第37話 女性を救うのはいつだって主人公の口づけさ

「ど、ど、どうするのまーちゃん!?」

「倒すしかないね」

「魔王を!? うちらが!?」

「そうだね」

「うちらがまーちゃんに勝てる訳ないじゃん! つまりうちらは魔王を倒せない! よってシャルロットをうちらが倒せる訳ない!」

「おお。完璧な、三段論法」

「実に絶望感だけが際限なく漂う状況説明ありがとうございます、アルテミスさん」


 ですがそれをどうにかするのが我々三女神の役割です、と杖を構える。


「唯一救いがあるのならば、所詮は魔具で無理やりに仕立て上げたまがい物、という点でしょうか。魔王というスキルは付いてはいますが、魔具二つと魔水晶に頼った半端な変化です。勇者の魔王化を補助している余計な魔具を取り除けば、どうにかなるでしょう」


「と、取り除くって言ったって……イッシィ……」


 反魔の膨張は首にセットされ、天地逆転は懐にしまわれた。


「接近戦」

「そうなるね。魔王の力を得た勇者相手にガチンコ挑まなきゃいけないとか罰ゲームじゃん、あっはっは」

「笑い事じゃないっしょ!」

「笑うしかないんだから笑っておこうよ」

「幸いなことによほど魔王化のハードルは高いのか、彼女からそれ以外のスキルは消失してるってとこだね」


 解剖眼で覗いて確認すると、現在彼女が有するスキルは【魔王】だけ。勝機はある。


「ただ、歴代最強の勇者と誉れ高き彼女の基礎スペックが恐ろしく高い。そこに魔王としての付与がかかると、それだけでもう」


 魔王という特性上、倒すのは無理だ。僕たちにできるのは魔具を剥がしてシャルロットの魔王化を解くことだけ。


「……っ」


 瞬きしている間の出来事だった。秒にも満たない一瞬の世界。シャルロットは間合いを詰め、刀剣を首元に滑り込ませてきた。


「あ、ありがとうイシス」

「絶対に魔王さまの危機を救う魔法、をあらかじめ施していたもので。勝手に身体が動いてくれました。ただそれだけの話です」

「便利って度合いじゃないねそれ」


 杖をスイングして強引に横っ面を引っぱたいた。その衝撃で辛うじて首は繋がったまま。


「ただ、万能ではありません。あまりに都合が良すぎる魔法のせいか、世界から修正が入りました。二度目は使えないようです」


 いたたた、と口元を歪める。ペナルティって奴かな? いつの間にか出現したジャッジメントフェアリーがイシスを睨んでいた。なるほど。一回こっきりの幸運、って訳か。


「ですので、次に魔王さまの命を刈り取りに来る前に仕留めましょう。アルテミスさん、エルナディーテさん」

「わかってるってーの!」

「一戦、必勝」


 僕を庇うように三人が前に出る。


「世界一強い竜、なる」

「世界一硬い盾! そんでもって聖剣なんか比じゃないくらいの切れ味の剣!」

「多少の苦痛で能力が上がるのなら惜しむ理由はありません! エルナディーテさんが【シャルロット】に対してこの世で一番強くなる魔法!」


 巨城のような体躯になったエルナディーテが剣と盾を持つ。そこに即興で仕上げたイシスの反則魔法で支援をする。さすがにこれなら……?


「むぅ、強い」

「ですよねぇ」


 剣で切り裂く、どころか無造作に振るった左腕でエルナの巨体を吹き飛ばした。

 たった一度の衝突でアルテミスが作った武具もイシスの支援も消えてしまった。ついでにエルナの身体も小さくなった。


「勇者が【守る者】ならば魔王は【壊す者】。これくらいの理不尽が妥当でしょう」

「呑気にしてる暇ないって! どんどん勇者が闇に飲まれてってるよ!」


 きっとイシスなら、最悪シャルロットごと滅ぼすという手段を取れるのだろう。けどそれをしないのは僕への配慮だ。

 可愛い子は守りたいという、つまらない主義への配慮。


「しょうがない」


 剣を抜き、前に出る。いじらしく献身する彼女たちを悩ませているのが僕ならば、責任を取るのもやはり僕だろう。


「さあシャルロット。お望み通りここからは僕が相手だ。ちょっと趣は変わっちゃったけど、勇者と魔王、天下分け目の超決戦としゃれこもうじゃないか!」


「魔王……魔王……っ」

 暴れ馬のように突進してくるシャルロットを、僕は迎え撃つ。



 五回。六回。七回。ううん、だんだん数えるのが手間になってきたなあ。

「魔王さま違います。本当だったら既に十五回は死んでいますよ」

「そっか。教えてくれてありがとう、イシス」


 その間に頭上をシャルロットの剣圧が通過したからもう一回追加。またしても運よく足を取られて転倒した。

 それが功を奏して本来致命傷になったはずの彼女の攻撃をかわした。


「天運招来だけで渡り合ってる……まーちゃんの一つの戦い方だけどさあ……」

「見てる方、心臓、悪い」

「攻撃されるたびに心の中で『逝ったぁ!』ってなりますからね」


 徹頭徹尾ターゲットは僕だけなのか雑談するイシスたちには目もくれない。


「ま、おぅ!」

「やれやれ、人気者だね!」


 地面が地層ごと抉られていく。まるで綿あめみたいに簡単にさらうなあ。


「避けてばかりじゃ意味がない。どこかで反攻しないと活路はないんだけど」


 まともにやったら勝負にならないしなあ。そもそも彼女を傷つけない、が大前提だ。

 正面切って殴り合いするとか柄じゃないし、どうすれば目的を達成できるだろうか。


「僕らしく、僕っぽく。それでいて戦闘を終えるには」

「魔王さま前!」

「おっとと!」


 くるりんぱ。風圧だけで首が持っていかれそうになった。今のはやばかったなあ。


「でも、本当に痛いのは僕じゃないんだよねぇ」

「う……ぅ……」

「苦しんでる?」

「いいえ、違います」

「泣いてる」


 そう。狂乱の最中に見せる彼女の本心。

 守るべき同胞に虐げられた心は怒りではなく悲しみに彩られていた。

 苦しい、辛い、助けて。一発一発彼女が拳を振るうたび、僕の心はやるせなさで一杯になる。


 ……ぶっちゃけ、今はもう僕の方が怒ってるよ。


「そんな女の子は間違いでも殴れない。……もう、これしかないよね」

「まーちゃん何を!?」

「おいで、シャルロット。君の苦しみごと僕が抱きしめてあげるよ!」

「あ、ぁ……魔王!」


 ゆっくりと時が流れていく。


 迫るシャルロットも血相変えて叫ぶアルテミスの仕草も、細部まで見て取れる。


 走馬灯ってやつ? 下手すれば死ぬから頭が見せてくれてるのかな。


「あああああああああ!」

「そうだシャルロット! 僕を見ろ! 僕だけを見るんだ!」


 君と再会してからそれなりの時間を共に過ごしてきた。

 少しは君の理解は深まったし、君も僕のこともわかっただろう。イシスと、アルテミスと、エルナといる姿をその目で拝んできたはずだ。

 だからいい加減。


「う、がぁ……っ」

「止まった!?」

「スキル【モテモテ】の効果により、シャルロットへの命令権獲得の判定に入ります」


 虜になってもらわなきゃ困る。


 ひとまず第一段階クリア。ジャッジメントフェアリーが判定へ移行した。もし魔王になった時点で女性属性外れてたらどうしようとか思ったよ。


「成否判定、九」

「うっわ、めっちゃギリギリじゃん。でも問題ないさ」


 アルテミスはもとより、イシスもエルナも心なしか表情が硬い。

 ま、そりゃそうか。君たちの手を借りずに僕だけが前線に出るなんて、基本的にはなかったしね。


「僕を誰だと思ってる。可愛い女の子の幸せを願い続ける健気な男子だよ? 日夜そうして徳を積み続けている僕がこんな局面でしくじる訳ないじゃないか」


「とか言いながら勇者の威光を取り戻そう計画で詰め誤って追い詰められてるじゃん!」

「アルテミスさん。世の中嘘をつかれるよりも本当のことを言われる方が辛いのですよ?」

「エル、空気読める。だから、今まで、思ってても、言わなかった」

「わあ本当に心優しい部下に囲まれて僕は幸せもんだあ!」


 やばい、泣けてきた。なんて言っている内にダイスの動きは鈍くなり、止まる。


「八……ってことは……失敗じゃん!」


 大丈夫、これはこれで想定内さ。僕を誰だか忘れたのかい?」


「あ、でもでも! まーちゃんのことだから天運招来でどんでん返しを――」


 グシュっという鈍い音がした。


「……ふぇ?」


 アルテミスの間の抜けた声が聞こえた。ちぇ、そう何度も何度も幸運は来ないか。

 胸のあたりが火傷したように熱い。ぽたぽた血が垂れ落ちる音がする。視界も霞み、身体からは力が抜けていく。


「嘘だ……や……やだ……やだよ……やだぁ……っ」

「……止めるな」

「止めますよ。感情に流されるなとは言いません。ですが、感情だけで動いてしまってはそれはもう動物と変わりません。冷静になってください、エルナディーテさん」


 硬質化したシャルロットの右腕が僕の胸を貫く。このまま心臓を握りつぶして、終わり。


「……ぬ、ぬぅ、ぁぁああああああ!」

「……なんてね。あー、痛い。でも良かったよ。狙い通りになってさ」


 いっそ気が触れてしまった方が楽な激痛が絶えず僕を苦しめる。


「今の君からしたらスライムみたいに惰弱に感じる心臓だけれど、潰せないだろう。ざまあみろ、シャルロット。勇者を捨てて似非魔王になんか落ちた罰だ」


 ふぅっというイシスのため息が聞こえる。ごめんね、さすがの君でも緊張したよね。


「僕を誰だと思ってる? 思い出せないなら教えてやろう。可愛い女の子が大好きで、そのためなら柄にもなく世界平和を軽々と成し遂げちゃう妙な行動力があって――」


 腕を掴む。これでさっきより近くなった。ゼロ距離だ。吐息だって鼻先にかけられるよ?


「勇者にしか絶対に倒せない魔王だよ!」


 魔王は勇者にしか倒せない。そんな基本的なルールさえも忘れてしまったシャルロットの唇にキスをお見舞いした。

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