第12話 女のビンタは確定クリティカル

「ぬぅぅぅぅぅぅお!」

「む~!」


 何度目かとうに忘れた殴り合い。振り下ろすはドルド、受け止めるはエルナ。残念なことにこの構図が覆ることはない。

 蟻と巨竜のような体格差の勝負では、エルナが優勢に回るのは難しい。今のエルナではまともにドルドにダメージを与えられない。


「ぅぁ!」

「エルナ!」

「終わり。お前、殺す。魔王、殺す。皆、殺す。ルナ、殺す。最後、オラも、死ぬ」


 恐ろしいまでの殺気がドルドを包み込んでいる。身体の周りにはおぞましい黒いオーラが巻き起こり、一層おどろおどろしさを増している。


「……ん? あんな首輪してたっけ?」

「魔王さま!」

「まーちゃん!」

「二人とも皆の避難は?」

「ん!」


 笑顔で親指を立てるアルテミスを見て安堵する。


「あれは……反魔の膨張」

「反魔の膨張?」


「理壊魔具(レジェンドドロップ)に指定されている首輪です。嵌めた者の内にある悪心を際限なく膨らませ、全てを破壊する怪物へと誘う効果を持ちます」


「悪心。でもドルドにそんなのあるように思えなかったけれど」

「では、答えは一つでしょう。何者かがドルドに細工をして悪心を植え付けたのです」

「鈍感を打ち破って精神操作をする、か」

「とてつもなく強い者か、あるいは……心を弄ぶことが上手い悪魔でもいたのでしょう」


 険しい顔つきでドルドを見つめるイシスの傍ら、アルテミスも不安そうにしている。

「アルテミス?」

「うぁぁぁぁぁ!」

 ふと横顔が気になった。けれどエルナの悲鳴が聞こえて詰問する猶予が消し飛ぶ。


「イシス、援護を!」

「……ダメですね。この角度と距離ではエルナディーテさんを巻き込みます。アルテミスさんだと、そもそも空いている左手で迎撃されたら一巻の終わりです」

「う~悔しいけどうちが動き回ってできることなんてないっしょ……っ」


 歯痒い。エルナが苦しんでいるのに手が出せない状況に、僕たちは耐えるしかなかった。


「……ドルド」

「う……うぅ……おぉ……」

「泣いてる? 痛い?」


 右手でエルナの身体を掴んでいたドルドの瞳から再び滂沱の涙が溢れ出る。


「痛い、わかる。エルも、痛かった。失う、怖い、悲しい。でも、ドルド、失ってない」

「ぐ、ぐ、ぐぉ、おおおおおおお!?」

「ど、どうしたんだ!?」

「反魔の膨張に抗っている」

「が、がんばれー! がんばれドルっち! 魔具なんかに負けるなー!」

「う、お、ぉおぉぉぉぉぉぉぉ!」


 アルテミスに倣って応援する。ドルドが苦し気に声を上げるたびに洗脳をしようと首輪が輝く。けれど解放までは至らない。せめてあと一押しできる何かがあれば!


「スキル、天運招待発動。成功判定――一」

「おいおい、ジャッジメントフェアリー。それじゃあまるで!」


 僕のために世界が情けをかけてくれたみたいじゃないか!

 迷わずダイスを振る。これが成功したら何が起こるのか? そんなの知るか!

 ただ、恐らくは、僕たちにとってとてつもなくいいことが起きる! それだけは確かだ!


「まさかまさかのゼロ、とかないよね?」

「そんな十一番目の目はない!」

「でも魔王さまですから。プレミアム演出を引き当てるかもしれませんよ?」


 二人に散々言われながらのダイスロール。賽の動きが鈍り、止まる。出た目は!


「……十。割り込み発生。クリティカル発生。幸運、付与」

「~~~~~~!」


 目を疑った。上空から何かが降ってきたのが驚きなら、上空へ上がったのがそれだというのは更に信じがたかった。


「ドルド~~!」

「全く、どいつもこいつも。僕の周りにいる女の子は勝手が過ぎるんだから」

「魔王さま。本当にいい女というのはですね、殿方を待たせるのではなく追いかける者なのですよ」


 したり顔のイシスに苦笑しながら、予期せぬ、けれど最高の援軍を迎え入れる。

 ああ、そうだよ。これは間違いなく今一番欲しかった最高の切り札だ!


「一発ビンタして目を覚ましてやれ――ルナティーヤ!」


 パチーンと、小気味のいい音がエルフの森全土へ広がった。


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