は)
親と世間が望んだ立派な二世俳優を。
妹が望んだやさしくて格好良い兄を。
プレイヤーが望んだ最強を。
ロランドは難なく演じてきた。けれど。
これ以上、自分や他人の望みで、兄を縛り付けたくなかった。みんなが落胆する姿は目に見えているけれど。それでも、自分がきっぱり「後任はロランドではない」とはっきり言わなくては。
「あのねみんな。盛り上がっているところ悪いんだけど……」
「……」
「兄貴……?」
ギルティアの言葉を遮るように、ロランドはすっと手を出した。そして、よく通る大きな声で、告げる。
「私も、最果ての剣を抜けさせて頂きます」
「「「「「えええええええええええええ!?」」」」
「兄貴?」
阿鼻叫喚とはこのことを言うのだろう。ギルドメンバーたちの動揺は凄まじいものだった。
ギルティアもロランドがギルドを辞めるなんて思っていなかったので、驚いた。
ギルティアは横の兄の様子をチラリと窺う。目が合った。ロランドは、まるで悪戯を成功させた子供のように笑い、ウィンクした。
ロランドはずっと、強さだけがギルドマスターの資質ではないと、皆に訴えてきた。だが、それでも最果ての剣のメンバーたちは、ロランドがギルマスになることを望んでいた。同時に、妹を貶める発言をしながら。
そんな彼らに対し、ロランドはやんわりと注意することしかできなかった。妹が大事にするギルドで、もめ事は起こしたくなかったからだ。
これは、ロランドなりの彼らに対する、小さな仕返しなのかもしれなかった。
ギルティアはそれを理解して、笑う。とても気分が良かったのだ。
***
***
***
七月初旬の土曜日。
18時から【復刻 コラボイベント・バーチャルモンスターズ】が開催されるその日の夕方。第一層、はじまりの街のカフェのオープンテラス席は異様な光景に包まれていた。
自覚はないが、周囲からはもはやトップギルドの一角に数えられる竜の雛のメンバー8人。
そして、最近ギルドを抜けたことで話題となった元・最果ての剣のギルドマスターギルティア。その兄にして、未だにランキングトップのロランド、計10人が座って、雑談に興じていた。
待望の復刻イベントの開催を待ちきれず、じっとしていられなかったヨハンの提案で、竜の雛全員でカフェでお茶しながら、イベント開始時刻を待っていたのだ。
そこへ、通りかかったロランドとギルティアが混ざった形である。
「でも、良かったの?」
「何が?」
ジュースを啜りながら、ギルティアがヨハンに訪ねた。
「いや、そのカオスアポカリプスの入手方法よ。スクショまで公開しちゃって、本当に良かったの?」
あの乱闘騒ぎの後、収集がつかないと感じたヨハンは、プレイヤー全体にカオスアポカリプスの入手条件欄を公開したのだ。
その条件とは『期間限定コラボイベント:バーチャルモンスターズにおいて、原作再現状態でのクリア回数が最も多いプレイヤーに贈られます』というもの。
「仲間内で独占だってできたのに」
というギルティアの問いに対して、ヨハンは優しい笑みを浮かべ、首を振った。
「ギルティアちゃん、私はね。バチモンが大好きで大好きで仕方がないけれど。でも、世界で一番バチモンが好きな人にはなりたいわけじゃないの。大勢の人が、バチモンを愛してくれたら、それが私にとって、一番嬉しいことなのよ」
ヨハンは膝上のヒナドラをもにゅもにゅと揉みながら、そう答えた。
「だから入手条件は公開したけど。何をもって【原作再現】となるのかまでは、教えなかったの。そこはサブスクなりで原作アニメをチェックして、自分で勉強して、好きになって欲しかったから。言っておくけど、ウィキを見ただけじゃ再現は無理よ?」
悪戯っぽくクスクスと笑うヨハン。
「……確かに。コラボイベント系のユニークアイテムは、原作愛が相当ないと入手できないような条件が多いよね」
レンマがヨハンと煙条Pを見ながら言った。
「あーうちの大好きなアニメもコラボイベントやったらええのに」
「コンちゃんの好きなアニメって?」
「石油王カードやね。札束で殴り合うゲーム性がほんまに楽しくて楽しくて」
「意外と人気なアニメだった」
「とまぁ、こんな理由なんだけど、納得してくれたかしら?」
「ええ……まぁ。アンタが布教活動の天才だっていうことは理解したわ」
かく言うギルティアもカオスアポカリプス入手のため、ここ一週間でバーチャルモンスターズのアニメを視聴した口だった。おそらく多くのプレイヤーが配信サイトを利用しただろう。
そのことを告げると、ヨハンが目を輝かせてギルティアの感想を聞こうと身を乗り出したが、先にゼッカが口を開いた。
「ちょっとギルティア。カオスアポカリプス狙いって……話が違うでしょ? このイベントでの私たちの目的を忘れたの?」
「忘れてないわ。大丈夫よ、覚えてるから」
「はぁ……心配だな」
ため息をつきながら頭を抱えるゼッカ。ヨハンは「目的?」と首を傾げる。
「さて、それでは、私はそろそろ」
そのとき、ヨハンやゼッカと楽しそうに会話する妹の様子を眺めていたロランドが立ち上がる。
「師匠、どちらへ?」
「そろそろログアウトします」
「あら~何か用があったんじゃないの☆?」
「いえ、元々妹の付き添いでしたから」
「ふふ、兄貴はね。これからアメリカに向かうのよ!」
ギルティアがえっへんといった顔で胸を張る。
「「「アメリカっ!?」」」
竜の雛の面々が驚く。
「ええ。今日の夜の便で日本を発ちます。実は向こうで仕事が決まりまして」
「そんな……師匠。もう……会えないんですか!?」
突然の別れに目に涙を浮かべながら、オウガが駆け寄った。
「泣かないでくださいオウガくん。心配しなくても、一ヶ月で終わる仕事です。八月のはじめには、帰ってこられるんですよ」
「な、なんだ……それなら……良かった」
「あーオウガ泣いてるのー?」ニヤニヤ
「うるせぇな! 泣いてねーよ!」
「あれ、確か再来週はランキングイベントやなかった?」
「あらホント。参加できなきゃランキング下がっちゃうじゃな~い☆」
「構いませんよ。そんなもの、またとればいい」
ロランドはコンとドナルドにそう答える。まさに強者の余裕だった。そして、ロランドは少し寂しそうな表情で、ヨハンに向き直る。兜のみを外していたヨハンの表情は、とても悲しげだ。
「という訳ですヨハンさん。次にお会いできるのは、早くて一ヶ月後となってしまいます」
「そうですか、一ヶ月も。それはとても悲しいですね」
その憂いを帯びたヨハンの表情を見て、ロランドが顔を赤らめる。自分と会えないことがそんなに悲しいのか? と。内心嬉しく感じていた。
(これからバチモンの神イベが始まるのに……参加できないなんてかわいそう。悲しいわ)
だが、実際のヨハンはこんなことを考えていた。そんなヨハンの気も知らず、ロランドはヨハンの手を握る。
「アメリカに行く前に貴方の顔が見られて良かった。これで存分に仕事ができる」
「え、あ、はい? それは良かったです」
「何しとんじゃわれー!!!」
「ハイ禁止ー。何とは言わんけどそういうのは竜の雛では禁止やでー!」
二人を引き裂くように割って入ったのは、怒りで我を忘れたゼッカとコンだった。
「ロランドはん。女性の手をいきなり握るのはマナー違反や」
「誰かー塩持ってきてー塩ー!!」
「ポテト用の塩なら持ってるわよ☆」
獣のようにロランドに立ち塞がるゼッカとコンを見て、ロランドは心底楽しそうに笑った。
「あはは。これは頼もしい。これだけ立派な
すっと片手を上げ、ロランドはカフェを後にした。
***
***
***
「自分でも恐ろしいほどモチベーションが高い。良い仕事ができそうだ……ん?」
カフェを出て少し歩いていると、ロランドは一人の少女とすれ違った。
「あの子は確か……」
振り返る。その後ろ姿を見て誰だったのか思い出す。声をかけることは、敢えてしなかった。
「……思ったよりも早く、我が妹の願いは叶いそうだ」
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