第100話 聖女の苦悩

 セカンドステージを下し、見事1位の座に返り咲いた最果ての剣。そのギルドホーム白亜の城側の草原で、膝をつき嘆く者達が居た。


 現在ランキング2位の強豪、神聖エリュシオン教団のメンバーの部隊である。彼らはリーダー格であるプレイヤー【ダルク】の前に跪き、何かを必死にお願いしていた。


「だから嫌だって言ってるよね?」


「そこをなんとか!」

「お願いします!」

「【聖女】のユニークスキルを使ってください」


「いーやーだー!」


 この面々は先ほど、白亜の城に攻め入った。だが、無残にも惨敗し、多くの犠牲を払い、なんとか生きてここまで戻ってきたのだ。

 それには理由があった。


 【剣士】から【魔法使い】までバランス良く纏まったメンバーを引き連れ、後は守りに特化したユニークスキル【聖女】を持つダルクが守備に回れば完璧! という布陣で挑んだ。

 だが、直前になって「やっぱり使いたくない」と、ダルクが【聖女】スキルの使用を拒否したのである。


 その為、白亜の城の第一防衛ラインすら突破することができず撤退。ここで体勢を立て直していたのである。


「そもそも、あのスキル使うの嫌なんだよ。なんか衣装変わるし……」


 ユニークスキル【聖女】は、聖女になれるスキルである。使用している間、聖衣と鎧がミックスされた、白い可愛らしいデザインのコスチュームに身を包むことになる。ダルクはそれが嫌だったのだ。

 聖女のスキルを使えば様々な守りのスキルを使用可能となる。守護者職を極めた者なら喉から手が出るほど欲しいスキルが沢山手に入るのだ。


 だが、それでもダルクが聖女を使いたがらない理由とは。


「そもそもあのデザインが訳わからないんだよね。肩丸出しだし。胸元は大きく開いてるし。体のラインがやたら強調されるし……。スリットから太ももが見えて……大事なところが見えそうになって恥ずかしいし」


「馬鹿野郎っ!」

「それがいいんじゃねーか何言ってんだよっ!」

「見えそうになって恥ずかしい? むしろ見えろっ!」

「こちとらギルド対抗戦とかどうでもいいんじゃっ!」

「アンタの聖女姿を斜め下から拝みたいんだよっ!」


「なんで君ら逆ギレしてるの!? キレたいのはこっちだよ戦闘の様子とか配信されるんだよ!!」


 いきなり激怒したギルドメンバーたちにダルクは驚きキレ返す。最早ギルド解散数秒前といった様相だが、しかしこれが神聖エリュシオン教団の日常である。


「まぁまぁ、聖女ダルクもみんなも、一度落ち着いて。落ち着いて話し合いましょう」


 ここでエリュシオン教団ギルドマスターでもある剣士の男【ライル】が止めに入る。穏やかな笑みを浮かべたライルを、ダルクは胡散臭そうに睨む。

 何を隠そう、ダルクをアイドル……いやサークル姫的な存在に祭り上げ、神聖エリュシオン教団を作り上げたのがこの男、ライルなのである。


 ダルクからしたら、ライルの口車に乗せられ、いつの間にか男たちの神輿(アイドル)に祭り上げられたのだ。


 警戒しない訳がなかった。


「聖女ダルクよ。貴方が聖女のスキルを使うのが嫌なのは、私も重々承知しております。これまで幾度となく使って貰いましたが、その度に私の胸は張り裂けそうなほどに辛かった」


「嘘だよ。スクショ連打してたでしょ。知ってるんだよ?」


「(ばれてたっ!?)コホン。さて、ランキングは確認しましたかな?」


「うん。トップだったセカンドステージが陥落してるね。おそらくギルドクリスタルを失ったんだ」


「つまり、我々のギルドが2位。そして、あの白亜の城を根城とする最果ての剣のカス共を駆逐すれば、1位になれるのです。1位ですよ1位。めっちゃ凄くないですか?」


「確かに……凄い」

「だが我々は先ほどの戦いで多くの仲間を失った」

「うう……みんなぁ……ごめんよぉ」

「いやそんな顔をしなくてもよいのです。彼らとて、誰も後悔はしてないでしょう」


 むしろ、聖女を使うかどうか葛藤し、悶々とするダルクの姿を眺めていたせいで死んだまである連中である。


「観戦エリアで見守っている彼らの期待に応えるため……今貴方がするべきことは何かわかりますね?」


「わかった。散っていったみんなの為にも【聖女】を使う……訳ねーだろおおおお! もう騙されないぞ!」


「チッ……あと少しで騙せそうだったのに……」


 悔しがるライルとその他メンバー。


「こうなったら仕方が無い。何か欲しい素材とかないんですかダルク?」


「面倒になるなよ! そこはもっと交渉しろよ……ああでも、新しい杖を作りたくて……超竜骨がちょっと足りないかも……」


「イベントが終わったら周回します!」

「俺の宝物庫に沢山あるので献上させてください」

「なので是非【聖女】を使ってください」


「うぅ……どうしたらいいの……?」


 アイテムに心揺れるダルク。これでいいのだろうか? これじゃいつも通りじゃないのか?

 でもまぁいいかな超竜骨欲しいし? と葛藤するが、そこで現実的な事に気が付く。


「あのさ、今思いついたんだけど?」


「なんですか聖女ダルク」

「可愛いポーズですか?」

「見ますよ?」


「違うよ。ほら、さっきの戦いで結構メンバーがやられちゃったでしょ? 仮に今から聖女を使ったとして、最果ての連中を削り切れるのかな?」


 聖女ダルクの言葉に、全員が目を逸らす。聖女姿が見られれば、この際どうでもいいと思っていたので、いざ正論を突きつけられると、何も反論できないのである。


「やっぱりだ! やっぱり君ら、聖女の姿が見られればそれでいいんだ!」


 涙目になってぷいっとそっぽを向くと、聖女ダルクは座り込んでしまう。


「ああ、ダルク様がご機嫌斜めに……」

「無様に死んでいったゴミ共のせいで……」

「くそ……もっと火力のある連中が味方になってくれたらなぁ……!」

「誰か! 誰か来てくれー!!」


 そんな願いが天に通じたのか、それとも偶然か。


 周囲の音が一瞬だけ消えたかと思うと、凄まじい轟音と共に、エリュシオン教団の面々のすぐ横に、黒い穴が開く。そして空は暗雲に包まれ、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く。


 何かのイベントか、それとも誰かの攻撃か。


 ダルクたちが固唾を飲んで成り行きを見守っていると、穴の中からプレイヤーらしきモノが姿を現した。


 和尚の札の力によって転移させられた、ヨハンたちである。


「こいつら……竜の雛の……オエ」

「転移スキル……冗談だろ?」

「くっ……ここまでか」


 怯えるエリュシオン教団の面々。


 だが一方、ゲートから姿を現したヨハンたちは、まるで旅行に来たかのような気楽なテンションだった。


「ちょっとちょっと~いきなり吸い込まれたかと思ったら、ドコなのよここ~?☆」

「あれは白亜の城……なるほど最果ての剣のギルドホームの近くですか」

「待って二人とも、誰か居るわよ?」


 ヨハンがエリュシオン教団の面々を指さすと、彼らは震えた。さながら生まれたての子鹿のようになりながら、聖女ダルクを盾にするように、背中の後ろに隠れる。


「おや、あれは有名な【聖女ジャンヌ・ダルク】……もしかして神聖エリュシオン教団ですか」

「詳しいわね煙条ちゃん。へぇ、あの子が聖女……聖女?」


 ドナルドたちの品定めするかのような視線に、涙目でにらみ返しながら「な、なんだよ?」と震える声で言い返すダルク。そこでようやく、ヨハンも昨日のキングビートルの攻撃を防いだプレイヤーだということを思い出す。


 そして、思い描いていたイメージとダルクの違いから、咄嗟にその言葉を口に出す。


「君が聖女ジャンヌ・ダルク? でも君、男の子じゃない?」

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