第35話 相談もなしに唐突な仕様変更は勘弁してください

「魔王さま、ご無事ですか?」

「……死んだかと思った」


 イシスのヒールの温もりが身体を包み込む。


「この膝枕は……アルテミスか。ちょっと太ったでしょ?」

「つまみ食い、ばかり、してるせい」

「ぎにゃああああああ!」

「痛い痛い! 殴らないの!」

「みんな嫌い! 死んじゃえ~~!」

「そう言いながら皆死んだら真っ先に泣くくせに」

「泣くくせに」

「泣かずにはいられないでしょうねぇ」

「違うもん! 泣かないもん! ちょっと目から熱めな水分流れ落ちるだけだし!」


 人はそれを号泣と呼ぶそうだよ。


「さて、彼女は大丈夫かな?」

「しっかりとシャルロットが応戦していますよ」

「うん。この分なら大丈夫そうだね」


 さっきまで出血のせいで赤く塗れていた視界が晴れ、見やすくなった。

 剣を持ち人間のために躍動するシャルロットの表情は、少し前に森で見かけた覇気のなかった彼女と比較すると別人のように頼もしい。


「でも本当によろしかったのですか?」

「何が?」

「目論見通りこれでシャルロットが人間の守護者としての地位を回復してしまうと、魔王さまの子作りの障害になりますよね?」

「わざわざ自分たちの英雄を魔王なんぞに差し出せるかー、ってなりそうじゃない?」

「……シャルロットが幸せならそれでいいよ」

「まおー、絶対、考えてなかった」


 失念してたなあ。そもそも僕がテノグラード皇国に平然と迎え入れられた理由は、人間にとって都合のいい存在だったからだ。本物が戻れば用済み。当然か。


「あ! てことは、今度こそまーちゃん覚悟してうちらの中から正妻決めきゃならない!?」

「そうなりますね」

「おお。エル、産む。沢山、産む」

「や、沢山はやめよう。子育て大変だよ」


 魔力の高まりを感じる。いよいよシャルロットがとどめを刺すのだろう。


「それにしても便利なんて言葉じゃ片付かないくらい有用だよね。創始者で生みだした怪物に【勇者にしかとどめを刺せない】魔法をかけるだなんて」

「エルだけ、スキル、しょぼい」

「そうでしょうか。エルナディーテさん、解剖眼で覗いてみましたけれど竜人ってかなり便利ですよ?」


「どれどれ……。【竜人】の説明文は『任意の竜、及び人型、及び合成体へと変化できる』か。え、これ普通に凄くない? 今のエルナみたいに半竜半人になるのはもちろん、竜にも人型にもなれるってことじゃん」


「そしておそらく質量も自分自身で変えられるのでしょう。訓練次第では恐ろしい効果になります」

「やったじゃんエルエル!」

「おお。エル、嬉しい」


 などと緊張感のないやり取りをしている内に、物語は佳境へ。


 勇者ではない僕たちでは絶対にとどめを刺せない。そんな法則を知らない連中からすればきっと、最強の魔王パーティーがなすすべなく散った怪物を勇者が葬ったと認識するだろう。


 そうすれば地に落ちていたシャルロットの評価は回復して、再び英雄として祭り上げられる。


「はああああああああ!」

 勇猛な掛け声と共に剣を振り下ろす。獲った。


「……え?」


 しかし、折れたのはまたしても剣の方だった。


「……僕の時みたいに細工をして折れかけだった、とかじゃないよね?」

「正真正銘シャルロットの愛剣ですよ。いったいどうなって……っ」

「イシス、どうし……っ」


 ハッと目を見開くイシスの視線の先。

 そこには見慣れた道具を手にした男が立っていた。そこいらにいる人間と変わらぬ風貌。僕とその人自体との関りはない。


「……そう。そう、ですね。特定の魔具が二つとない、だなんて決まりどこにもありません」


 エルナもアルテミスも異変に気付いたのか、難しい顔をしている。

 男は僕たちを見て頬を歪めた。にたりと薄気味悪い笑顔を浮かべると、自らの首をぐるぐると回転させ捩じ切った。自死の完了だ。


「理壊魔具【天地逆転】……っ」


 解剖眼で怪物のスキルを覗く。


 するとそこには『勇者では絶対にとどめが刺せない』とだけ、残酷に表記されていたのだった。

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