第65話 君が目指すべきは

 オウガこと男鹿優作おが ゆうさくは、近所のサッカークラブチームに所属していた。ポジションはキーパーである。ドッジボールが得意とか、そんな理由で、小学三年生の頃からキーパーをやり始めたのだ。


 上達するにつれて次第にキーパーの奥深さを知り、サッカーがどんどん楽しくなっていった。だが小学5年生に進級した頃。


「今日からこのチームに所属することになりました、神酒召一みき しょういちです。ポジションはキーパーです。よろしくお願いします」


 クロスこと、神酒召一が同じチームに入ってきたのだ。優作と召一の母親は近所同士で仲が良い。優作は昔から召一と比較されて育ってきた。だからこそ、召一の居ないこのチームは、優作にとってはオアシスだった。だから狙い澄ましたかのように同じポジションを選択し、練習初日からスーパープレーを連発する召一を、優作はうんざりした顔で眺めていた。


「申し訳ありませんが僕は忙しいので練習には参加しません。ですが試合にはちゃんと来ますので、安心してください。僕を使えばこのチームでも勝てますよ」


 そう言い残し、その日は帰って行った。コーチやチームメイト達は困惑した。スポーツにおいて、試合だけ出席なんてありえない事だからだ。いや、もっとレベルの高いチームならばあり得るのかもしれないが、小学生の、しかも地方の弱小クラブチームでそんな事が認められるはずもなく。


「安心しろ優作。俺はお前が努力しているのを知っている。あんな舐めたヤツは試合に出さないさ」


優作はコーチのその言葉に安堵した。


だが。


 それから一月後。軽い捻挫で欠場した優作の代わりに出た召一は、ミラクルプレーを連発。土日で行われる小さな地区大会を制することとなった。


それが転機だった。チームメイト達は召一への態度をがらりと変える。

「よく試合だけ来られるよな図々しい」

から

「よく来てくれたね、これで今日も勝てるよ」

へ変化した。それ以来、優作が試合に出ることはなかった。



 その年度の2月。先輩である6年生にとって最後の試合の日。召一が熱を出して欠席との連絡が入った。


『今日はお前にまかせる』


 召一からラインを受け取った優作は、軽い感動に震えた。召一にチームを任されたと、それが無性に嬉しくなった。だからその日は全力で戦った。先輩達も、頑張った。

 今日の予選リーグを勝ち抜けば、決勝リーグは来週。そうすれば召一と、もっと一緒に戦える。だが、現実は甘くない。リーグ全敗という無残な結果で、優作の5年生最後の試合は幕を閉じた。


「今までの勝利は、全て神酒くんのお陰だったという訳か……」


 コーチの言葉に、優作は深く傷ついた。



 次の日。


「ゴメン。お前にチームを任されたのに……俺……自分が情けないよ」


 優作は教室で、召一に頭を下げた。召一から任されたのに、勝つことが出来なかった。それが申し訳なくて堪らなかったのだ。

 だが召一は、いつも通りの表情で言う。


「いや、それでいい」

「え?」

「だから、勝てなくていいと言ったんだ。来週は有名ユーチューバーとコラボ配信する予定でね。もし決勝リーグに進んでいたら、予定が被ってしまっていた」


 優作は一瞬、目の前の召一が何を言っているのか理解できなかった。


「お、おま……一体何を!?」

「相変わらず頭の回転が悪いなお前は」

「いやわかるよ。つまりあれか? お前、来週が試合だと困るから、ズル休みしたって事だろ?」

「そういうこと。僕が居たら、目を開かないくらいの手抜きしないと勝っちゃうからね」

「でも……俺たちが自力で勝つ可能性があっただろ。先輩たちがやる気を出して……そうしたらどうするつもりだったんだ?」


 優作は、先輩たちの顔を思い出していた。「召一の為にも頑張る」と叫んでいた先輩たちの顔を。もっと召一とサッカーをしていたいと泣いていた、先輩たちの顔を。


「その可能性は100%ないと確信していたさ。だってお前等、雑魚だからな」

「お前……お前っ」


 優作は許せなかった。目の前の召一ではなく。こんなヤツの思惑通りに負けてしまった、弱い自分が許せなかった。


「何を怒ってるんだお前? 久々に試合に出られて嬉しかっただろ? 僕が休んだお陰で試合に出られたんだ。じゃなきゃお前卒業までベンチウォーマーだったんだぞ」


 怒りに震える優作を前に、さらに召一は続ける。


「ま、人間って生まれた時から役割が決まってるんだよ。残酷だけどさ。僕は勝って勝って勝ち続け、栄光を掴む人生の勝者。お前は負けて負けて負け続け、暗闇でくだらない一生を過ごす敗者。おいおいそんな顔をするなよ。僕がお前をいじめてるみたいじゃないか。僕は本当の事を言っているだけだぜ?」


 その日。優作はサッカークラブを辞めた。両親ははじめこそ「途中で投げ出すなんて」と辞めることに反対だったが、優作の尋常じゃない落ち込み様を見て、それを了承した。


その数日後。優作はオウガとして、友達と共にGOOでの冒険をスタートさせる。



***


***


***


「な? あんまり愉快な話じゃなかっただろ……って、うわ」


 オウガが話を終えると、竜の雛のメンバー達は妙にそわそわした様子だった。


「なんだよ気持ち悪いなぁ」


「いえ、なんというか熱いですね」

「なんやろこの気持ち……なんか背中が痒いというかなんというか」

「青春だわ。ワタシたちが昔に捨ててきた、青臭い青春がここにあるわ☆」


 アダルトチームはオウガの話に青臭い青春を感じ、居心地が悪そうな、しかしとても楽しそうななんとも言えない表情をしていた。

 そんな大人達の態度を見て「やっぱり言うんじゃなかった」と恥ずかしさで悶絶するオウガ。だが。


「クロスくんとの対決。してもいいわよ」


 部屋の隅に居たヨハンはいつのまにかテーブルの方へ戻ってきていて、オウガにそう告げた。


「い、いいのか?」

「ええ。もちろん、うまく行けばだけどね? それでもいいなら……」

「いい! それでいい! それ以外はちゃんとギルマスに従う……だから……よろしくお願いします」


 ここで初めて、竜の雛のメンバーに対して、オウガは頭を下げた。


「で、戦わせるのはいいんだけど……実際のところどうなのゼッカちゃん。オウガくんはクロスくんに勝てるの?」

「まぁ無理ですね」

「えぇ!?」


 ゼッカはきっぱりと言った。


「クロスはユニークスキル2つ。ユニーク装備1つ持ってる。とても今のオウガがタイマンで勝てる相手じゃないです」

「くっ……いや、わかってたけどキツいな……やっぱり、何か強力なユニークスキルを……ちょっと俺、探してくる」

「待って」


 ギルドホームの外へと飛びだして行こうとするオウガをゼッカが止める。


「今からそんな事をしても無駄。それより、もっと確実な方法がある」

「本当か!? 教えてくれ」

「いいよ、はっきり教えてあげる。君が目指すべきはヨハンさんやクロスのようなプレイヤーじゃなく……このゲームのトッププレイヤーロランドさんの戦い方。私ならそれを教えられる……どう?」

「ロランド……の戦い方」


 オウガも聞いたことがある。攻撃力とスピードを重点的に強化し、多くのスキルを獲得してあらゆる状況に対応する。トッププレイヤーの7割がこの戦い方をしているという話を。


オウガとてそれを試そうと思わなかったワケではない。だが。


『誰かが敷いたレールの上を歩きたくない』『オリジナル、異端でありたい』という願望故に切り捨てた道だった。


「それで……勝てるなら」

「もちろんすぐに真似できる程簡単なことじゃない。でも君の勝ちたいって思いがあれば……きっと結果はついてくる」

「はい……よろしくお願いします」


オウガの瞳に闘志が灯る。それを見たヨハンとゼッカは微笑む。


「よし、そうと決まればレベル上げ。ロランド戦法の前に、最低でもレベルを40に上げてもらう……」

「う、うっす」

「40かぁ……先が長いなぁ」


間に合うか少し不安そうな顔をするオウガとメイ。そんな二人をヨハンが励ます。


「大丈夫よ。二人ならきっとやれるわ」

「なに他人事みたいに言ってるんですかヨハンさん」

「え?」

「ヨハンさんもこの二人と一緒に、レベル上げするんですよ? ダンジョン周回です」

「ええ……私、周回嫌いなのに……」



次回、小学生二人とレベル上げ

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