第13話 素材って? ああ!
次の日。
早朝からログインしたヨハンは、昨日獲得したランキングポイントを確認する。自分が急上昇ランキング1位になったことは知らないヨハンだったが、それでも580Pという大きなポイントが振り込まれており、頑張った甲斐があったと満足していた。
「【中級召喚術】を120Pで購入して……っと。ふぅ、これでやっと中級のバチモンが呼べるわね。余った分はどうしようかしら……今はいらないか」
ヨハンは相変わらずバチモン以外への関心が薄かった。目当てのスキルを獲得すると、早々に切り上げ、人気のないフィールドへと移動する。
「流石にこの子たちは宿屋じゃ呼べないからね」
そして玩具型の召喚石を取り出す。
「――召喚獣召喚! 【バスタービートル】!!」
幾何学的な魔法陣から、一体の巨大なモンスターが出現する。クワガイガーと同等の大きさ、上下に並んだ白い二本の角、赤い装甲に稲妻模様。4本の足で身体を支え、残り2本の足は攻撃用に進化している。ヨハンはヘラクレスオオカブト型バチモン、バスタービートルを呼び出すことに成功した。
「ビジジィイイ」
「ああ、格好良いわ……素敵」
ヨハンは出現したバスタービートルの前足に抱きつくと、頬ずりをする。クワガイガーとの扱いの差があるのは、思い入れの違いだろうか。
「はぁはぁ……この装甲、硬くて冷たくて、でも少しぷにっとしてて、気持ちいい。ずっとここに住みたい……このゲーム、こうしているだけで楽しい」
召喚獣に抱きつきながら恍惚とした表情を浮かべるその姿は端から見たら完全にやべー奴である。おそらく現実(リアル)の知り合いに見られたら一ヶ月は引きずるであろう醜態だった。そしてそんな醜態をさらすヨハンに声を掛けるプレイヤーがいた。
「あの……ヨハンさん」
「ひゃ!? ああ、誰かと思ったらゼッカちゃんか。どうしたの?」
慌てて平静を装うヨハンだったが、時すでに遅し。ゼッカは割と初めから全てを見ていた。だが心優しいゼッカは今見た光景を全てスルーして会話を開始する。
「昨日のランキングイベント、お疲れ様でした」
「ありがとう。ゼッカちゃんがスターターセットをくれたお陰で、ほら!」
ヨハンはまるで我が子を自慢する母親のようにバスタービートルを指し示す。
「中級のバチモンも呼べるようになったのよ。本当にありがとうね」
「ええ、私もお役に立てて良かったです。ただ……」
「ただ?」
「えっと、昨日のイベント中、黒い鎧を着てましたよね? あれってなんなんですか?」
「ああ、アレね。あれは……」
ヨハンは先週ゼッカと別れてからの出来事を全て話した。
ユニーク装備カオスアポカリプスを入手したこと。
虫のダンジョンを単独で突破したこと。
クワガイガーを入手したこと。
そしてランキングイベントのこと。
「やっぱりあの鎧はユニーク装備だったんですね」
「ええ、恥ずかしいから戦う時以外は装備しないんだけどね。ところでユニークって何?」
「このゲーム内に一つだけしか存在しないって意味です。ヨハンさん、物凄く運がいいんですよ」
「そうなの? みんなこのくらいの装備は持っているものかと思ったけど」
レベル50のゼッカが言うのなら、そうなのだろうとヨハンは思う。そして、自分のような初心者がこうもあっさりゲームを進められたことにも、今更ながら得心がいった。
本人は【ろくよん】のプレイ経験が役に立ったようね……と思っていたが、それは只の気のせいだったようだ。
「でもそれを聞いちゃうと、なんだか申し訳ない気分になるわね」
「え、申し訳ないとは?」
「だって、みんなこのゲームを一生懸命頑張っているのに。コラボイベント目当ての私が楽に強くなってしまって……それが凄く申し訳ないわ」
自分の動機は不純だと落ち込むヨハン。だがそれは違うとゼッカは言う。
「それは違いますヨハンさん。コラボイベントっていうのは集客目的でやるものです。だからそれ目当てで始めたヨハンさんは何も間違ってはないんです」
コラボイベント自体がそもそもヨハンのような人間をゲームに引き込むためのものだと語るゼッカ。
「それに、ユニークアイテムを入手できたのは、ヨハンさんが本当にバーチャルモンスターズを大好きだったから。愛していたからです。だから何も恥じることなく、むしろ堂々とその鎧で暴れ回っていいんです!」
「暴れ回るかはともかく……ありがとうゼッカちゃん。元気が出たわ。そうよね。別にズルしたわけじゃないし。堂々とこのゲームを楽しむわ」
ヨハンの言葉を聞いて、ゼッカは嬉しそうに笑う。
「その意気です! それに、昨日のハイライト映像でヨハンさんの活躍を見て思ったんです」
「そうなんだ。え、ちょっと待ってハイライト映像? ハイライト映像で私を見たの!? 活躍? ちょっと詳しく」
あの鎧を着ていた姿が配信されている!? その事実に戸惑いを隠せないヨハンだったが、ゼッカは構わず続けた。
「エンジョイ勢なのにロランドさんと互角に渡り合うヨハンさんを見て、少し救われた気分になりました。ああ、自分が楽しいと思うことだけを貫いて、強くなれるんだって。やっぱり私は間違ってなかったって」
「あの、ハイライト映像って……」
ゼッカの言うことがまるで頭に入らないヨハン。
「ヨハンさん!」
「は、はい!?」
「これからも私と仲良くしてくださいね!」
「え、ええ、別に構わないけれど」
美少女に手を握られている事実に、少し頬を赤らめるヨハン。
(よくわかんないけど。何かあったのね、ゼッカちゃん。もう少し仲良くなったら、話を聞いてみましょう)
その後、一通り話をして、今日はもう解散しようかという時分。ヨハンはふと気になっていたことを思い出し、ゼッカに尋ねてみた。
「なんですか? なんでも私に聞いてください!」
「バスタービートルなんだけどね。召喚できたのはいいんだけど、スキルが一つしか使えないのよ」
ヨハンの召喚獣管理画面にはバスタービートルの状態とスキルが並んでいる。確かにスキルは三つあるのだが、その内二つには鍵のアイコンがついている。
「ああ、中級以上の召喚獣は強力なスキルを持ってますから。最初は封印されているんですよ」
「封印?」
「ええ。使うためには素材を集めなくてはいけません。ここを押してください」
ゼッカに言われたとおりに操作すると、何やら見慣れない画面が表示された。
【召喚獣解放石】×1
【ビートルダイヤ】×3
【甲虫の角】×28
「スキル一つにつき、これらの素材を消費して解放すると使えるようになるのです」
「え?」
ヨハンは青ざめながら、自らのアイテムストレージを漁る。
「召喚獣解放石……ない。ビートルダイヤ……ない。甲虫の角……3個……oh」
肩を落とすヨハン。
「み、道のりが長すぎるわ……」
「あはは。他の中級召喚獣たちの分も考えたら気が遠くなりますね!」
そんなヨハンを笑いながら慰めるゼッカ。剣士職はここまで素材を要求されることは少ないので、この余裕である。
「アニメのバスタービートルの必殺技は【テラーズブラスター】。なのにこのゲームではロックされている……。使いたい……でも使うにはどこで手に入るかもわからない素材を探し続けなくてはいけないの!?」
絶望的な表情をするヨハン。
「いいえ。素材集めは確かに面倒ですが、その面倒さを楽しく済ませてしまう方法があるのです」
「そ、そんな方法があるの!?」
縋るヨハンに気を良くしたのか、ゼッカは続ける。
「はい。来週から始まる新しいコラボイベント【アイドルスターズ】を私と一緒に遊べば、全て解決するのです!」
「あ、アイドルスターズですって!?」
「ええ、ヨハンさんが驚くのも無理はありません。何せ小学生女子から大人の男性まで、あらゆる層を虜にする大型コンテンツ、アイドルスターズとのコラボですからね」
「ゼッカちゃん」
「はい、なんですか!」
「アイドルスターズって何?」
「え……?」
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