第18話 我が家に到着
私はラファエルが用意してくれた馬車に乗り込み、『テミスの大富豪』と呼ばれている我が家へ向かっていた。
「う〜…ラファエルの奴め…『一番乗り心地の良い馬車を用意してやった』なんて言ってたけど…騙したわね…」
ここ『テミス』は発展した町であり、道路はきちんと石畳で舗装されているのだが…いかんせん、馬車だと揺れが酷い。ガタガタ揺れるし、座っているとお尻が痛くなる。だから通常貴族が所有する馬車は座面部分がフッカフカになっているはずなのに…ぺったんこの座面でスプリングも利いていない。お陰で馬車の揺れがダイレクトに椅子に響き渡って痛いのなんの…。
「これは嫌がらせだわ…絶対に意図的な悪意を感じる…。アイツ、私が預貯金を全額引き出したことにやはり恨みを持っていたのね。これじゃモンド婦人と乗った辻馬車の方が余程マシだったわ…!」
よし、決めた!ラファエルと離婚出来たら…絶対にこの世界で車の免許を取ってやる!
「フフフ…大丈夫。運転なんてチョロいものよ。何しろ私は前世で軽トラに乗って自家製パンを売りに出ていたのだから…イタッ!」
激しく揺れる馬車の中で独り言を言ってしまったものだから舌を噛んでしまった。
…もう自宅に到着するまでは口を閉ざしていよう…。
そして私は激しい揺れとお尻の痛みに耐えながらそれから40分間もの苦行?を耐え続けた―。
****
0時15分―
ついに馬車は実家にたどり着いた。…相変わらずいつ見ても城塞のような作りをしている。屋敷の周囲は高い塀にグルリと囲まれ。門はピタリと固く閉ざされている。門の奥に見える庭園の奥には3階建の学校のような建物が見える。…あれが我が家だ。
建物は松明に照らされ、ゆらゆらとゆらめき、オレンジ色に浮かび上がっている。
1階部分の窓は明るく照らし出されているので、多分家族はまだ起きているだろう。
「ご苦労さま。此処から先は1人で行くから貴方はもう帰りなさい」
そして今は御者を勤めているウィンターに言った。
「ゲ、ゲルダ様…本気で言ってるのですか?俺が1人で帰ってきたらラファエル様に何を言われるか分かったものじゃないですよぉっ!」
真夜中で静まり返っている住宅街でウィンターが情けない声を上げる。
「こ、こら!こんな真夜中に大声を出すんじゃないわよ!近所迷惑でしょう?!」
私は小声でウィンターを注意すると質問した。
「ねぇ…馬車に乗る時はラファエルがいたから聞くことが出来なかったけど何で御者をやってるのよ?貴方はメッセンジャーだったでしょう?驚いたわよ。御者台に貴方の姿を見た時は…」
「ええ、そうですよ。俺は楽な仕事で高い給料を貰えていたメッセンジャーを確かにやっていましたよ?」
何と!こいつ…簡単な仕事しかしていなかったのに高給取りだったのかっ?!…迂闊だった。とても全従業員の給与明細までは目が届かず、代理人に任せていたが…さてはノイマン家に買収されていたのかっ?!
「ふ、ふ〜ん…それで?」
いくら給料を受け取っていたのか聞きたい気持ちを抑え込み、ウィンターに話の続きを促した。
「ゲルダ様に言われた通り…むりやり大旦那様達をゲルダ様の部屋に向かわせただけで…俺はメッセンジャー失格の烙印を押されて御者に降格されたんですよ!」
大袈裟なくらい嘆き悲しむウィンター。しかし…。
「ねぇ、何でそんなに御者の仕事を嫌がるのよ。そりゃ…確かに貴方の馬車を走らせる腕前はイマイチだったけど…的確な道を走っていたじゃない。案外むいてるんじゃないの?意外と天職かもよ?」
ウィンターごときに前世で仕事の出来ない若い子を激励する癖が出てしまった。
「嫌ですよっ!御者の仕事はきっついんですよ?!暑いし、寒いし、雨風にさらされるし、時には冷たい雪にもさらされる…こんなきっつい仕事なんかやりたくないですよ!それなのに御者に降格だなんて…ここでもし1人でノイマン家に帰ろうものなら今度はどんな酷い仕事に降格されるか分かったものじゃありませんよ…」
そう言ってウィンターは帰ろうとしない。…ハッキリ言って、邪魔だ。私はここでやる事があるから数日はノイマン家に帰るつもりは無いというのに…。
「ウィンター…」
私は腰に手を当てると言った。
「は、はい?」
ビクリと肩を震わせてウィンターが私を見た。
「言ったわよねぇ…誰が給料を支払っているのか…」
「は…はひ…」
ゴクリと息を飲んでウィンターが返事する。
「私の命令が聞けない人間は…不要だって言ったでしょう?」
ボソリと言って睨みつけてやった。
「ひぃいいい!わ、分かりました!戻ります!戻りますからどうかクビは勘弁して下さい!言うこと聞きますからメッセンジャーに戻してくださいよ!」
こいつ…ドサクサに紛れて要求してきた。
「いいから1分以内に私の前から消え失せなさい!さもなければクビよ!ク・ビ!」
「す、す、すみませんでしたーっ!!」
ウィンターは手綱を握りしめると雄叫びを上げながらガラガラと馬車を走らせて去っていった。…途中で町の住民たちから「うるさい!」と罵られながら…。
「ふぅ〜…やっとうるさいのがいなくなってくれたわ」
馬車が見えなくなり、足元のボストンバックを手に取った。
「さて、では行きますか」
ポケットから門の鍵を取り出し、鍵穴に差し込むカチャリと回した。
キィ〜…。
門を開けた私は屋敷に向かって歩き始めた―。
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