第77話 殺し合い祭り

有給5日目の金曜日の夕刻。


竜の雛ギルドホーム。

ギルド対抗戦、通称【殺し合い祭り】まであと1時間程度といった頃合いである。


「あわわ……どういうことなのこれは……」


 そんな、ギルドによっては緊張感に溢れているであろう時間帯に、ヨハンはミーティングルームで涙目になっていた。

 それをオウガが呆れたように眺めている。


「決戦直前。気合い十分にログインしてみれば……緊張感ねーなギルマス。何があったんすか」

「それがね……時空転生が使えなくなってしまったのよ」

「はぁ? 昨日あんなにはしゃいでたじゃないすか……」

「結構強かったのに……陰謀よ。これは運営による初心者いじめに違いないわ!」


 オウガは昨日『時空転生楽しぃ~』とぴょんぴょんしていたヨハンを思い出し、今とのテンションの落差にため息をついた。一体何があったというのか。その疑問に答えるように、ドナルドが口を開いた。


「いわゆる調整中の悲劇ってヤツね☆」

「「調整中の悲劇?」」


ヨハンとオウガの声が重なる。


「そう。このゲーム、かなりの数のスキルがあるでしょう?」


ドナルドが語る。


 このゲームには、数多くのスキルが存在する。そのため、スキルの組み合わせによるコンボの可能性は無限大だ。プレイヤーは新しいスキルを手に入れたら、既存のスキルと組み合わせて強い動きができないか試す。


 プレイヤーに平等に配られるスキルは、そういった既存のスキルとの整合性や組み合わせの可否を運営があらかじめ検証し、設定している。


 だが、固有のユニークスキルの場合、ごく稀に漏れが発生する。つまり、運営の想定していなかった使用方法やコンボの存在だ。(ちなみにユニーク装備に限らず、一般スキルでも結構こういった事は起きる。運営とて万能ではないのだ)


 そういう時『この組み合わせはできない』ときっぱり言ってしまうのは簡単だが、それはプレイヤーの好奇心を奪ってしまうのでは? と考えた運営は、AIによる判定を導入したのだ。

 運営の想定していなかったスキル運用が起こった場合、瞬間的にAIが効果処理を行う。なので、プレイヤーは普通に問題なくゲームを遊ぶことができる。


 だが同時に、その一連の処理結果は運営にも送られ、会議にかけられる。大抵の場合AIが処理した通りでOKとなるのだが、強力過ぎたり、ゲームバランスを著しく低下させるような処理は、修正が入るのだ。


 今回の場合、クロノドラゴンが【時空転生】を使う場合は問題なかった。スキル解放のための莫大な素材に見合った強力な効果と言える。


だが、プレイヤーが時空転生を使う場合、問題が生じる。クロノドラゴンと召喚者のHP・MP・スキルの使用状態をクロノドラゴンの召喚時に戻す……というのが時空転生の効果だが、この能力には問題があった。


 そう、プレイヤーヨハンが使用した場合、クロノドラゴンが居なくても使用できてしまったのだ。

つまり、一度クロノドラゴンを召喚しておけば、その後クロノドラゴンが消えた後でも、時空転生を使い、クロノドラゴンが召喚された時点の状態に戻すことができた。これが許された場合、ヨハンは再使用に時間がかかる強力なスキルを何度でも使用することが可能となってしまう。


それ故、【時空転生】はクロノドラゴンしか使用できないスキルへ調整されたという訳だ。


「普通は判定まで一週間くらいかかるんですけどね」

「……イベント前だから、運営さん頑張っちゃったね」


「うう……切り札になると思ったのに……」


ヨハンは肩を落とした。ここ最近のギルドメンバー全員の頑張りを見ていたヨハンは、自分もなんとか役に立ちたいと思っていたのだ。


【時空転生】によるスキル無限使用はいいアイデアと思っていたのだが、運営に先手を打たれてしまったという訳だ。


「気を落とさないでくださいヨハンさん。ヨハンさんは今のままでも十分に強いです」

「ゼッカちゃん……」


落ち込んだヨハンを、ゼッカが励ました。


「そうね。ぶっちゃけアンタがこのギルドで一番強いし☆」

「そうですそうです。それに、【カオスアポカリプス】は召喚獣の数だけ、無限大の可能性を秘めているんです。きっと大丈夫ですよ」

「無限大の可能性……」


ヨハンはゼッカの言葉に勇気を貰う。


「遅くなってしまいました。オウガくん。これを」

「おおっ……ありがとうございます!」


そして、ミーティングルームに現れた煙条Pが、オウガに装備一式を手渡した。オウガは興奮した様子でメニューを操作し、渡された装備を装着していく。


一瞬でオウガの姿が盗賊ぽい格好から白銀の鎧を纏ったパラディン感溢れるものへと変わる。


「あらあら~似合ってるじゃない☆」

「ええ。素敵よオウガくん」


「嬉しいっす」


普段は嫌がりそうなヨハンとドナルドの賞賛を素直に受け入れるオウガ。オウガが受け取ったのは【ミスティックシリーズ】一式。

何を隠そう、ミスティックシリーズはあのロランドが愛用する装備である。状態異常魔法への耐性を得られるのが一番の利点だが。


「おお、動きやすい!」

「最強の防御力はありませんが、関節の構造が優れているようです。細かいですが、これがロランドさんの機動力を支えているのでしょう」

「本当にありがとうございます……煙条Pさんだけじゃなくて、他のみんなも……」


 感極まったのか、オウガはその場に居たみんなに頭を下げた。最強の装備ではないものの、ミスティックシリーズは多くのレア素材とゴールドを使用する。


 とてもオウガ一人で集めきれる量ではなかった。だが、竜の雛全員の協力があって、装備が完成したのだ。


「俺……このゲームやってて、みなさんに会えて本当に良かったです」


「ちょっとちょっと~何泣いてるのよ~☆」

「泣くのはライバル君に勝ってからにしなさい」

「そうよ~。泣き止まないとその涙……舐めちゃうわよ☆」

「うわっ!? やめっ」


これでオウガの準備も整った。


後は。


「まずいですよヨハンさん。コンさんとメイちゃんが戻ってきません」


 ゼッカが慌てる。一応ログインしていればイベント開始直後に強制的にここへ飛ばされてくるのだが、もし別のクエスト等で特別なエリアに移動していた場合は、参加できなくなってしまう。

メッセージを送ろうかと迷っていたところで、ようやくコンとメイが帰ってきた。


「皆さん、遅くなってすみません」

「主役の登場や~」


 メイはペコペコと可愛らしく頭を下げ、コンは悪びれもなくテンションが高い。その様子を見て、ヨハンは二人がクエストを完了させたことを確信した。


ヨハンと目が合うと、コンは「ああそういえば」と口を開いた


 コンは今日の最終戦に挑むにあたり、ヨハンからクエストの内容をあらかじめ聞いていたのだ。合体ダークスパイダーとカオスアポカリプスとの連戦。


 だが、コンとメイが挑戦した時に現れたのは【フリーザー】という、別のコラボイベント限定のボスだったという。その後少女が消されるまでの流れも同じなので、大枠の筋書きが決まっていて、出てくるボスキャラがランダムなクエストなのだろうという結論になった。


「果たしてカオスアポカリプスを引き当てた魔王はんは運が良かったんか。それとも悪かったんか。どっちやろな?」


と悪戯ぽく笑う。


そして。


『お待たせしました! それでは只今より、ギルド対抗戦【殺し合い祭り】を開始しーます!』


 運営のアナウンスが鳴り響く。そして、改めてルール説明が行われた後、参加しないプレイヤーが第三層から待機エリアへ移動させられる。


これより現実世界で1時間、ゲーム内時間で12時間、殺し合い祭りの一日目が開催されるのだ。


「いよいよね……」


ブオオオオオオオンンン。


そんな無骨な音声と共に、いよいよギルド対抗イベントが開始された。

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