第75話 時空転生

「スキル発動――フラワーオブライフ!」


 ヨハンは味方の魔力を三倍に引き上げるスキル……フラワーオブライフをクロノドラゴンに使用する。それを、ダークスパイダーと合体した男は笑う。


「素人か? 例えクロノドラゴンを強化しても、もうクロノドラゴンに攻撃するだけのMPは残っていないぞ」


「……勝手言ってるよ。この後お姉ちゃんのMPを分けてあげるんだよね?」

「それもいいけど……」


 ヨハンは先日【マジカルリンク】という、召喚獣に自分のMPを分け与えるスキルを入手した。それでも十分なのだが、ヨハンの最大MPはほぼ初期のまま。いくらすぐ回復するとはいえ、与えられる数値は微々たるものだ。


「クロノドラゴンにはとっておきがあるの。行くわよクロノドラゴン! 最後のスキル発動――【時空転生】!!」


 突如、天井を覆うようにいくつもの時計のような魔法陣が現れる。そしてその時計の針は、物凄いスピードで通常とは逆、左に回転していた。


「……時間が巻戻っている?」

「クロノドラゴンの能力の設定。それは失われた戦闘時間を取り戻す能力。【時空転生】はクロノドラゴンと私のHP、MP、スキルをクロノドラゴン召喚時の状態まで戻す」


「は、それがどうしたってんだ!」

「ふふ……こう言うことよ。クロノドラゴン――ジオサイドフォース!!」

「ぐるるあああああああ!!」


クロノドラゴンの口から、再び強力なエネルギー波が放たれる。


「なっ? ……ぐ――【シフトチェンジ】」


 男は咄嗟に、自分と召喚獣の位置を交換するスキル【シフトチェンジ】を発動し、遠くに居たベビーと入れ替わる。男こそ取り逃したが、ジオサイドフォースは5体のベビーを同時に葬り去った。


「ぐっ、どういうことだ?」


男は納得がいかないといった表情。


「ジオサイドフォースは強力な分、再使用までの時間が10分かかる。MPが回復したとしても、それが何故使える?」


「あら、簡単よ。スキル【時空転生】で、クロノドラゴンは【ジオサイドフォース】を使う前の時間に戻ったから、また使えるようになった」


「……そうか、スキルも召喚時に戻すっていうのはそういう事なんだね!」


「ええ……そして、私もその恩恵を受けているわ。つまり……」


 ヨハンは再び【フラワー・オブ・ライフ】を発動。クロノドラゴンの魔力がさらに3倍となる。掛けられた強化状態は消えないので、重ね掛けができるのだ。


「さらに! クロノドラゴン……【時空転生】発動!」


「馬鹿な、また時空転生だと!! そうか、時空転生の効果で時空転生も時空転生発動前に戻っているのか……」


「そういうこと。つまり、クロノドラゴンは貴方を倒すまで、延々と【ジオサイドフォース】を打ち続ける」

「……凄い! 凄いよお姉ちゃん! まさにずっと俺のターンだね!」


「糞があああああ!!」


 やけっぱちになった男はダークスパイダーの口から大量の召喚石を吐き出させる。その召喚石はベビーを呼び出す。様々なスキルを駆使して、なんとかクロノドラゴンを打破しようとするが。


「ジオサイドフォース!」


「ジオサイドフォース!!」


「ジオサイドフォース!!!」


 時が巻戻る度にヨハンによる強化が行われ、威力を増していくジオサイドフォースの破壊力のせいで、守備に時間を取られ、攻撃に転じることができない。MPの確保もできず、男は徐々に追い詰められていく。


 さらに言えば、例えジオサイドフォースの連射を打ち破られたとしても、クロノドラゴンにはまだ切り札の【タイムメイカー】が残っている。つまり、今度はこのループコンボを抜ける為に使用したあらゆるスキルが、クロノドラゴンのものとなってしまうのだ。


必死に対応しているが、男の状況は完全に詰んでいると言っていいだろう。


「もう手持ちの召喚獣は尽きたようね……それじゃあトドメよ――ジオサイドフォース!」


17発目のジオサイドフォースがダークスパイダーと合体した男の体へと命中し、一撃でHPを削り去った。


***


***


***


「さて、あとはあの男を倒してハッピーエンドかしら?」


 ヨハンとレンマ、そしてクロノドラゴンがじりじりと距離を詰める。生き残った三人組最後の男は絶望したような表情をすると「わああああああああ」と走り去ってしまった。


「……え」

「これで終わり?」


 唖然とその背を見送る。どうやら先ほどの戦いが、このクエストの最終戦だったらしい。何か言い知れない違和感を覚えながら、ヨハンとレンマは倒れている少女の父親に駆け寄った。レンマが抱き起こすと、父親は苦しそうに呻いたあと、目を覚ました。


「私は一体なにを……そうだ。私は男達に拉致されて……ここで神を召喚する為の魔法陣を書かされていたんだ……だ、誰だか知らないが、君たちが助けてくれたのか?」


父親の問いに、ヨハンとレンマは頷いた。


「そうか……しかし、何故私を助けてくれたんだ?」


「貴方の娘さんに頼まれたんです。お父さんを助けてと」


「はて? 私に娘なんて居ないが……一体誰が」


ぞくりとした。


先ほど感じた違和感が、ゆっくりとヨハンの背を冷やす。


ヨハンの感じていた違和感。


このクエストにおいて、これまでずっと二人を導いてきてた少女だ。


普通、こういう時は、やっと会えた父親の元に駆け寄るのではないか? 感動の再会シーンを用意して、プレイヤーに満足感を与えてくれるのではないか?


 思えば、ヨハンが初めて違和感を覚えたのは、初日に彼女の家に行ってからだ。父親、博士の仕事道具で埋め尽くされた部屋は、残された子供が一人で生活しているという感じが全然しなかった。


それはゲーム故のものかと思っていたが……。実際は違ったのだ。本当は、あの部屋は少女の家ではなかったのだ。


だとすれば、この一連の事件の黒幕は……。


「あーあ。バレちゃったぁ」


そんな声がして、二人は恐る恐る、少女が立っているであろう方を振り返る。


少女の髪色は黒から白へ染まり、あどけなさの残っていた表情は悪魔のような笑みを浮かべていた。


「……君が黒幕だったんだね」

「うん、そうだよ」


 言うと、少女は浮かび上がって、壁に描かれた魔法陣の方へと飛んでいく。そして、懐から宝石のようなものを取り出す。それは透明なクリスタルだったが、中心が何やら輝いていていた。


「気になる? これこそが神をここに降ろすための召喚石なの。でもね、これを使うにはエネルギーが必要なの。丁度【強力な召喚獣同士の戦い三回分】くらいのね」

「なるほどね」


ヨハンはようやくこのクエストのシナリオを理解し納得すると、少女の次の行動を待つ。


少女は魔法陣の中央にその特別な召喚石をはめ込んだ。


「あわわわわ~マズいぞコレは~」


と博士が横で慌てている。それを聞いて、ヨハンは片手を上げると、少女に向かって攻撃を打ち込む。


「ブラックフレイム」


数発の黒い炎が少女に命中し爆発するが、少女は全く止まらない。ノーダメージだった。


「どうやら邪魔はできないようね」

「……うん。多分【神の召喚獣】が出てくるまでがシナリオだろうね。もしかしたら、クエストクリアで神の召喚獣が貰えるかも」

「え……? いらないわそんなの」

「……本気でいらなそうな顔しないでお姉ちゃん」


 やがて魔法陣が輝きだし、中央に黒いゲートのようなものが開く。


 そして、その中から禍々しいオーラを纏った【何か】が現れた。それを見た少女は顔を歪める。


「失敗ね……これは神の召喚獣じゃない……全く違う何かだわ」


 言いながら、少女は舌打ちした。どうやら、現れた【何か】は少女が呼ぼうとしていた【神の召喚獣】ではないらしい。


 それはヨハンにもわかっていた。何故なら、そのモンスターはヨハンのよく知るモンスターだったからだ。


 顔の上半分を覆い隠す仮面。その下の、整った顔立ちを予感させる妖艶な唇。流れる金と赤の髪。漆黒の鎧とマント。その内に秘められた美しい肉体。


「……ゲートから現れたあの召喚獣……どこかお姉ちゃんに似ている?」

「ええ。でも、少し違うわレンマちゃん。あのモンスターが私に似ているんじゃなくて。私の鎧があのモンスターに似ているのよ」


ゲートから現れたモンスターの正体。それはヨハンの鎧と能力のモデルとなったモンスター。


「あれはカオスアポカリプス。アニメバーチャルモンスターズのラスボスよ」

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